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映画「空海 Ku-Kai 美しき王妃の謎」_1200年前の長安の化け猫騒動 楊貴妃の死の謎に迫る空海と白楽天の妖魔界探偵コンビ!」

f0090954_12300976.jpgこの映画の題名は如何なものでしょうね。内容からすると「長安の化け猫騒動 楊貴妃の死の謎に迫る空海と白楽天の妖魔界探偵コンビ」としたほうがわかりやすいですね。

空海(染谷将太)が遣唐使として長安に渡り滞在したのが804年~806年の「長安の化け猫騒動」の謎を空海が名探偵ホームズ、白楽天(ホアン・シュワン)が助手のワトソン君のような感じで解明していく物語でした。

2年の長安滞在で密教の大家となる空海ですが、司馬遼太郎氏の「空海の風景」という小説を読む限り、白楽天(白居易)との接点・交友の記述はありませんでした。

長安の化け猫事件(皇帝の怪死やその他の変事)を追っているうちに、その事件の発端はどうやら50年前の楊貴妃の死に結びついてゆきます。

50年前の国際都市として華やかさと多民族の溢れかえる長安の姿が映し出されます。そこには玄宗、楊貴妃(チャン・ロンロン)、安禄山、日本からの遣唐留学生で当時の長安での科挙の試験に合格した天才阿倍仲麻呂もいました。

奇しくも、白楽天は玄宗と楊貴妃の愛の詩・「長恨歌」を書いている最中の仕上げで悩んでいたところでした。空海の助手としてこの化け猫騒動の元凶となった楊貴妃の死の謎に空海と共に迫っていきます。

妖怪・魔界の類の話が楊貴妃の死の真相となると、今の政治家共が喜んで真似しそうな玄宗の政治的な判断と楊貴妃の忖度のような落しどころだったので竜頭蛇尾のような意気消沈の物語に思えてしまいました。

約1200年前の長安をスクリーンに再現してくれたことや、染谷将太空海の歩き方の演技が気に入った他は、みるべきものが少なく感じた映画でした。内容がないよう!


by zoompac | 2018-03-15 12:31 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画「ゴッホ 最期の手紙」_実写から始めて動く油絵へとアニメーション化した世にも珍しき映画作品!

f0090954_08274286.jpg「ひまわり」「星月夜」などで知られる印象派の巨匠フィンセント・ファン・ゴッホの死の謎を、全編油絵風のアニメーションで描き、解き明かしていく異色のサスペンスドラマでした。

郵便配達人の息子の青年アルマンが、父の友人で自殺したとされる画家のゴッホが弟テオに宛てた手紙を託され、ゴッホの死の直前まで居合わせた関係者を訪れ、その死に関する真相を突き止めようとするサスペンスものでした。

俳優が演じた実写映像をもとに約6万5000枚におよぶゴッホの作風での油絵が描かれ、アニメーション化(というより実写に近い動く油絵化)されていました。その手の込んだ労作と色彩の見事さに圧倒された作品でした。

結局のところ真相は??

医者の娘役をシアーシャ・ローナンが演じ、それを油絵にしたらしいですが全然気が付きませんでした。

余談ながら、ゴッホは絵画だけでなく膨大な手紙を残したことでも有名です。

司馬遼太郎氏はゴッホの手紙に関して「普遍的な魂の報告書」でありそれは「文学」以外のなにものでもないと「街道をゆく オランダ紀行篇」で言っていました。オランダ史に文学の巨匠は少ないけれど、文学を虚構に限定せず、定義を広げ、文章という知的な道具によって描かれた感性の体系ということにすれば、ゴッホの書簡集はオランダ文学の最大の収穫といっても過言ではないという主旨の事を書いていました。

みすず書房から「ファンゴッホ書簡全集」全六巻が出ています。また小林秀雄氏の読売文学賞受賞作の「ゴッホの手紙」もあります。


by zoompac | 2018-03-14 08:28 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画「ゴーギャン タヒチ、楽園への旅」_楽園のイメージが覆されるほど過酷なゴーギャンの顛末でした!

f0090954_08500261.jpg19世紀フランスを代表する画家ポール・ゴーギャン(ゴッホ、セザンヌと並ぶポスト印象派の1人)の知られざる創作の秘密やタヒチでの愛と苦悩の日々を、ヴァンサン・カッセル主演で描いた伝記ドラマです。

伝記ドラマといっても主に描かれたのは57年のゴーギャンの生涯(1895~1903)のうちの第1回目のタヒチ滞在の1891年から1893年のたった2年間でした。

パリで株式仲買人として働きながら、趣味で絵を描きはじめた異色の経歴のゴーギャンでした。しかし1882年にパリの株式市場が大暴落すると、それまでの裕福な生活は一変します。

絵画を本業にしようと考えたゴーギャンでしたが生活は困窮し、妻や子どもたちと別れることになってしまいます。

タヒチに渡る前のゴッホとのアルルでの共同生活(1888年)や2回目のタヒチ滞在(1895年~1901年?)のエピソードは一切触れられていませんでした。

失われゆく野生(美)を求めてわずかな資金を手にタヒチへ渡ったゴーギャンはすっかりその地に魅了され、現地の美女テフラ(14歳?)と結婚します。ところが資金が底をつくと再び極貧生活に陥り、テフラの愛情も離れていってしまうといった物語でした。

彼のタヒチ妻をモデルとした絵画作品から楽園のパラダイスを楽しみながらの創作作業を想像していたのですが、スクリーンに展開される物語は想像を絶するものでした。彼が切り出した作品の美の裏側には、払った大きな代償がありました。

楽園であるはずの植民地帝国時代のフランス領ポリネシアのタヒチで絵具さえ買えなくなって筆も握れず貧困にあえぐ姿と意外と合理的に割り切る現地妻のしたたかさが描かれていました。

若い妻は、ゴーギャンの手伝いをしていた若い男とよんどころのない関係になりました。その若い男はゴーギャンから見よう見真似で木彫りのトーテム作りを学び、外国人用の土産物として売り出してお金持ちになっていました。ゴーギャンの絵画はさっぱり売れず、日雇いの力仕事で日銭を稼ぐ生活です。芸術とはこれほど理解されにくくお金にならないのだなと思わされました。


by zoompac | 2018-03-13 08:50 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

シェイプ・オブ・ウォーター_刮目に値するサリー・ホーキンスの演技!

f0090954_13364217.jpg友達から、昔の映画「大アマゾンの半魚人」(’54)の焼直しみたいだよと言われたので、そちらはTsutaya Discasで手配することにして、早速観に行ってきました@TOHOシネマズ新宿。

マリリンモンロー主演の「七年目の浮気」で映画を観るシーンがあるそうなのですが、その映画がこので、マリリンが演じる女性がその半魚人に同情するシーンがあったそうです。「半魚人は愛を求めている」という主旨の感想を語ったとか。

ギレルモ・デル・トロ監督も6歳の時、その「大アマゾンの半魚人」をTVで観たそうです。あれから40年、デル・トロ版半魚人と掃除婦の恋の物語が誕生しました。

「シェイプ・オブ・ウォーター」は、そのデル・トロが監督・脚本・製作を手がけ、2017年・第74回ベネチア国際映画祭の金獅子賞、第90回アカデミー賞4部門を受賞した映画作品です。

ジャンル分類が困難で、ごった煮って感じですが、大筋ファンタジーラブストーリーです。SFホラー(というには半魚人が可愛い!)、コメディ(というには、この半魚人が人間の指を食い千切ったり、猫を頭から喰っちゃったりで怖い!)、ミュージカル、冷戦時代のスパイもの(設定は1962年)って側面もありました。

冒頭から、露出度の高いシーンが出てきて思わずのけ反りました。

1962年、冷戦下のアメリカ。政府の極秘研究所で清掃員として働く女性イライザ(サリー・ホーキンス)は、研究所内に密かに運び込まれた不思議な生き物に遭遇します。イライザはアマゾンで神のように崇拝されていたという“彼”にすっかり心を奪われ、こっそり会いに行くようになります。幼少期のトラウマで声が出せないイライザでしたが、“彼”とのコミュニケーションに言葉は不要で、2人は少しずつ心を通わせていくのです。そんな矢先、イライザは“彼”が生体実験の犠牲になることを知り、彼を逃がそうと彼女の友人に協力を求めますが、・・・・・。

「ブルージャスミン」(最近では「パディントン」や「しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス」にも出演)のサリー・ホーキンスがイライザ役で主演を務め、イライザを支える友人役に「ドリーム」のオクタビア・スペンサーと「扉をたたく人」のリチャード・ジェンキンス、イライザと“彼”を追い詰める軍人ストリックランド役に「マン・オブ・スティール」のマイケル・シャノン等が出演しています。アカデミー賞では同年最多の全13部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、美術賞、作曲賞の4部門を受賞しました。

先ほどのマリリンモンローの台詞ではありませんが、「半魚人が愛に飢えている」ってことを直感できる女性がこの映画の主人公のイライザでした。イライザは孤独な唖の女性です。

毎朝、ゆで卵をつくり、入浴し、浴槽でマスターベーションをし、サンドイッチを作り、隣人の売れない老画家(ゲイです)と一緒にTVを観て時間を過ごし、夜間は清掃員として働いています。職場は政府の情報機関機関であるおオッカム航空宇宙研究センターです。そこには清掃の仕事の同僚で友人のゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)がいます。

オクタヴィア・スペンサーといえば昨年の秋に公開となった「ドリーム」にも出演していましたね。時代はほぼ同じ1960年代の話でしたが、その映画で彼女が働いていたのはNASAの(ラングレー)研究所でした。この職場はひょっとしたら同じかもしれないと思ったのですが違っていました。

職場でのイライザはゼルダ以外とは交流しません。口が利けないということもありますが、おせっかいなゼルダにはイライザも心を開いているようです。

このゼルダも悲惨な結婚生活を送っていることが映画の途中でわかってきます。

これら疎外された3人(イライザ、隣人の老画家、ゼルダ)は、非主流派の落ちこぼれ組ですが、だからこそ権力者の情け容赦のない目的完遂志向のおかしさに気づけるのでしょう、迫害の憂き目にあっている半魚人の救出に連帯していくって話の流れになります。これは、最近見た「グレイテストショーマン」の個性あふれるパフォーマー達の連帯感にも通じるものがありました。

そして最後にヒロインの首筋に残る三つの切り傷の意味が分かったときは思わず「おおーっ!」と声が出そうになりました。サリー・ホーキンスにすり寄りたくなるほど愛おしさを感じる映画でした。


by zoompac | 2018-03-08 13:37 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画「ミッドナイトバス」_トンネルを行き来する長距離バス運転手の生活のバランスが大きく傾く物語!

f0090954_09090884.jpg有楽町すばる座で観ました。なかなか興味そそられる物語の構図でした。

長距離深夜バスを利用するひとたちの群像劇のようなイメージを与える題名ですがそうではありません。

川端康成の「雪国」の冒頭の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」は汽車での話ですが、こちらの「ミッドナイトバス」は関越トンネルを経由して新潟と東京を行き来する高速バスの運転手を主人公とするお話です。

バスの運転士の方々は一般に言って、この関越トンネルが、新潟(日本海側)と東京(太平洋側)の切り替えポイントになるようです。日本海側は雪が降っていても太平洋側で晴れている等、トンネルを境にして天候の違いから見える風景も違っており、気持ちも切り替わるそうなのです。

バツイチ中年男の高宮利一(原田泰造)は、新潟~東京間を走る長距離深夜バスの運転手です。東京大田区山王小町で小料理屋兼定食屋を営む恋人・志穂との再婚を考えていた矢先、息子の怜司(七瀬公)が東京での仕事を辞め、突然帰ってきます。すると16年前に幼子二人(怜司とその妹彩菜)を残して去った元妻・美雪(山本未来)が新潟に住む痴呆気味の父親(長塚京三)の世話のため戻ってくるところにも鉢合わせます。娘の彩菜(葵わかな)は友達とルームシェアをしながらインターネットでマンガキャラのグッズの売り出し事業を立ち上げようと奮闘する傍ら、交際相手との婚約話に親同士の対面が必至となり、兄が戻ってきた利一の家に彼女も顔を出します。

このことがきっかけで、新潟での利一の周りに今までバラバラだった家族が集まってきました。

利一は、トンネルを東京に抜けると恋人の住居兼お店にいそいそと通うバツイチの独身男でありながら、新潟に抜けると復活した頼られる父親であり元夫に戻るという二重生活を強いられることになるのです。というか、新潟での父親兼元夫としての比重が高くなってきました。

利一の働く会社の名前が白鳥交通、そして新潟は渡り鳥「白鳥」で有名です。さらに白鳥は家族単位で渡ることまで紹介されると、この映画の結末は、別離した家族の再結集の話に思えてしまいました。

しかし利一には、どんなに惹かれたとしても、一度別れてしまった道は二度と交わらないという現実が待っていました。

父親として長男・長女の再出発、元夫として、元妻の再出発に尽力をした利一は、新潟での父親業に比重をかけすぎ、東京の彼女にまで父親視点から再出発を勧めて別れてしまっていました。

新潟での父親の役割を終えた利一は、新潟にも東京にも自分と寄り添ってくれる家族、あるいは恋人も何もいない、ただのはぐれ渡り鳥になってしまうというお話でした。

というか、渡り鳥のはずだった自分の元を、元妻、長男、長女がそれぞれ旅だって行ったため、新潟の生活が誰もいない沼のようになってしまいました。

今度は、自分がはずみで別れた恋人(小西真奈美)に会いに行こうとするところで終わっていました。

結末は観客が勝手に想像してくださいという突き放されたようなエンディングでした。最後まで面倒見てよ!と思ってしまいました。

伊吹有喜の直木賞候補となった同名小説を原作とした映画作品でしたが、ラストシーンが少々違っていました。

原作では長男が東京での再出発の折、志穂(小西真奈美)の元を訪ね料理や琵琶茶のお礼に行っています。そのとき志穂から利一に嫌われ別れたたと聞き、怜司は自分が突然家に帰ってしまったことで二人の関係がぎくしゃくしたことに気づき、志穂に言います。

利一が志穂を新潟に連れてきた時が、ちょうど怜司が東京から帰ってきた日だったのです。そして自分が食べてしまったけど志穂のために利一が食事の準備もし、布団にシーツを掛けていたこと、庭で野菜を育てようとしていたこと等、志穂と新しい生活を考えていたらしいこと等をです。

そして彼女が大森の山王の小路の小料理屋から転職した先は、映画では都内のお店のように感じられましたが、原作では東京から遠く離れた京都の割烹料理屋になっていました。でも原作では、怜司に志穂が京都での電話番号を伝えていたため、利一さえ志穂に自分の気持ちを伝えれば寄りが戻りそうな雰囲気大でした。

まあ、映画でもイメージは一方通行の戻れないお話ではなく、行ったり来たりのトンネルの話だったので寄りは戻る可能性が大きいとした方が無難かもしれませんが、どうでしょう。元の鞘に戻るのか? 逃がした魚は大きいということになるのか? あなたはどう思いますか?

人は聞きたいことしか聞かず、見たいことしか見ませんから、解釈は人それぞれでしょうが、私は志穂が利一との思い出の場所を出て、新天地で新しい人生を始めたということで、利一への未練は断ち切ったと思います。別れを持ち掛けられたときの苦しさ、悲しさのトンネルを越えて新しい人生を始めた彼女に、トンネルの反対側から反省と未練を持ち込んでくる利一へ彼女の傷ついた感情が納まりきれるとは思えません。彼女が形だけの再出発で、心をトンネルの向こうに置き去りにしていれば話は別でしょうが。

あの利一にも懐いている志穂が飼っている柴犬がかすがいの役を担ってくれることを祈りましょう。


by zoompac | 2018-03-07 09:10 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画「グレイテスト・ショーマン」_伝説の興行主P.T.バーナムの半生を描いたミュージカル映画!

f0090954_11003651.jpg「ラ・ラ・ランド」の才能溢れる音楽家チームと「レ・ミゼラブル」でも華麗な歌声を披露したヒュー・ジャックマンがタッグを組んで、19世紀半ばのアメリカでショービジネスの原点を築いた伝説のプロデューサーP.T.バーナム(ヒュー・ジャックマン)の半生を描いた壮大なオリジナル・ミュージカル映画でした。

妻への一途な愛を糧に夢を追いかけ、異常体質がゆえに差別や偏見の中で立ち尽くしていた役者たちにエンタテイナーとしてスポットライトの当たる場所を提供し、エポックメイキングなショーを創造したことで知られるバーナムのサクセスストーリーを全9曲のミュージカルナンバーで彩ってくれました。

特に、主題歌の「This is me」は心揺さぶられました。外見や地位に関係なく自分らしく生きようとする様々な個性が前向きな気持ちで物事に向き合う応援歌として聞きました。

髭のないキアラ・セトルが、2018年第90回のアカデミー賞授賞式の会場でも歌ってくれました。多様性共存の社会に対する排他的言動と行動が目に余るトランプ大統領に聞かせてあげたいメッセージがこもった歌でした。

バーナムの妻チャリティを「マンチェスター・バイ・ザ・シー」(私は彼女の「マリリン七日間の恋」が印象深かったですけどね。)のミシェル・ウィリアムズが演じていました。

バーナムを「人生において夢を見る喜び」の体現者とすれば、妻のチャリティは「生きていくうえで足るを知る」の具現者と捉えることができます。相反する方向性ではありますが、民衆に夢を見せてくれ、パーホーマーにエンタテイナーとして輝く場所を提供してくれる、奇跡的なショーのプロデューサーとして世界に向かっての活動が結局家族愛という狭い壺の中に取り込まれる筋立てというか落としところがやや残念でした。華麗なミュージカルによる気分の高揚と発散というスカートの裾を夫婦愛のワッカが踏んでいたような感じがしました。

二律背反の二者択一テーマ-にせず、妻や二人の子供も、パーフォーマー達も大きな意味での家族としてウィンウィンして共に大きく羽ばたくって簡単な筋にまとめてもらったほうがもっと安心して楽しめた映画だったと思います。

貧しい家に生まれ育ったバーナムと名家の令嬢チャリティのの関係の対極に描かれていたのがバーナムのビジネスパートナーのフィリップ・カーライル(ザック・エフロン)と空中ブランコパーフォーマーのアン・ウィラー(ゼンディア)でした。

身分の違いゆえの秘めやかな恋を自由に発散できる場は空中だけでした。「ヘアスプレー」のザック・エフロンと「スパイダーマンホームカミング」のゼンディアの空中ダンスとそのナンバーが最高にロマンティックでよかったです。「ララランド」のプラネタリウム内部でエマ・ストーン演じるミアが踊りながら宙を舞うシーンを彷彿させました。

良いところ残念なところを差し引きして星三つ★★★といった印象の映画でした。


by zoompac | 2018-03-06 11:06 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画「ローズの秘密の頁」_閉鎖的なアイルランド社会で信念と愛を貫き通した女性の40年の結末!

f0090954_07101875.jpg久しぶりの「ヒューマントラストシネマ有楽町」で観ました。

「父の祈りを」(1993年)で第44回ベルリン国際映画祭金熊賞受賞の功績を持つアイルランドの巨匠ジム・シェリダンの5年ぶりとなる待望の新作「The Secret Scripture_邦題ローズの秘密の頁(ページ)」でした。

精神科病棟に長年幽閉された女性の悲劇が回想形式で語られていく物語です。

取り壊しが決まったアイルランド西部にある精神病院から転院する患者たちを診察するため、病院を訪れた精神科医のスティーブン・グリーンは、赤ん坊殺しの罪で精神障害犯罪者として40年もの間病院に収容されている老女ローズ・F・クリアを看ることになります。自分の名が「ローズ・マクナリティ」であると訴え続ける彼女は、赤ん坊殺しの罪を否認し続け、大切にしている聖書の中に何十年にもわたって密かに日記を書きつづっていました。興味を抱いたグリーン医師に、彼女は半世紀前からの自分の人生を語り始めるのです。

この映画の着地のあり様は半ばあたりでピンときました。あまり多くを語れませんが、観終わった後、何故グリーン医師が選ばれたのだろう、何故グリーン医師は老女ローズ・F・クリアの人生に深く興味を持ったのだろうという点に思いを巡らせました。

人間は遺伝に影響を受けるのかそれとも生後環境なのかという問題に対して、その折衷案のような個人独自の環境という説があります。人間は個人個人で兄弟とさえ共有しない環境があるのだそうで、その環境は自ら(の遺伝子が)探し当てるのだそうです。面白いとか心が奪われること等には引き寄せられ、逆に怖いもの不快なものから逃れようとし、独自の自分の生後環境を構築していくというものです。

自分の遺伝子を刺激する出来事に引き寄せられるかのように老女ローズの経験を聴くこのグリーン医師はまさにそうした典型的な例だったかもしれません。

「愛を込めて見たものは全て、真実よ!(Anything you see with your love is truth.)」という老女ローズ・F・クリアの言葉が印象的でした。

そのローズの若い時代を、「ドラゴン・タトゥーの女」「キャロル」のルーニー・マーラが演じ、老年のローズをイギリスを代表する大女優バネッサ・レッドグレーブ(「オリエント急行殺人事件」、「ジュリエットからの手紙」等)が演じていました。

それにつけても最近はカトリック批判の映画が目立ちますね。

最近観た「スリー・ビルボード」では主役のフランシス・マクドーマンド演じる主婦ミルドレッドが説教をたれようとするカトリック教会神父に幼児虐待事件を毒づくシーンがありました。

2015年のアカデミー賞作品賞・脚本賞の「スポットライト 世紀のスクープ」でまさにスポットライトを浴びたのがカトリック神父の幼児虐待事件でした。この問題は米ボストン司教区のカトリック司祭が30年にわたり130人もの児童を性的に虐待した事件のみならず、それに対し、ヴァチカンが隠蔽しようとし何ら処分を行わなかったことが地元紙「ボストン・グローブ」によって報道され、全米を震撼させた事件です。

全米だけではなくイギリスをやアイルランドでも同様な事件が発覚し、全世界に根付いたカトリック教会の悪しき伝統が暴露されることになったのです。

2014年に銀座シネスイッチで観た「あなたを抱きしめるまで」という映画では、アイルランドのカトリック教会というか修道院で里子制度という表看板の裏側で行われていた金銭による人身売買を白日に曝したノンフィクションを原作とした映画でした。

婚外子を妊娠した女性は囚人のように施設に隔離され洗濯などの労働に従事し、出産後には子供は取り上げられ、その多くがアメリカやイギリスに里子として出されていました。修道院はその謝礼に多額の金銭を受け取っていましたが、その記録は隠滅されました。

ジュディ・デンチ演じる子を取り上げられた母親フィロメナ(Philomena)が50年近くたって、ひょんなことから政治ジャーナリストの職を失った男の助けを借りて、アメリカへ息子探しの旅へ出るという実話を基にした映画でした。

里親の名前がわかれば探索は楽だったのでしょうが、金銭による人身売買の発覚を恐れた修道院の隠蔽で息子探しが難航する物語でした。こちらは50年ぶりの再会を願った母親の話でした。

アイルランドの親イギリス派と反イギリス派の根深い対立模様に加えて、この「ローズの秘密の頁」にも婚外子を身ごもった女性たちは家族の恥、社会の恥として女子修道院の営む施設に送られ、子供を産んだ後3年はその施設の掃除・洗濯などの奉仕活動を強いられ、子供たちは3歳くらいになると養子として外部の人たちに引き取られていく仕組みの一部が描かれていました。 生んだ母親たちにそれを拒む権利はなかったようです。

それだったらまだしも、ローズは結婚していたのです。それにもかかわらず相手がプロテスタントということで(彼は神父の密告によって反英・反プロテスタント集団に結局殺されてしまうのですが)叔母からも地域社会からも結婚が認められず、婚外子を身ごもったとして修道院に軟禁状態にされます。

産んだ子供と引き離されることが嫌で修道院を脱走して海辺の洞窟で出産し、血だらけになりながらへその緒を石で切離し気絶してしまいます。気が付いたローズは横恋慕の若い神父や警察の証言で「子殺し」の罪を着せられ気がふれた母親として精神病院に40年間収容されることになったのです。

第2次世界大戦下のアイルランドの海辺の町はかくまでも女性にとって生きづらい環境であったことや正義を信じて微塵も揺るがない排他的なカトリック信者たちの怖さが描かれていました。町の権力者のカトリック神父がそうした保守的で姑息因循な邪悪さを象徴するかのような描かれ方でした。

日記をつけながら、生きていると信じている息子への愛を忘れることのなかったローズの話にグリーン医師が引き付けられ、彼女のミステリアスな40年の謎が解けたストーリーでした。


by zoompac | 2018-02-25 07:10 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

録画映画「荒野の七人」_村人との共闘というより7人のガンマンの個人技での戦い!

f0090954_05241335.jpg「荒野の七人」(原題: The Magnificent Seven)は、1960年のアメリカ合衆国の映画です。

BS日テレで2月9日金曜日に放映されていたものを録画して観ました。「続・荒野の七人」が2月16日が放映済み、さらに「新・荒野の七人」が2月23日の放送予定です。
黒澤明監督の日本映画「七人の侍」(1954)の舞台を西部開拓時代のメキシコに移して描いたリメイク映画です。後に第二作「続・荒野の七人」(1966年)、第三作「新・荒野の七人 馬上の決闘」(1969年)、第四作「荒野の七人・真昼の決闘」(1972年)などの続編が制作されました。
国境を越えたメキシコの寒村は、毎年刈り入れの時期に村にやってくる盗賊に作物を奪われ苦しんでいました。そして今年は作物ばかりか1人の村人まで殺されたのです。自分たちは耐えられても子どもたちにこの苦しみを与え続けるわけにはいかないとして村人は長老に方策を相談します。盗賊と戦う覚悟を決めた村人たちは銃を買うために金を出し合って、国境を越えてテキサスに向かったのです。
メキシコに近いテキサスの辺境の町では、行き倒れた先住民の死体を誰も葬らないので、見かねた行商人たちが葬式をしてやろうとしていたところだった。しかし町では先住民の埋葬が禁じられており、周囲は敵意むき出しの荒くれ者ばかりで、誰も霊柩車の御者を引き受けない。だが1人のガンマン(ユル・ブリンナー)が御者として名乗り出て、それを見たもう1人のガンマン(スティーヴ・マックィーン)が助っ人を買って出ます。

2人に共感するガンマン達からライフル銃と霊柩車の弁償代を借りた彼らは、通りの窓や屋根からの狙撃者にすばやい銃さばきで弾を撃ちこみながら霊柩車で街を進み、墓地まで死体を運ぶ。そこで数名の住人たちに銃を突きつけられるも、2人はこれを難なく退けて先住民を埋葬し、町は歓声に包まれる。

この活躍が、メキシコの寒村からやってきた村人の目にとまり、このガンマンに「銃の買い方と撃ち方を教えてくれ」と懇願します。ユル・ブリンナーの演じるガンマン・クリスは「銃を買うよりガンマンを雇った方が良い」と言って助っ人を引き受け、彼の人柄に惹かれたヴィン(スティーブ・マックィーン)も協力を申し出ます。だが1人2人のガンマンでは勝ち目がない、せめて7人のガンマンが必要だということで他のガンマンたちをリクルートすることになる筋立ては「七人の侍」同様でした。

「七人の侍」では、野党狩りのための侍を白米で雇おうとした百姓たちが宿場町にやってきますが、そこで彼らが遭遇したのは近隣の農家に押し込んだ盗賊が子供を人質に立てこもるといった事件でした。その問題を解決したのが通りかかった初老の浪人でした。志村喬演じる島田官兵衛です。彼は僧に扮して乗り込み、子供を救い出すと同時に盗賊を斬り捨てました。百姓たちは官兵衛に野武士退治を頼みます。官兵衛は引き受けることにし、必要と思われる腕の立つ七人の侍の集めることにしたのです。

荒野の七人では「白米を腹いっぱい食わせる」という報酬ではなく、かき集めた村の全財産から1人頭20ドルを支払うといったものでした。

7人のリーダー格のユル・ブリンナー演じるクリスが、七人の侍のリーダー格の志村喬演じる官兵衛ですね。

決闘で勝って仲間に誘われたナイフ使いのブリット(ジェームス・コバーン)が、「七人の侍」で同じく果し合いで勝った凄腕の剣客・久蔵(宮口精二)とイメージが重なります。

チコ( ホルスト・ブッフホルツ)が、7人の最年少メンバーですので、「七人の侍」で木村功が演じていた勝四郎ですね。農民あがりでガンマンになりたがっているところは三船敏郎が演じた菊千代のイメージも彷彿させます。

ガンマン募集でクリスから一度は却下されるが、あきらめずについて行き仲間となります。ひたむきで純粋である反面若さ故感情的になりやすいところは勝四郎のようでもあり菊千代のようにもみえます。

勝四郎が村の娘とねんごろになるがごとく、チコも村の娘から積極的にアプローチされるモテモテぶりです。「七人の侍」の勝四郎は村娘・志乃と別れ武士になる道を選びますが、チコはガンマンになる夢を捨て村に残り、村娘・ペトラ達と共に生きる道を選ぶところが「七人の侍」と正反対のエンディングで印象に残りました。

薪割りの見事さから仲間に誘われたベルナルド( チャールズ・ブロンソン)は、平八(千秋実)に相当するキャラクターですね。ただ出自に対するコンプレックスを抱えているところと子どもたちにやたらとなつかれるところは三船敏郎の"菊千代"に近いかもしれません。

ハリー(ブラッド・デクスター)は、相当する役柄の無いオリジナルキャラクターですね。クリスの旧友という点だけですが、その点は官兵衛の旧友の七郎次(加東大介)に該当します。

「七人の侍」では生き残るのが勝四郎、そして官兵衛と七郎次の旧友コンビでしたが、このハリーは盗賊との戦いで亡くなってしまいます。

「荒野の七人」ではチコとクリストとサブリーダー格のヴィン(スティーブ・マックィーン)が生き残ります。ヴィンは生き残った点では七郎次ですが、サブリーダー格という点では、官兵衛の参謀役として共に戦略・戦術を考えた片山五郎兵衛(稲葉義男)に近いキャラクターだと思いました。

リー( ロバート・ヴォーン)は「荒野の七人」のオリジナルキャラクターですね。凄腕の賞金稼ぎでクールな皮肉屋ですが、これまで殺した賞金首の亡霊に怯えるといった心に闇を抱える人物でした。

「七人の侍」では寡兵の七人が村の地形を調べ尽くし、要所要所に罠を仕掛け、野盗をおびきよせたりの百姓たちもしっかり訓練され、持ち場と役割を持たされた武士と百姓の混成軍団がその戦略・戦術の奇抜さで火縄銃という飛び道具を持っているうえに圧倒的な数を誇る野盗を退治する、「小よく大を制す」という日本人の好きな面白さをみせていました。

一方で、「荒野の七人」はユル・ブリンナー演じるクリス等の早打ちやナイフ使いのブリットといった個人の持つ熟練技に頼っていた点が単調に見えました。 村人とガンマンたちがテンでバラバラに盗賊たちと戦っていた印象でした。


by zoompac | 2018-02-21 05:30 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

黒澤明DVD第二弾「七人の侍」_ 農民と7人の侍の共闘の戦略、戦術で野武士軍団を退治!

f0090954_07460020.jpg「七人の侍」は、世界の名だたる巨匠が師と仰ぐ黒澤監督の代表作で、1954年に公開された日本映画です。主演は三船敏郎と志村喬が務め、「ヴェネツィア国際映画祭」銀獅子賞などを受賞しました。その『七人の侍』の舞台を西部開拓時代のメキシコに移してハリウッドリメイクされたのが「荒野の七人」です。「七人の侍」が5分間の休憩を挟む207分の大作なのに比べ「荒野の七人」は128分です。

当時の通常作品の7倍ほどに匹敵する莫大な製作費をかけ、何千人ものスタッフ・キャストを動員し、1年余りもの撮影期間をかけましたが、700万人の観客動員を記録し、興行的には成功しました。

日本の戦国時代(1586年です。火縄銃が登場していました。)を舞台とし、野武士の略奪により困窮した百姓に雇われる形で集った7人の侍が、身分差による軋轢等を乗り越えながら協力して野武士の一団と戦う物語です。
黒澤明が初めてマルチカム方式(複数のカメラで同時に撮影する方式)を採用し、望遠レンズを多用した事でも有名です。ダイナミックな編集を駆使して、豪雨の決戦シーン等迫力あるアクションシーンを生み出しています。豪雨のシーンは8月頃撮りはじめ、それが2月まで繰り延べられたためまかれた水がミゾレ混じりとなり三船敏郎が撮影終了後倒れたという逸話まであります。綿密な時代考証等だけでなくとことんリアリズムを求めた黒澤明監督ならではのエピソードですね。
黒澤明が尊敬するジョン・フォードの西部劇から影響を濃く受けた「七人の侍」ではありますが、この作品自体も世界の映画人・映画作品に多大な影響を与えました。1960年にはアメリカ合衆国でユル・ブリンナー主役の「荒野の七人」他、「続・荒野の七人」「新・荒野の七人 馬上の決闘」「荒野の七人・真昼の決闘」、2016年には「マグニフィセント・セブン」としてリメイクされています。

映画の前半部では主に侍集めと戦の準備が、インターミッションを挟んだ後半部では野武士との本格的な決戦が描かれていますが、「侍集め」、「戦闘の準備(侍と百姓の交流)」、「野武士との戦い」が時間的にほぼ均等で、構成的には3部形式いう見方もできるようです。

三船敏郎演じる菊千代が結構コミカルで面白い役を演じています。武士になりたい百姓というか孤児という設定です。不思議と子供がなつきます。「荒野の七人」でチャールズ・ブロンソンが演じるキャラクターに近いです。ただスカウトされたとき薪割りをしていたエピソードは、千明実が演じた平八ですね。

たまたま、「七人の侍」と「荒野の七人」を見比べる機会がありましたが、圧倒的に「七人の侍」の重厚感、構成の面白さ、侍と百姓の人間関係等に軍配を上げました。

「七人の侍」では寡兵の七人が村の地形を調べ尽くし、要所要所に罠を仕掛け、野盗をおびきよせたりの百姓たちもしっかり役割を持たされた軍団の戦略・戦術の面白さをみせていた一方で、「荒野の七人」はユル・ブリンナー演じるクリス等の早打ちといった個人の持つ個の力に頼っていた点が単調に見えたせいだろうと思っています。


by zoompac | 2018-02-20 07:46 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画「デトロイト」_何故アカデミー賞ノミネートに嫌われたのか疑問が残る作品!

f0090954_08221889.jpg「ハート・ロッカー」(08)で女性初のアカデミー賞を獲得したキャサリン・ビグローの作品です。キャサリン・ビグローといえばジェームス・キャメロンの元妻とか作家の樋口毅宏からアメリカの由美かおる(不老美女)とか呼ばれていましたが、オスカー受賞後のオサマ・ビンラディン暗殺を指揮したCIA女性分析官の活躍を描いた「ゼロ・ダーク・サーティ」(12)も刮目に値しすっかりメジャーネームになったように思います。

そして待望のこの「デトロイト」です。1967年のデトロイト暴動から50年に当たる2017年に撮影されました。オスカー受賞の女性監督作品としてアカデミー賞の呼び声が高いのかと思いきや、2017年の12月のアカデミー賞の前哨戦と言われるゴールデングローブ賞でどの部門でもまったくノミネートされなかったのです。そして今年の1月24日のアカデミー賞ノミネートでも全くの空振りでした。

パンフレットに踊る「アカデミー最有力候補」の字が空しくも目立っていますね。

逆に、何故アカデミー賞からそっぽを向かれているのだろうということが気になって映画館(TOHOシネマズシャンテ・・・TOHOシネマズ日比谷が3月29日頃のオープンで閉館かと思っていましたが、閉館は有楽町マリオンのTOHOシネマズ日劇ですね。すでに2月に閉館となっていました。TOHOシネマズスカラ座とスバル座は休館になる予定だそうです。TOHOシネマズシャンテはまだしばらく継続するって言っていましたが、日比谷ミッドタウンの中のTOHOシネマズ日比谷がオープンするとその存在感は微妙ですね。ただ、これまでも他のTOHOシネマズで公開しないような作品の差別化はしてきていましたので断言はできません。)に足を運びました。

冒頭、アメリカの黒人の歴史のダイジェストがアニメで語られます。そしてデトロイトの暴動に話が移行します。

暴動の全容が語られるのではなく、ここでは群像劇が展開され、暴動そのものはこのドラマのマクラ(前口上、状況説明)のような描かれ方でした。刑事、ミュージシャン、ベトナム帰還兵、フォード工場の労働者等が点描されます。そこから点描されていたこのドラマのメインキャラクターたちがこの映画のメインの舞台であるアルジェ・モーテルに集うのです。

ここからは密室劇(登場人物は、白人警官3人、州兵1人、黒人警備員1人(ジョン・ボイエガ)、モーテルの泊り客である若者8人です。白人女性2人、その遊び仲間の黒人3人、黒人シンガーのタマゴ仲間2人、ベトナムからの帰還兵の黒人1人)へと移行するのです。

そのアルジェ・モーテル事件の背景にあったデトロイト暴動からドキュメンタリータッチで回されたカメラワークはその異様な緊張感を暴動シーンから密室での捜査目的の警官の拷問シーンでさらに高めていきます。

密室の外での暴動シーンでは傍観者でいられた映画観客もその密室内での目を覆う警官暴力には傍観者ではすまされないような緊張感を強いられるのです。

この映画は142分の映画ですが、この密室劇は観客をその実際の暴力現場に誘い込む意図があったのでしょう。拷問シーンはたっぷり40分余り続きます。

暴動で緊張したモーテルの窓の外に向かって、競技のスターターのピストルを1人の黒人の若者が発砲(空砲なのですが)したことから、モーテルは軍と警察に取り囲まれます。 デトロイト市警の白人警官クラウス(ウィル・ポールスター)は出会いがしらに現れた黒人を射殺し、残った宿泊者7人(白人女性2人を含む)に発砲した武器の在処と誰が発砲したのかという自白を強要していくのです。その暴力の凄まじいこと。 脅しのつもりから暴力をエスカレートさせてこの警官たちは結局黒人の若者3人を射殺してしまいました。

この暴力警官を演じる英国男優のウィル・ポールターの演技がいいですね。童顔ですが、自分は正しいことをおこなっているんだという自信が揺らがないところが逆に怖いです。アカデミー賞にノミネートされていたら私なら主演男優賞に一押しの演技でした。

構成からしますと、アニメの黒人の歴史紹介、そして一幕目はデトロイトの暴動事件、二幕目はその暴動には一切かかわりのないモーテルに宿泊していた8人の若者がデトロイト市警の3人の警官にリンチで告白を強要される事件、そして最後は事件後の裁判で白人警官3人が無実の判決を勝ち取る後日談ということになっていました。

拷問を受けたモーテル宿泊の8人のうち3人が丸腰であるにもかかわらず射殺されたこのアルジェ・モーテル事件で生き残った5人の中から白人の女性美容師、当時の警備員、そしてグループのヴォーカリストの3人がこの映画撮影のアドバイザーとして参加しました。

この映画は歴史の闇に葬られかけていた事件に光をあてています。1992年のロス暴動に発展したスピード違反の黒人射殺事件、そして2016年も警官に殺された黒人は300人を下らない中、警官が裁判で有罪になったのはわずか1%という現状です。50年経った今でも厳しい問題にアメリカは直面しています。

何故この作品がアカデミー賞ノミネートから無視されたのかは結局わかりませんでした。 十分にキャサリン・ビグローらしい緊張感あふれるカメラワークでメッセージ性の高い作品だったと思います。 黒人差別問題の闇の深さも知ることができました。


by zoompac | 2018-02-17 08:23 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)
RELEASE INFORMATION NEW ALBUM

[通常盤]「Now On Sale!!」
TOCP-66380/¥2,548(税込)

[DVD付 初回生産限定盤]
「Now On Sale!!」
TOCP-66381/¥3,500(税込)

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WMP HIGH LOW
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