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読書「Shoe Dog 靴にすべてを」フィル・ナイト_アスリートファーストの靴づくりに徹したナイキ創設者たちのシュー・ドック魂の半生記!

f0090954_14122044.jpgナイキ創業者フィル・ナイトの自伝・半生記です。 痛快にして波乱万丈のシュー・ドッグぶりが描かれていました。

Shoe Dog(シュー・ドッグ)とは、靴の製造、販売、購入、デザインなどすべてに身を捧げる人間のことです。靴の商売に長く関わり懸命に身を捧げ、靴以外のことは何も考えず何も話さない。そんな人間同士が互いをそう呼び合っていると文中で説明していました。

ちなみにブランド名のナイキはギリシア神話の「勝利の女神」の名だそうです。

ナイキの共同創業者で前会長のフィル・ナイトはオレゴン州ポートランド生まれです。後になって名門スタンフォード大でMBAを取得していますが、オレゴン大時代は陸上競技をやっていたアスリートでした。彼の陸上競技時代にコーチをしていたのが、後にミュンヘンオリンピック(例のパレスチナ武装組織「黒い九月」にイスラエルアスリート11人が殺害された1972年の五輪大会)等で米国陸上選手の五輪コーチとなったビル・バウワーマンです。彼が共同創業者の片割れです。

もとはといえばフィル・ナイトの単純な発想からビジネスが出発しました。

昔ドイツの独壇場だっや世界のカメラ市場に日本が参入して成功したことから、1962年にフィル・ナイトが思いついたのが、日本のランニング・シューズでした。当時スポーツシューズはドイツのアディダスとプーマという兄弟会社の独壇場だったのです。

「世界は馬鹿げたアイディアでできている。歴史は馬鹿げたアイディアの連続だ。」という言葉をフィルは信じていました。

そこでフィルは世界一周旅行の途中日本に立ち寄って、日本人に自分の馬鹿げたアイディアを売りつけました。

神戸まで足を運び、オニツカ(後のアシックス)の経営陣に、「みなさん、アメリカの靴市場は巨大です。まだ手つかずです。タイガーを店頭に置き、アメリカのアスリートの多くが履いているアディダスより値段を下げればものすごい利益を生む可能性があります!」

オニツカの米国市場の販売代理店を経営したい旨を訴え、シューズを何足か送ってもらう約束をしました。

オニツカから送ってもらったシューズをバウマーワンに相談したところその品質の良さを見抜いた彼から共同経営のパートナーシップの申し出を受けたのです。

当初は「ブルーリボン」というオニツカ・タイガーブランドのスポーツシューズの米国販売代理店ビジネスでした。

昨年、役所広司、竹内涼真、寺尾聡等が出演した「陸王」というドラマがありました。陸上競技のランニング・シューズ製造に埼玉県行田市の老舗足袋メーカーが乗り出す物語でした。その物語の中で、シュー・フィッターという専門職があることを知りました。ドラマでは市川右團次が村野尊彦(むらのたかひこ)というシュー・フィッターを演じていましたが、この村野には実在のモデルがいました。

元アシックス(オニツカ)の社員の三村仁司氏です。

創業者鬼塚喜八郎が死去した2007年にアシックスを辞めましたが、そのときまでに瀬古俊彦、森下広一、有森裕子、高橋尚子、野口みづき、イチローなど名だたるアスリートの靴づくりに携わっていました。アシックス退社後は独立し、2010年にはアディダス・ジャパンと契約を結び活躍してきましたが2017年に契約解除となっています。

実は、ビル・バウワーマンは選手たちのコーチでしたがシュー・フィッターとしてアドバイス経験も豊富でした。靴のソールをワッフル形状にするアイディアなども出して商品化したのも彼でした。

やがてオニツカから乗っ取られそうになったことなどから、ブルーリボンはオニツカの代理販売を辞め独自ブランドを打ち立てることになりますが、それがナイキでした。アメリカ人アスリートの足を研究し、日本のメーカーに靴の設計提案などをしていたノウハウの蓄積があったからこそできた離れ業でした。

ナイキの創業当時の仲間たちはまさにシュー・ドッグでした。ただの金儲けのためではありません、誰にどんな走りをしてほしいのかといった走りに対する思想や哲学を持っていました。アスリートファーストに徹していました。

しかし、この本を通じて、フィル・ナイトの波乱万丈ぶりは、むしろ金策でした。ナイキは常に流動資産の不足に悩まされ続けたのです。

売り上げは順調に伸びるのですが、スポーツシューズの需要が常に供給を上回っていることから、手元にお金が溜まる間もなく、常にそれ以上の借金をしながら発注を続ける自転車操業でした。

地元のファーストナショナル銀行やバンクオブカルフォルニアにとっては、ナイキは「地雷」のように恐ろしい顧客でしたが、日本の商社「日商岩井」は「金脈」と信じていたようです。

資金ショートに悩まされるフィル・ナイトの事業を先見の明から支援し続けてくれたのは日商岩井でした。

何よりも、それを履くアスリートの立場になって靴を作り続けたシュー・ドッグ魂と、そしてその可能性をしっかり見届け支援を惜しまなかった日本の商社の支援が今のナイキを創り上げました。

バスケットシューズに空気を入れるという新しい発想の靴も爆発的に売れましたが、今、ナイキはマラソン界にも新しい概念の靴を持ち込んできました。

大迫傑の所属が「ナイキ・オレゴン・プロジェクト」であることを知っている人は多いと思います。

ナイキは2017年5月にマラソン用に新しいシューズを発表しました。「ヴェイパーフライ4%」というものすごくソールの分厚い靴です。

その5月の市場への発表前の2017年4月のボストンマラソンで3位入賞の快挙を成した大迫傑選手は、その分厚いシューズを履いていたとのことです。

2017年9月には、設楽悠太選手(ホンダ)が、この靴でチェコのハーフマラソンを走り、日本新記録を叩き出しました。さらに1週間後、ベルリンで2時間9分台の自己ベスト。日本新記録を出すほど走って、翌週フルマラソンでまた記録を出しました。

さらに、2017年12月の福岡国際で大迫傑は2時間07分19秒で走って日本人1位全体3位の成績を収めました。一方、設楽悠太は2018年2月25日の東京マラソンを2時間06分11秒で走り16年ぶりに日本記録を更新しました。

試し履きした人によると、ナイキの新作のシューズは、かかとが厚いのでまっすぐ立つと前かがみになり、勝手に走らされるのだそうです。

日本人は薄い靴でぺたぺた走るミッドフット走法に馴染みがありますが、このナイキの靴で走ってみると、足の前のほうから着地するフォアフット走法になる。必然的に、全速力で足をさばいていくことになるのです。

TVドラマ「陸王」の足袋ランニングシューズもこのミッドフット走法に適しているという設定だったと記憶しています。

大迫選手はこの靴に合わせてフォアフット走法に切り替えたそうです。そして今のところ結果を出しています。

このナイキの新型シューズは大学駅伝にも影響しました。

優勝したのは、三村仁司さんの走りを追求したアディダス製のシューズを履いた青山学院でしたが、ナイキの新型シューズを取り入れた東洋大学が往路優勝を飾るという予想外の健闘をみせました。

この「Shoe Dog」帝国の新型のランニング・シューズが日本のマラソン界だけでなく駅伝界にも新しい旋風を呼び込もうとしています。

靴の革命によって選手の走法にも革命を起こそうかというナイキの靴づくりの根底の考え方に触れるのにこの「Shoe Dog」はお勧めです。 ただしこの新しいマラソンシューズの話は最近のことですのでこの本では紹介されていません。


by zoompac | 2018-05-21 05:10 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

読書「二つの山河」 中村彰彦_徳島県にあったドイツ人俘虜収容所における日独文化交流のお話_バームクーヘンや望郷のシンフォニー第九等

f0090954_18192286.jpg六本木1丁目にホワイト・アスパラ(シュパーゲル)料理で有名なドイツレストランがありますが、そこのママさんから徳島県の鳴門市にあるドイツ村の話を聞きました。

ドイツ館のある市立総合公園を通称ドイツ村と呼んでいるようです。

今年は4月に坂東俘虜収容所開所101周年記念とかがあってママさんとかシェフも足を運ばれたとおっしゃっていました。

第一次世界大戦は1914年(大正3年)に始まりました。ドイツがロシアに続いて、フランス、英国に宣戦し、戦いはたちまち欧州規模に拡がりました。

日本は欧州の戦火と無縁でしたが、日英同盟に基づくという大義名分を得て、ドイツが中国の膠州湾の青島(チンタオ)に持つ要塞化した租借地を奪おうとして大正3年に参戦を決めました。

この中国の地での日独戦争は1週間続き、孤立無援のドイツの守備隊は降状し、日本は約4000人のドイツ人捕虜を得ました。

捕虜は7か所の収容所に分散され、その1つが鳴門市大麻(「たいま」ではなく「おおあさ」と読みます)にある「坂東俘虜収容所」で、約1000人が収容されました。

大麻の坂東収容所は現存していませんが、松江豊寿という会津出身の温厚な陸軍大佐が所長となったこの収容所でのドイツ人捕虜は相当の自由が許されて第一次対戦が終わる1919年まで過ごしました。

阿波の地は温和で人気(じんき)のいい地として有名ですが、この大麻の地は四国八十八カ所のうちの大一番札所の霊山寺があり、遍路という客人を大切にする伝統があったのです。

失意を抱いてこの地に流れてきたドイツ人捕虜たちも地元民たちから優しく迎えられてとても友好な関係を築けたようです。

バームクーヘンというお菓子は、ドイツ料理レストランのママに言わすとドイツではそれほどポピュラーではないそうなのですが、日本ではドイツのお菓子の定番になっています。(私は個人的に「フランクフルター・クランツ」というアーモンドの薫り高いケーキが好きです。六本木1丁目のレストランで何度かいただきました。)

この坂東俘虜収容所では、そのクーヘンを得意とする菓子職人もいたようです。大阪の俘虜収容所にいたカール・ユーハイムは後に神戸に菓子店「ユーハイム」を開業することになります。ユーハイムのバームクーヘンも日本では有名ですよね。

余談ながら、神戸では同じような時期に「モロゾフ」という菓子店も開業していますが、これは1917年のロシア革命で亡命したロシア貴族のモロゾフ家の一派が始めた店です。

坂東俘虜収容所のドイツ人たちは、この地の住民に当時ではめずらしかったキャベツやトマトの栽培法やバター、チーズの造り方も教えたそうですし、石畳の橋(ドイツ橋、眼鏡橋等3つ)も築いてくれました。

あわせて特筆すべきは、パウル・エンゲル指揮によるエンゲル・オーケストラの活動でしょう。「ベートーベンにかけてはドイツで5本の指に入る」と言われた指揮者がこの坂東俘虜収容所にいたのです。

霊山寺本堂の石造りの回廊がステージ代わりに使われ、村民のための演奏会も度々開かれました。徳島県の音楽愛好家たちも「エンゲル音楽教室」で教えを乞う機会があったそうです。

そして1918年(大正7年)にハンゼン指揮、徳島オーケストラ演奏でベートーベンの「第九交響曲」が合唱付きで第四楽章まで演奏されましたが、これが第九の本邦初演でした。

翌年にはエンゲルも徳島市新富座で第九を披露し、3日間連続の札止めの人気を博しました。ドイツ人俘虜たちはこの第九を聴くうちに故郷の山河を思い出し(というかドイツって森だらけってイメージですが)頬に滂沱の涙だったようです。まさに望郷のシンフォニーだったのですね。

というところからこの小説には「二つの山河」という題名がついています。

坂東俘虜収容所のことをもっと知りたくて手にしました。

この「二つの山河」は中村彰彦氏の直木賞受賞作です。坂東俘虜収容所の所長の松江豊寿の父母が戊辰戦争で逆賊とされた会津藩だったことへと遡って、何故俘虜に寛大な所長になりえたのか等のエピソードを掘り下げて描いていました。文庫本で90ページにも満たない短中編小説です。

余談ながら、松平健が松江豊寿役で主演の「バルトの楽園」という映画もこの坂東俘虜収容所のドラマを扱っています。

by zoompac | 2018-05-09 06:01 | 読書・映画・音楽 | Comments(1)

読書「サピエンス全史(下)」_現実の社会が虚構というのならバーチャル・リアリティの空想の社会は虚構の虚構なのか?

f0090954_18111508.jpgこの本を読んでいるとき、たまたまNHKスペシャルの「人類誕生①」を観ました。高橋一生がナビゲーター、和久田麻由子がナレーターの第三回シリーズの番組です。ちなみに第二回は5月13日日曜日(21:00~21:49)、第三回は6月10日日曜日(21:00~21:49)に放映予定です。

人間の進化は、猿人→原人→旧人→新人という単純な進化ではなく20種類の人類が誕生、ときに混成、共生したり絶滅を繰り返していたりしていたようです。

その中のアルディピテクス・ラミダスというDeNAの監督(アレックス・ラミレス)のような名前の二足歩行の人種が我々の祖先です。地殻変動の世に地に落ちた果物等を両手で運搬できる能力がサバイバルに役立ち、手が使えることから固いもの(骨を砕いて中の骨髄を食べるため)を石で砕いているうちに、石の鋭利な角を矢じりのように使うことを覚えました。

他の種と比べると強くもなく決して優位にたってはいなかったのですが、弱さゆえのサバイバルに対する少しの工夫(集団行動→コミュニケーションの発達)と大きな偶然と幸運に恵まれて(石の矢じりを持った集団狩猟)、絶滅の崖っぷちに何度も立たされながら、かろうじて進化しながら生存の細い道筋をたどってきたことが語られていました。

人間にほとんど体毛がない意味合いも生存のためだったのだとよく理解できました。薄い体毛で発汗機能が高くなり体温調整が効くので、スピードはありませんが獲物を長距離追跡することが可能になったのです。42.195㎞を走り続ける能力は他の動物にはないそうです。瞬発力はないものの長距離長時間の狩猟において見失いさえしなければターゲットの疲れを待ってしとめる狩猟能力はきわめて高かったことがよく理解できました。

第二回では、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの対比、第三回ではアフリカ発祥のホモ・サピエンスの大移動、特に陸続きでないオーストラリア大陸への移動のことなどが語られる予定です。

世界史をかつてのような枠組みで語られることはなくなっており、NHKスペシャルの「人間誕生」も、ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」やユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」等に触発されたのではないかと推察いたします。実に斬新な番組を作ってくれていました。

この「サピエンス全史」も読後感想を一言で言い表すなら「目から鱗が落ちる」でした。歴史に対する先入観や固定観念が覆される体験をしました。

「サピエンス全史(上)」の読後感想で述べたこと(4月16日)とも重複しますが、この本はサピエンスがサピエンスならではの能力を可能にした大きな原動力を「想像力」とその「想像力を共有するコミュニケーション能力」だとしています。

サピエンスだけが、約7万年前の「認知革命(訳者の柴田裕之によると「新しい思考と意思疎通の方法の登場」)」を経て、虚構、すなわち架空の事物について語られるようになり、客観的な現実世界だけではなく、主観的な世界、それも大勢の人が共有する「共同主観的な」想像の世界というか、この著作がいうところの虚構の世界にもなったのだそうです。

伝説、神話、神々、宗教にとどまらず、企業、法制度、国家までが虚構だといっています。

さらに、貨幣は最も普遍的で、最も効率的な相互信頼の制度だともこの著者は言います。確かに、資本主義というこれまた虚構の世界を支えるのにこの貨幣の信用と流通性は必須です。

ビットコイン等の仮想通貨は、その意味では虚構の上塗りって感じがします。人々がその流通と価値に信用を与えさえすればその虚構も制度として通用していくのだと思います。

今のところはいろいろとトラブルが起きていて万全な信頼には程遠い感じがしますが、貨幣制度も虚構だと認識するのであれば、Why not ビットコインって気もします。

今の貨幣は、基本的に国家単位の縛り(管理)がありますが、国家の縛りがなければ、案外現行通貨より、超国家間で流通するビットコインという虚構貨幣のほうが幅広く流通しやすい気がします。

そのとき国家と各国家に付きまとう税金制度や医療を含める社会保障はどうなっているのでしょうか。

最近、スピルバーグ監督の近未来(2045年)を描いた「レディ・プレイヤー1」という映画を観ました。そこではユヴァル・ノア・ハラリがいうところの虚構ですが、現実社会(主観的社会)は人口過密、失業、貧困にあえいでいました。

そしてバーチャル・リアリティ(VR)の「オアシス」という名の仮想世界が提供されていて、別の人生を仮想の自分(アバター)として楽しむことのできるありさまが描かれていました。

虚構の中に暮らす私たちが、その虚構の現実での不幸な生活から逃避して、虚構の空想のネットワークにアバターとして楽しく暮らすという二重生活の魅惑と危険が描かれていたように思います。

さらに進化を続ける人類の近未来には、AIが大きく係ってきて、2045年頃には、今の虚構現実のありようも大きく変わっているかもしれません。


by zoompac | 2018-05-08 06:36 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

読書 「ロシアについて」司馬遼太郎_遊牧民帝国からの影響を強く受けたロシアの歴史

f0090954_07260186.jpg著者司馬遼太郎氏はロシアが関係する二つの大作を書かれています。「坂の上の雲」と「菜の花の沖」です。この二冊は、私も複数回読んだお気に入りの小説です。

氏はその作品を書くために十数年もロシアについて考えることになったそうで、日本のかかわりにおけるロシア像を浮き彫りにしたくてこの「ロシアについて」を書き上げられたとのことです。

なにより冒頭で司馬氏が強調されていたのは、ロシア人によるロシア国はきわめて歴史が浅く、ロシア国家の成立は15、6世紀なのだそうです。

もっともその前の9世紀にウクライナの地に小さな規模ながらキエフ国家が成立しています。海賊を生業としていたスウェーデン人達で、先住していたスラヴ系農民を支配しました。ビザンチン文化を導入し、ロシア正教(ギリシア正教)を広めました。

ロシア平原は原スラヴ人というべき農民が住み着いていましたが、5世紀から11世紀までアヴァール人という略奪を得意とする遊牧民に虐げられ続けていました。

5世紀前半にハンガリーを中心に大帝国を大王アッティラの下で築いた遊牧騎馬民族フン族が西進したことで、ゲルマン民族の大移動を引き起こしました。ゲルマン人も狩猟・牧畜を中心とした生活をおくっていました。

このフン族はモンゴル系といわれています。

9世紀以降、ロシア平原にはモスクワ等の都市ができつつありました。

しかし、13世紀のはじめにチンギス汗の孫のバトゥがロシア平原にやってきます。遊牧民であるバトゥ大汗のモンゴル大征服軍は定住文明に対する同情なき破壊者であり略奪者でした。

ロシア平原の代表的な都市のモスクワは破壊しつくされ人々は虐殺されつくしました。キエフも瓦礫の山になりました。モンゴル人はフン族同様、はるか西ヨーロッパまで倭寇するのですが、やがて内部事情により軍勢を後方にひきあげ、ロシア平原に居座ります。いわゆるキプチャク汗国(1243~1502)をたてたのです。その間259年です。日本の鎌倉時代の元寇の頃から室町時代の応仁の乱(1467~77)が終わって戦国時代に突入した頃あたりの259年です。

この時代はロシアにおいて「タタールのくびき」と呼ばれる暴力支配の悪夢のような時代になってしまいます。

ヨーロッパをヨーロッパたらしめた花のようなルネッサンスの200年間、ロシアはビザンチンが壁になって西方のカトリック世界の様子がわからず、キプチャク汗国からの収奪に苦しめられていました。

今の、ロシアの病的な外国への猜疑心、潜在的な征服欲、火器への異常信仰は、このキプチャク汗国から支配された文化遺伝に違いないと司馬氏は言っていました。

やがて軍事力の集中によって征服の力を維持していたキプチャク汗国も、内紛によってその力が分散される一方、モスクワを中心にロシア国家が膨らみロマノフ王朝という専制皇帝王朝が成立します。17世紀の初めです。日本では江戸時代初期で、大阪城落城直前のことでした。

ロマノフ王朝にあっては、地主貴族が農奴を私有することが基礎となっており、農奴に対する過酷さは、キプチャク汗国時代と本質的に変わるものではありませんでした。ロシアの農奴にとってはモンゴル人貴族からロシア人貴族にとってかわっただけであったかもしれません。

帝政末期のロシア革命は存外簡単であったと、司馬氏は言っています。

権力のすべての配線がツァーリ(皇帝)一人に集中しており、一人を倒せば革命が成就する体制構造でした。敗北した日露戦争からの帰還兵によってツァーリの軍事力の弱さも喧伝されました。

そのほかシベリア平原の歴史も日本に大いに関わりがあって面白かったですし、北方領土問題についての司馬氏の意見も面白く読みました。

モンゴル系騎馬民族であるキプチャク汗国に虐げられた歴史からロシア革命を通じて登場した今のロシアも強く影響を受け継いでいるとの司馬氏の観察が印象に残った本でした。

中央ユーラシアをひとつの世界とした遊牧民の活動・役割を正当に評価するため、司馬遼太郎氏の「草原の記」や「街道をゆく」シリーズの「モンゴル紀行」、杉山正明氏の「遊牧民から見た世界史」などを読んでみたいと思いました。

by zoompac | 2018-05-04 07:26 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

「空海の風景(下)」司馬遼太郎_読めば読むほど味わいの深い名作!

f0090954_12502885.jpgこの「空海の風景」のあとがきで、この著作が連載であったことを知りました。著者は、連載中多くの識者から誤りの指摘を受け有難かったと述べていました。

千数約年前の人物など、時間が遠すぎて人情も通いにくく、小説の対象になりにくく思われたそうですが、空海が生存した時代の事情、その身辺、その思想などといったものに外光を当ててその起伏を浮かびあがらせ、筆者自身のための風景にしてゆくにつれてあるいは空海という実体に遇会できないかと期待したそうです。著者自身の期待を綴っていく経過を書き記したものがこの「空海の風景」だとあとがきに書かれていました。

司馬遼太郎氏の小説は、この「空海の風景」もそうですが、いろいろな角度から読むに足ります。ですから、何度読んでも、その読むときの読者の関心のあり方によってまったく印象の違った読後感を持つことができます。

「空海の風景」は、読み進めるにつれ空海が困難を切り開いていく成長物語(というには天才的に過ぎますが)であり、平安初期の時代背景を空海や天皇を中心に描いた歴史小説であり、仏教史でもあり、密教に関する入門書のようにも思えました。さらに、インド・中国・日本の思想の違いを比較分析され、中国・唐時代における遣唐使のあり方も活写されていました。まことに得難い作品だと思います。

上巻で空海がやっと苦労して長安に入ったかと思いきや、密教のことごとくを伝承し、20年滞在の予定を2年に縮めて早々と、下巻の序盤で長安を去ってしまいます。目的を達成したのだから長居は無用だったのでしょう。

それにしても、長安を去った後、越州に4ヶ月、九州に1年、さらに大和の槇尾山に2年逗留するのです。長安に2年しかいなかったのに、そこから京都への出現には3年余りをかけているのです。

自分が世の中の脚光を浴びるタイミングを推し量っているのかとも思いましたが、ページが進むにつれ奈良時代の複雑な事情が語られ、それによって空海の立ち位置の謎が薄皮を剥ぐように明らかになっていきます。

私は読んでいるときこの手法も司馬遼太郎氏一流の手練手管だと思っていましたが、あとがきを読んだ後は単に連載だったからこのような書き方になったのかもしれないと思い直しました。

結果として、新事実が後から後から出てきて空海の謎めいた行動の裏書をしているようで面白い展開になっていました。

例えば、桓武天皇は奈良の仏教勢力に見切りをつけて平安遷都を決行したこと、そして新仏教(大乗仏教)の天台宗を開いた比叡山延暦寺の最澄を庇護したこと、それに対し奈良の仏教六派は飛ぶ鳥落す最澄の勢いに空海を祭り上げることで力の均衡を得ようとしたこと、桓武天皇亡き後は、薬子の変等で宮中の政治が乱れたこと、やがて嵯峨天皇の統治となり、三筆(三蹟?)として橘逸勢、嵯峨天皇、そして空海が有名になっていくこと。真面目な最澄と天才肌の空海の微妙な心理的なやりとり等が非常に面白かったです。

出口治明氏の「0からの日本史 古代篇」を読んで奈良時代の時代背景がひととおり頭に入っていただけに余計この「空海の風景」を面白く読むことができたように思います。                                   

by zoompac | 2018-04-18 12:50 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

読書「ローマ人の物語3 ハンニバル戦記(上)」塩野七生_読んで楽しい、サビの効いた塩野七生節「ローマ人の物語_ハンニバル戦記」

f0090954_09215204.jpg冒頭、「読者へ」という題で、塩野七生氏が次のようなメッセージを書いていました。

「ハンニバルやスキピオをはじめとするこの巻の登場人物と私たちの間に、2200年の歳月が横たわっているとは思えない。それを書く私が愉しんで書いているのだから、読むあなたも愉しんで読む権利は充分にある。高校時代の教科書ではないのだ。プロセスとしての歴史は何よりもまず楽しむものである。」

続けて、日本の教科書の記述を引用していきます。

「イタリア半島を統一した後、さらに海外進出を企てたローマは、地中海の制海権と商権をにぎっていたフェニキア人の植民都市カルタゴと死活の闘争を演じた。これをポエニ戦役という。カルタゴを滅ぼして西地中海の覇権を握ったローマは、東方ではマケドニアやギリシア諸都市を次々に征服し、さらにシリア王国を破って小アジアを支配下におさめた。こうして地中海はローマの内海となった。」

確かに味気ないですね。塩野七生の著作を読むことで、愉しみでもあり考える材料も得られる大人のための歴史の世界に浸っていきましょう。

この「ローマ人の物語3 ハンニバル戦記(上)」では、BC264年から23年にわたる第一次ポエニ戦役と、BC218年に始まるその次の第二ポエニ戦役までの23年間、計46年間のことが書かれていました。

シチリアを舞台とする第一次ポエニ戦役でのローマとカルタゴの攻防戦では、この本のあちこちに掲載のシチリアの地図と見比べながらすっかりシチリア通になってしまいました。まだまだ、ハンニバルのお父さんの時代の物語です。

BC265年当時、シチリアは大雑把にいって、3分割されていました。イタリア半島を長靴にたとえるならつま先の部分となるカラーブリア地方の県庁所在地と、海を隔てて目と鼻の先がメッシーナです。その南に、メッシーナ同様ギリシア人の植民地から発展してきたシラクサがあり、島の西側はカルタゴが支配していました。戦役のそもそもの発端は、メッシーナとシラクサの争いだったのですが、その争いの仲介にローマが入ってきたことで、カルタゴが反応したのです。

ローマもBC264年当時、まさかシチリアへの進出が、23年にもわたるカルタゴとの正面切っての対決になろうとは夢にも思っていなかったでしょう。

メッシーナに続き、シラクサも「ローマ連合」の一員というか新興著しいローマの同盟国になったことが、フェニキア人の大国カルタゴの警戒を高めてしまったのです。

それまでのカルタゴはシチリア、コルシカ、サルディーニアにも拠点を持ち、「カルタゴの許可なくしてはローマ人は海で手も洗えない」という力関係だったのです。

この23年にわたるポエニ戦役では、それを上手く利用してローマが海軍力をつけました。結局、カルタゴは海戦に敗れ講和条約を結ぶことになります。

この講和条約の交渉役を務めたのが、後にローマ人の悪夢になるハンニバルの父親ハミルカルでした。

当時のカルタゴには大きな二大勢力があり、保守的な農業経済派(国内重視派)の一派と通商等を通じて海外進出派です。

ハミルカルは通商を富の源泉とするリーダー格で、シチリアを放棄したことでコルシカやサルディーニアも含めた一帯の地中海の制海権をローマに握られたことが面白くありません。

当時9歳になっていた長男のハンニバルを同行させ、国内重視派に不満を持つ勢力と共にカルタゴを去って、スペイン南部のカディスを中心とするカルタゴの植民地へ移住してしまいます。

ハミルカルが移住した後、9年でその植民地は本国カルタゴからほとんど独立をし領土もスペインの東南部を網羅するほど拡大しました。新カルタゴを意味する現カルタヘーナに拠点を設けます。ハンニバルは18歳になりました。

ということで、次巻のハンニバル戦記(中)にバトンタッチです。

塩野七生氏の前口上ではないですが、わくわくしています。早く読みたいです。

by zoompac | 2018-04-17 09:22 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

読書 「サピエンス全史(上)」 ユバル・ノア・ハラリ_近い将来の新たな認知革命を予感させる書!

f0090954_09233971.jpg歴史を、認知革命、農業革命、科学革命という3つの軸でぶった切って、その切り口からわかりやすく説明がされていました。

上巻では、認知革命と農業革命の二つが主に語られていきます。

農業革命もそれまでの狩猟を中心とした移動を常態とする生活様式から、定住を前提とする生活様式になったという点では画期的な変化を人類にもたらすことになるのですが、これは約1万年前からのことです。

何といっても私がこの本で学んだユニークな考え方は「認知革命」です。

約7万年前に起こった「認知革命」は、人類が人類たる所以を形作ったといっても言い過ぎでないかもしれません。

そのはるか昔(80万年前)に人類種は火を手なずけています。火のおかげで調理が可能となり、そのままでは消化できない食べものも食べることができるようになりました。

筆者は、人類と他の動物を大きく隔たりをもたらしたものをこの上巻で2つ挙げていました。1つが火で、もう1つが言語です。

そして、著者は、その人類のもつ柔軟で複雑な言語が認知革命を起こしたといっています。しかもそれは突然変異だったとも言っていました。

サピエンスは15万年前に東アフリカに住んでいたことが認められていますが、地球上のそれ以外の場所に浸出し始めたのが7万年前からだそうです。船やランプ、弓矢や針の発明もこの頃です。洞窟絵等もこの頃ですし、宗教や交易、さらには社会階層の証拠も7万年前から3万年前頃にかけて見つかっているそうです。

私たちの言語は、噂話のために発達したそうで、人間にはほかの動物と違ってフィクションというか存在しないものを信じる能力があるというのです。そこから、伝説、神話、神々、宗教が認知革命の産物として生まれたのです。

筆者は、さらに死者の霊を信じていた原始的な人々の虚構を信じる認知と現代の制度の中に生きる我々は同じであるということを強調しています。

集団で生活する動物なら猿の一種のマンドリルがいます。170匹くらいの集団で暮らすそうです。ほとんど血縁関係らしいですが、それ以上の数になると直接の信頼関係を築く認知はできません。

しかし、人間は、共通の神を仰ぐとか、帝国といった国の枠組みを信じるとか、貨幣という虚構の価値を持つ媒体や制度を信じることによって交易などを、見ず知らずの人たちと執り行うことが可能となっています。

法人という会社制度も私たちの集団的想像が生み出した虚構だと言っていました。

認知革命の中でも、特に宗教、流通経済をもたらした貨幣、そして政治、戦争、領土、民族などの規範や価値観をもたらした帝国などについてもページを割いて丁寧でわかりやすい説明をしていました。ダーウィンの進化論ではありませんが、様々な特徴を持った国々の間でグローバル化が起こるのもある程度必然の流れかなとも思わされます。

そして、今や人間の進化のスピードをはるかに凌駕するスピードで進化、変容するコンピューター技術、インターネット、そして人工知能を思うと、人類の叡知を超えた勢いでさらなる次元の異なる大きな認知革命がすでに起こり始めているのかもしれません。

そうした大きな変動を近い将来予感できるからこそ、こうした認知革命という切り口がより大きな説得力をもって感じられたのかもしれません。斬新な歴史書でした。

by zoompac | 2018-04-16 09:24 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

「AI vs 教科書が読めない子どもたち」新井紀子_AIの脅威について一刀両断した返し刀で子どもの教育問題の脅威をあぶりだし!

f0090954_10203453.jpg著者は国立情報学研究所の教授で数学者です。ロボットは東大に入れるかという、俗称「東ロボくん」と名付けた人工知能に東大入試を受験させるプロジェクトに2011年から携わっておられ、そのプロジェクトを通じて気づかれたことをこの本に記されました。

先日(2018年3月14日)に76歳で永眠された天才物理学者で無神論者のホーキング博士は、「完全な人工知能(AI)が実現すれば人類は終焉を迎える」と予言めいた言葉を残していました。

一方、著者の新井紀子氏は、「シンギュラリティが到来する? 到来しません。」とこの著書の中で言い切っています。「いつか人間の能力を凌駕するというシンギュラリティの脅威は我々の目の黒いうちは到来しない」というのです。

AIはコンピュータであり、コンピュータは四則計算をする機会でしかないのだそうです。「論理」「統計」「確立」が4000年以上の数学の歴史で発見された数学の言葉の全てであり、すなわちこの3つで数式に置き換えられないことには何も対応できないというのです。

コンピュータという機械は意味を理解できないので、東大合格レベルに届かないのだそうです。

人間の知能の営みの全てが論理、確立、統計に置き換えることができないというところが、AIの限界だと言っています。

それにしても、この「東ロボくん」はMARCH(明治、青山、立教、中央、法政)の合格レベルはクリアしているのだそうで、逆にその方が脅威だとも思えました。

人間がAIに対して優位さを保てる領域の「読解力」ですが、今の教育制度を何とかしないと、「読解力」のない子どもが跋扈しているという現状に自ら驚いてこの本を書かれたようです。そのいきさつも詳しく書かれています。

というか前半は東ロボくんプロジェクトからAIの限界を述べ、後半は「読解力」のない子どもたちについての問題提起をするという二本立て構造になっていました。

単純明快な内容で、私のように「読解力」の低い読者にも、「AI」という専門用語が苦手な読者にも、易しい筆致で説明されています。

いずれにせよ多くの仕事が、近い将来人間からAIに取って代わられる世の中がくるのは間違いないようです。そうした中で生き残るにはAIの苦手とする高い読解力を持つ必要がありそうです。

この本でAIの基礎知識を学んだ方は、是非、ダン・ブラウンの小説「オリジン」も読んでみてください。AIはヒューマン・フレンドリーなのか、それとも目的遂行のためには倫理とか道徳とか法律の枠を超えた活動までする制御の効きにくい怖い存在となるのか・・・考えさせられます。

by zoompac | 2018-04-12 10:23 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

読書 「オリジン 上」 ダン・ブラウン_科学と宗教の対決の行方を占う相変わらずの蘊蓄満載の観光案内小説スペイン版!

f0090954_10500543.jpgダン・ブラウンが『天使と悪魔』『ダ・ヴィンチ・コード』『ロスト・シンボル』『インフェルノ』に続いて、宗教象徴学者ロバート・ラングドン(映画ではトム・ハンクスが演じています)を主人公に描く長篇推理小説「ラングドンシリーズ」の5作目となるのが本作『オリジン』です。

上巻を読んだ限りの私の感想ですが、大変興味深い内容です。宗教と科学の対立の歴史も語られており「サピエンス全史」を読んでいるような気分にもなります。(余談ながら、出口治明氏の「0から学ぶ日本史講義」の第1章の日本人の起源の内容も出口版サピエンス史というユニークな内容が語られています。人類の進化がどのようにして始まったのかにまで掘り下げた日本史です。)

神が人間を創造したのか、海から這い出した生物が人間へ進化したのか、そして今遺伝子操作まで可能となった人間の未来は・・・・?

エドモンド・カーシュというスティーブ・ジョブスを彷彿させるコンピュータ科学者・未来学者が登場します。コンピューター科学の方面に進んで輝かしい才能を発揮し、〝預言者〟の異名をとるまでになった男という設定です。

今作のテーマは、人類にとって最も根源的なふたつの問い「われわれはどこから来たのか。そして、どこへ行くのか」。という人類の抱える「人類の起源」と「人類の運命」の謎に、人工知能「ウィンストン」の助けを借りながらラングドンが迫るのです。これ以上のスケールのミステリーはないですよね。

それにラングドンシリーズでお約束の追いつ追われつの観光名所巡りも今回は豪華スペインシリーズです。スペインのビルバオ、マドリード、セビリア、バルセロナを舞台に、ラングドンの前に最強の敵が立ちはだかるという具合です。

鍵を握るのは、ラングドンの元教え子のエドモンド・カーシュが主催するイベントでプレゼンテーションする予定だった「われわれはどこから来たのか、どこへ行くのか」の答えです。宗教象徴学者ロバート・ラングドンは、そのプレゼンの会場であるスペインのバスク地方ビスカヤ県の県都ビルバオにあるグッゲンハイム美術館を訪れていました。

美術館内では招待客ひとりひとりにガイドがつき、音声で案内してくれた。ラングドンのガイドは「ウィンストン」(物語の途中でこのAIは「ウィンストン・チャーチル」の名前にちなんだ命名であることが分かります。豊富な蓄積データを武器にクイズ番組などに登場したIBMが誇る拡張知能「ワトソン」を彷彿させます。ラングドン探偵の助手はワトソンではなくウィンストンです。)と名乗るカーシュが作り出した人工知能であり、ほかの招待客のガイドも一手に担当していました(驚きの個別対応です)。

カーシュはそのプレゼンの最重要部分(人類にとって最も根源的なふたつの問いに答えるものであり宗教を根底から揺るがすもの)を語り始めようとするまさにそのとき暗殺されてしまいます。カーシュの前口上は次の通りでした。

「宗教の時代は終わりを告げ、科学の時代が幕をあげようとしています。」「そして、今夜、人類はその未来に向けて大きく前進することになります。」

その模様は世界じゅうに配信されており、視聴者の数は二百万を超えてなお増えつづけていたのです。カーシュ本人がスポットライトを浴びて登場し、招待客は総立ちで拍手喝采を送り、ラングドンもそれに加わっていましたた。その刹那です。銃声がドーム内に響き渡り、カーシュは額を撃ち抜かれて絶命しました。

目の前で友人を殺されたラングドンは深い悲しみと怒りを覚え、犯人を見つけ出してカーシュの発見を自分が代わりに世界に伝えたいと決意するのです。

そんなラングドンに美術館館長のアンブラが協力を申し出ます。アンブラは美貌の女性で、カーシュのイベントの準備をずっと手伝っていました。彼女によるとカーシュのプレゼンテーション映像にアクセスするには、カーシュのスマートフォンに四十七文字(誰かの詩の冒頭箇所)のパスワードを打ちこむ必要がありました。

カーシュ暗殺は、宗教界によるものか? もしくは、スペイン王宮が関わっているのか? そうした、誰も信用できない中で、ラングドンとアンブラは逃亡しながら、人工知能ウィンストンの助けを借りてカーシュの残した謎に迫ることになるというところで上巻が終わっていました。

上巻の最後にラングドンとアンブラがたどり着いたのは、バルセロナのアントニ・ガウディのカサ・ミラの最上階のガウディ美術館です。美術館休館の2年間限定でカーシュが借り入れていたという設定になっていました。相変わらずの宗教・美術に加えて今回は先端科学の蘊蓄テンコ盛りとなっています。

付け足しになりますが、グッゲンハイム美術館の館長アンブラはスペイン国王太子と婚約中です。彼女はバスク出身の無神論者です。バスク地方と言えばフランシスコ・フランコがナチス・ドイツやイタリアに依頼して攻撃してもらったゲルニカ(ピカソの絵でも)や反フランコ運動で有名です。

上巻の途中で明らかになりますがカーシュの暗殺者の手のひらにはフランコの紋章が刷り込まれていることが判明します。VICTORYの文字を重ね合わせた図案です。フランコは国粋主義者、独裁主義者として有名でしたがカトリック至上主義者でもありました。ということで、どうやらラングドン達の前に立ちふさがるのは、スペイン政府やカトリック教会の上層部に今だ潜んでいるフランコ主義者の一派のようです。

ナチスの鉤十字を彷彿させるVICTORの紋章の登場に思わず身震いしながら、下巻での展開を楽しみに読んでいきたいと思います。 

by zoompac | 2018-03-27 10:53 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

読書 「0から学ぶ「日本史」講義 古代史篇 出口治明_知識の整理に役立つ本でした!

f0090954_10251253.jpg西暦663年、日本軍は百済を助けるため唐・新羅連合軍と朝鮮半島の白村江で戦い完敗してしまいます。実際はこの戦いに新羅は参加していなかったようですが・・・。

世にいう白村江の戦いです。

著者の出口治明氏が、当時の日本にとって1945年の第二次世界大戦の敗北に匹敵する衝撃だったと言っていたのが興味深かったです。

一方、最近読んだ荒山徹の「白村江」では、日本からの出兵も大敗もフェイクであったとの設定でした。

荒山氏は、日本の水軍を率いていたのが無名の人物だったということと、白村江の戦いが唐のオフィシャルな「本紀」に記録されておらず唐の水軍を率いた将軍の列伝、すなわち個人の伝記の自慢話にすぎないという点からその設定を思いついたようです。

白村江の戦いから遡ること18年前の645年の乙巳の変で蘇我入鹿を暗殺した乙巳の変後に即位した後の孝徳天皇の下難波宮で大化の改新を行った中大兄皇子でしたが、外交において親唐派の孝徳天皇と親百済派の中大兄皇子は決裂してしまいます。中大兄皇子はいったんヤマトに引っ込んでしまいましたが、654年に孝徳天皇が亡くなったことで、権力闘争は中大兄皇子に軍配が上がりました。

しかし、中大兄皇子がいつまでも天皇の座に就かず、母親(元皇極天皇、蘇我体制下の天皇として大化の改新を機に退いた)を斉明天皇として重祚してもらったのもなにやら陰謀めいています。

中大兄皇子にとってもはや親唐派と親百済派の外交上の国内での対立はどうでもよくなったのかもしれません。ただ自分をこれまで支えてくれた親百済派の勢力は無視できないので行きがかり上、百済援護のための派兵は母親の斉明天皇の名で行い、裏で唐に対して形だけのフェイク出兵であることを伝達していたというのが荒山版「白村江」の物語でした。

出口治明氏は、663年から664年に九州博多に水城を築き、四国や中国地方にも山城を造り、防人を置き、のろし制度を設置したとされていますが、外敵脅威を活用して防衛力強化に努めたとも思えます。

白村江での敗戦後、出口氏曰く唐版「マッカーサー」の郭務悰(かくむそう)が日本に送り込まれてきたそうです。

しかし彼は九州で待たされたあげく唐からの公式の使者でなかったことが判明し追い返されています。当然のことながら唐の歴史書にもその名はありません。白村江の戦いで唐と対戦したといっているのは日本だけのようです。

郭務悰(かくむそう)は、その後も都合3度に渡って白村江の戦いで捕虜になった日本兵を運び込んできたようです。

いずれにせよ出口治明氏の「マッカーサー」の呼称は大げさだと思いました。

667年にヤマトを離れ近江大津宮に遷都した中大兄皇子はやっと天智天皇として668年に即位しました。

即位した年に唐の法制度をモデルに、日本の最初の律令法典である「近江令」が編まれました。こうなってくると中大兄皇子がアンチ唐・親百済路線をとっていたのも孝徳天皇と対立姿勢を明らかにする国内政治のためであって、対立する相手がいなくなってからは唐べったり路線に変更した戸しか思えません。

出口氏は、672年に起きた日本古代最大の内乱といわれる壬申の乱(天智天皇の弟大海人皇子と天智天皇の息子である大友皇子の家督争い)は、王位継承の家督争いではなく、アンチ唐派の巻き返しとして面白いストーリーを語っていました。

672年の壬申の乱で勝利した大海人皇子が天武天皇として即位し、近江大津宮からヤマトに戻り、飛鳥浄御原宮へ遷都したというのも何やら因縁めいていますね。

しかし天武天皇は、689年には飛鳥浄御原令を制定し、唐に倣った律令法典の整備をしています。

アンチ唐のポーズをとりながら、いざ政権をとってトップの座に座ると、唐に対抗する国力不足の現実に逆らえなかったということが繰り返されていることがみてとれます。大国唐を恐れること、今のアメリカ合衆国との関係と似通っていたことは間違いなさそうです。

知識の検証、整理、修得に役立つ古代史本だと思いました。

by zoompac | 2018-03-23 10:26 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)
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[通常盤]「Now On Sale!!」
TOCP-66380/¥2,548(税込)

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