GORILLAZ
GORILLAZ

Would-be ちょい不良親父の世迷言

カテゴリ
以前の記事
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
お気に入りブログ
最新のコメント
歴史探偵の気分になれる ..
by omachi at 19:18
突然のコメント、失礼いた..
by 本が好き!運営担当 at 22:42
情報、ありがとうございま..
by zoompac at 16:14
村尾選手の居た灘中は姫路..
by yy at 13:17
お読みになってなかったの..
by machi at 19:34
コメント、ありがとうござ..
by zoompac at 08:00
南陽からの移籍組は渡邊、..
by 田中 at 12:45
どういたしまして! ブ..
by zoompac at 09:58
情報ありがとう
by 駅伝ファン at 00:51
tarukosatoko..
by zoompac at 06:43
メモ帳
最新のトラックバック
venushack.co..
from venushack.com/..
whilelimitle..
from whilelimitless..
http://while..
from http://whileli..
亡くなっても続く、その愛..
from 笑う社会人の生活
http://www.v..
from http://www.val..
揺らぐこころ
from 笑う社会人の生活
ボッティチェリの初期から..
from dezire_photo &..
「消えた声が、その名を呼ぶ」
from ここなつ映画レビュー
美しき三角関係?プラトニ..
from dezire_photo &..
美しき三角関係?プラトニ..
from dezire_photo &..
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

タグ:映画 ( 97 ) タグの人気記事

映画「ローズの秘密の頁」_閉鎖的なアイルランド社会で信念と愛を貫き通した女性の40年の結末!

f0090954_07101875.jpg久しぶりの「ヒューマントラストシネマ有楽町」で観ました。

「父の祈りを」(1993年)で第44回ベルリン国際映画祭金熊賞受賞の功績を持つアイルランドの巨匠ジム・シェリダンの5年ぶりとなる待望の新作「The Secret Scripture_邦題ローズの秘密の頁(ページ)」でした。

精神科病棟に長年幽閉された女性の悲劇が回想形式で語られていく物語です。

取り壊しが決まったアイルランド西部にある精神病院から転院する患者たちを診察するため、病院を訪れた精神科医のスティーブン・グリーンは、赤ん坊殺しの罪で精神障害犯罪者として40年もの間病院に収容されている老女ローズ・F・クリアを看ることになります。自分の名が「ローズ・マクナリティ」であると訴え続ける彼女は、赤ん坊殺しの罪を否認し続け、大切にしている聖書の中に何十年にもわたって密かに日記を書きつづっていました。興味を抱いたグリーン医師に、彼女は半世紀前からの自分の人生を語り始めるのです。

この映画の着地のあり様は半ばあたりでピンときました。あまり多くを語れませんが、観終わった後、何故グリーン医師が選ばれたのだろう、何故グリーン医師は老女ローズ・F・クリアの人生に深く興味を持ったのだろうという点に思いを巡らせました。

人間は遺伝に影響を受けるのかそれとも生後環境なのかという問題に対して、その折衷案のような個人独自の環境という説があります。人間は個人個人で兄弟とさえ共有しない環境があるのだそうで、その環境は自ら(の遺伝子が)探し当てるのだそうです。面白いとか心が奪われること等には引き寄せられ、逆に怖いもの不快なものから逃れようとし、独自の自分の生後環境を構築していくというものです。

自分の遺伝子を刺激する出来事に引き寄せられるかのように老女ローズの経験を聴くこのグリーン医師はまさにそうした典型的な例だったかもしれません。

「愛を込めて見たものは全て、真実よ!(Anything you see with your love is truth.)」という老女ローズ・F・クリアの言葉が印象的でした。

そのローズの若い時代を、「ドラゴン・タトゥーの女」「キャロル」のルーニー・マーラが演じ、老年のローズをイギリスを代表する大女優バネッサ・レッドグレーブ(「オリエント急行殺人事件」、「ジュリエットからの手紙」等)が演じていました。

それにつけても最近はカトリック批判の映画が目立ちますね。

最近観た「スリー・ビルボード」では主役のフランシス・マクドーマンド演じる主婦ミルドレッドが説教をたれようとするカトリック教会神父に幼児虐待事件を毒づくシーンがありました。

2015年のアカデミー賞作品賞・脚本賞の「スポットライト 世紀のスクープ」でまさにスポットライトを浴びたのがカトリック神父の幼児虐待事件でした。この問題は米ボストン司教区のカトリック司祭が30年にわたり130人もの児童を性的に虐待した事件のみならず、それに対し、ヴァチカンが隠蔽しようとし何ら処分を行わなかったことが地元紙「ボストン・グローブ」によって報道され、全米を震撼させた事件です。

全米だけではなくイギリスをやアイルランドでも同様な事件が発覚し、全世界に根付いたカトリック教会の悪しき伝統が暴露されることになったのです。

2014年に銀座シネスイッチで観た「あなたを抱きしめるまで」という映画では、アイルランドのカトリック教会というか修道院で里子制度という表看板の裏側で行われていた金銭による人身売買を白日に曝したノンフィクションを原作とした映画でした。

婚外子を妊娠した女性は囚人のように施設に隔離され洗濯などの労働に従事し、出産後には子供は取り上げられ、その多くがアメリカやイギリスに里子として出されていました。修道院はその謝礼に多額の金銭を受け取っていましたが、その記録は隠滅されました。

ジュディ・デンチ演じる子を取り上げられた母親フィロメナ(Philomena)が50年近くたって、ひょんなことから政治ジャーナリストの職を失った男の助けを借りて、アメリカへ息子探しの旅へ出るという実話を基にした映画でした。

里親の名前がわかれば探索は楽だったのでしょうが、金銭による人身売買の発覚を恐れた修道院の隠蔽で息子探しが難航する物語でした。こちらは50年ぶりの再会を願った母親の話でした。

アイルランドの親イギリス派と反イギリス派の根深い対立模様に加えて、この「ローズの秘密の頁」にも婚外子を身ごもった女性たちは家族の恥、社会の恥として女子修道院の営む施設に送られ、子供を産んだ後3年はその施設の掃除・洗濯などの奉仕活動を強いられ、子供たちは3歳くらいになると養子として外部の人たちに引き取られていく仕組みの一部が描かれていました。 生んだ母親たちにそれを拒む権利はなかったようです。

それだったらまだしも、ローズは結婚していたのです。それにもかかわらず相手がプロテスタントということで(彼は神父の密告によって反英・反プロテスタント集団に結局殺されてしまうのですが)叔母からも地域社会からも結婚が認められず、婚外子を身ごもったとして修道院に軟禁状態にされます。

産んだ子供と引き離されることが嫌で修道院を脱走して海辺の洞窟で出産し、血だらけになりながらへその緒を石で切離し気絶してしまいます。気が付いたローズは横恋慕の若い神父や警察の証言で「子殺し」の罪を着せられ気がふれた母親として精神病院に40年間収容されることになったのです。

第2次世界大戦下のアイルランドの海辺の町はかくまでも女性にとって生きづらい環境であったことや正義を信じて微塵も揺るがない排他的なカトリック信者たちの怖さが描かれていました。町の権力者のカトリック神父がそうした保守的で姑息因循な邪悪さを象徴するかのような描かれ方でした。

日記をつけながら、生きていると信じている息子への愛を忘れることのなかったローズの話にグリーン医師が引き付けられ、彼女のミステリアスな40年の謎が解けたストーリーでした。


by zoompac | 2018-02-25 07:10 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

録画映画「荒野の七人」_村人との共闘というより7人のガンマンの個人技での戦い!

f0090954_05241335.jpg「荒野の七人」(原題: The Magnificent Seven)は、1960年のアメリカ合衆国の映画です。

BS日テレで2月9日金曜日に放映されていたものを録画して観ました。「続・荒野の七人」が2月16日が放映済み、さらに「新・荒野の七人」が2月23日の放送予定です。
黒澤明監督の日本映画「七人の侍」(1954)の舞台を西部開拓時代のメキシコに移して描いたリメイク映画です。後に第二作「続・荒野の七人」(1966年)、第三作「新・荒野の七人 馬上の決闘」(1969年)、第四作「荒野の七人・真昼の決闘」(1972年)などの続編が制作されました。
国境を越えたメキシコの寒村は、毎年刈り入れの時期に村にやってくる盗賊に作物を奪われ苦しんでいました。そして今年は作物ばかりか1人の村人まで殺されたのです。自分たちは耐えられても子どもたちにこの苦しみを与え続けるわけにはいかないとして村人は長老に方策を相談します。盗賊と戦う覚悟を決めた村人たちは銃を買うために金を出し合って、国境を越えてテキサスに向かったのです。
メキシコに近いテキサスの辺境の町では、行き倒れた先住民の死体を誰も葬らないので、見かねた行商人たちが葬式をしてやろうとしていたところだった。しかし町では先住民の埋葬が禁じられており、周囲は敵意むき出しの荒くれ者ばかりで、誰も霊柩車の御者を引き受けない。だが1人のガンマン(ユル・ブリンナー)が御者として名乗り出て、それを見たもう1人のガンマン(スティーヴ・マックィーン)が助っ人を買って出ます。

2人に共感するガンマン達からライフル銃と霊柩車の弁償代を借りた彼らは、通りの窓や屋根からの狙撃者にすばやい銃さばきで弾を撃ちこみながら霊柩車で街を進み、墓地まで死体を運ぶ。そこで数名の住人たちに銃を突きつけられるも、2人はこれを難なく退けて先住民を埋葬し、町は歓声に包まれる。

この活躍が、メキシコの寒村からやってきた村人の目にとまり、このガンマンに「銃の買い方と撃ち方を教えてくれ」と懇願します。ユル・ブリンナーの演じるガンマン・クリスは「銃を買うよりガンマンを雇った方が良い」と言って助っ人を引き受け、彼の人柄に惹かれたヴィン(スティーブ・マックィーン)も協力を申し出ます。だが1人2人のガンマンでは勝ち目がない、せめて7人のガンマンが必要だということで他のガンマンたちをリクルートすることになる筋立ては「七人の侍」同様でした。

「七人の侍」では、野党狩りのための侍を白米で雇おうとした百姓たちが宿場町にやってきますが、そこで彼らが遭遇したのは近隣の農家に押し込んだ盗賊が子供を人質に立てこもるといった事件でした。その問題を解決したのが通りかかった初老の浪人でした。志村喬演じる島田官兵衛です。彼は僧に扮して乗り込み、子供を救い出すと同時に盗賊を斬り捨てました。百姓たちは官兵衛に野武士退治を頼みます。官兵衛は引き受けることにし、必要と思われる腕の立つ七人の侍の集めることにしたのです。

荒野の七人では「白米を腹いっぱい食わせる」という報酬ではなく、かき集めた村の全財産から1人頭20ドルを支払うといったものでした。

7人のリーダー格のユル・ブリンナー演じるクリスが、七人の侍のリーダー格の志村喬演じる官兵衛ですね。

決闘で勝って仲間に誘われたナイフ使いのブリット(ジェームス・コバーン)が、「七人の侍」で同じく果し合いで勝った凄腕の剣客・久蔵(宮口精二)とイメージが重なります。

チコ( ホルスト・ブッフホルツ)が、7人の最年少メンバーですので、「七人の侍」で木村功が演じていた勝四郎ですね。農民あがりでガンマンになりたがっているところは三船敏郎が演じた菊千代のイメージも彷彿させます。

ガンマン募集でクリスから一度は却下されるが、あきらめずについて行き仲間となります。ひたむきで純粋である反面若さ故感情的になりやすいところは勝四郎のようでもあり菊千代のようにもみえます。

勝四郎が村の娘とねんごろになるがごとく、チコも村の娘から積極的にアプローチされるモテモテぶりです。「七人の侍」の勝四郎は村娘・志乃と別れ武士になる道を選びますが、チコはガンマンになる夢を捨て村に残り、村娘・ペトラ達と共に生きる道を選ぶところが「七人の侍」と正反対のエンディングで印象に残りました。

薪割りの見事さから仲間に誘われたベルナルド( チャールズ・ブロンソン)は、平八(千秋実)に相当するキャラクターですね。ただ出自に対するコンプレックスを抱えているところと子どもたちにやたらとなつかれるところは三船敏郎の"菊千代"に近いかもしれません。

ハリー(ブラッド・デクスター)は、相当する役柄の無いオリジナルキャラクターですね。クリスの旧友という点だけですが、その点は官兵衛の旧友の七郎次(加東大介)に該当します。

「七人の侍」では生き残るのが勝四郎、そして官兵衛と七郎次の旧友コンビでしたが、このハリーは盗賊との戦いで亡くなってしまいます。

「荒野の七人」ではチコとクリストとサブリーダー格のヴィン(スティーブ・マックィーン)が生き残ります。ヴィンは生き残った点では七郎次ですが、サブリーダー格という点では、官兵衛の参謀役として共に戦略・戦術を考えた片山五郎兵衛(稲葉義男)に近いキャラクターだと思いました。

リー( ロバート・ヴォーン)は「荒野の七人」のオリジナルキャラクターですね。凄腕の賞金稼ぎでクールな皮肉屋ですが、これまで殺した賞金首の亡霊に怯えるといった心に闇を抱える人物でした。

「七人の侍」では寡兵の七人が村の地形を調べ尽くし、要所要所に罠を仕掛け、野盗をおびきよせたりの百姓たちもしっかり訓練され、持ち場と役割を持たされた武士と百姓の混成軍団がその戦略・戦術の奇抜さで火縄銃という飛び道具を持っているうえに圧倒的な数を誇る野盗を退治する、「小よく大を制す」という日本人の好きな面白さをみせていました。

一方で、「荒野の七人」はユル・ブリンナー演じるクリス等の早打ちやナイフ使いのブリットといった個人の持つ熟練技に頼っていた点が単調に見えました。 村人とガンマンたちがテンでバラバラに盗賊たちと戦っていた印象でした。


by zoompac | 2018-02-21 05:30 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

黒澤明DVD第二弾「七人の侍」_ 農民と7人の侍の共闘の戦略、戦術で野武士軍団を退治!

f0090954_07460020.jpg「七人の侍」は、世界の名だたる巨匠が師と仰ぐ黒澤監督の代表作で、1954年に公開された日本映画です。主演は三船敏郎と志村喬が務め、「ヴェネツィア国際映画祭」銀獅子賞などを受賞しました。その『七人の侍』の舞台を西部開拓時代のメキシコに移してハリウッドリメイクされたのが「荒野の七人」です。「七人の侍」が5分間の休憩を挟む207分の大作なのに比べ「荒野の七人」は128分です。

当時の通常作品の7倍ほどに匹敵する莫大な製作費をかけ、何千人ものスタッフ・キャストを動員し、1年余りもの撮影期間をかけましたが、700万人の観客動員を記録し、興行的には成功しました。

日本の戦国時代(1586年です。火縄銃が登場していました。)を舞台とし、野武士の略奪により困窮した百姓に雇われる形で集った7人の侍が、身分差による軋轢等を乗り越えながら協力して野武士の一団と戦う物語です。
黒澤明が初めてマルチカム方式(複数のカメラで同時に撮影する方式)を採用し、望遠レンズを多用した事でも有名です。ダイナミックな編集を駆使して、豪雨の決戦シーン等迫力あるアクションシーンを生み出しています。豪雨のシーンは8月頃撮りはじめ、それが2月まで繰り延べられたためまかれた水がミゾレ混じりとなり三船敏郎が撮影終了後倒れたという逸話まであります。綿密な時代考証等だけでなくとことんリアリズムを求めた黒澤明監督ならではのエピソードですね。
黒澤明が尊敬するジョン・フォードの西部劇から影響を濃く受けた「七人の侍」ではありますが、この作品自体も世界の映画人・映画作品に多大な影響を与えました。1960年にはアメリカ合衆国でユル・ブリンナー主役の「荒野の七人」他、「続・荒野の七人」「新・荒野の七人 馬上の決闘」「荒野の七人・真昼の決闘」、2016年には「マグニフィセント・セブン」としてリメイクされています。

映画の前半部では主に侍集めと戦の準備が、インターミッションを挟んだ後半部では野武士との本格的な決戦が描かれていますが、「侍集め」、「戦闘の準備(侍と百姓の交流)」、「野武士との戦い」が時間的にほぼ均等で、構成的には3部形式いう見方もできるようです。

三船敏郎演じる菊千代が結構コミカルで面白い役を演じています。武士になりたい百姓というか孤児という設定です。不思議と子供がなつきます。「荒野の七人」でチャールズ・ブロンソンが演じるキャラクターに近いです。ただスカウトされたとき薪割りをしていたエピソードは、千明実が演じた平八ですね。

たまたま、「七人の侍」と「荒野の七人」を見比べる機会がありましたが、圧倒的に「七人の侍」の重厚感、構成の面白さ、侍と百姓の人間関係等に軍配を上げました。

「七人の侍」では寡兵の七人が村の地形を調べ尽くし、要所要所に罠を仕掛け、野盗をおびきよせたりの百姓たちもしっかり役割を持たされた軍団の戦略・戦術の面白さをみせていた一方で、「荒野の七人」はユル・ブリンナー演じるクリス等の早打ちといった個人の持つ個の力に頼っていた点が単調に見えたせいだろうと思っています。


by zoompac | 2018-02-20 07:46 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画「デトロイト」_何故アカデミー賞ノミネートに嫌われたのか疑問が残る作品!

f0090954_08221889.jpg「ハート・ロッカー」(08)で女性初のアカデミー賞を獲得したキャサリン・ビグローの作品です。キャサリン・ビグローといえばジェームス・キャメロンの元妻とか作家の樋口毅宏からアメリカの由美かおる(不老美女)とか呼ばれていましたが、オスカー受賞後のオサマ・ビンラディン暗殺を指揮したCIA女性分析官の活躍を描いた「ゼロ・ダーク・サーティ」(12)も刮目に値しすっかりメジャーネームになったように思います。

そして待望のこの「デトロイト」です。1967年のデトロイト暴動から50年に当たる2017年に撮影されました。オスカー受賞の女性監督作品としてアカデミー賞の呼び声が高いのかと思いきや、2017年の12月のアカデミー賞の前哨戦と言われるゴールデングローブ賞でどの部門でもまったくノミネートされなかったのです。そして今年の1月24日のアカデミー賞ノミネートでも全くの空振りでした。

パンフレットに踊る「アカデミー最有力候補」の字が空しくも目立っていますね。

逆に、何故アカデミー賞からそっぽを向かれているのだろうということが気になって映画館(TOHOシネマズシャンテ・・・TOHOシネマズ日比谷が3月29日頃のオープンで閉館かと思っていましたが、閉館は有楽町マリオンのTOHOシネマズ日劇ですね。すでに2月に閉館となっていました。TOHOシネマズスカラ座とスバル座は休館になる予定だそうです。TOHOシネマズシャンテはまだしばらく継続するって言っていましたが、日比谷ミッドタウンの中のTOHOシネマズ日比谷がオープンするとその存在感は微妙ですね。ただ、これまでも他のTOHOシネマズで公開しないような作品の差別化はしてきていましたので断言はできません。)に足を運びました。

冒頭、アメリカの黒人の歴史のダイジェストがアニメで語られます。そしてデトロイトの暴動に話が移行します。

暴動の全容が語られるのではなく、ここでは群像劇が展開され、暴動そのものはこのドラマのマクラ(前口上、状況説明)のような描かれ方でした。刑事、ミュージシャン、ベトナム帰還兵、フォード工場の労働者等が点描されます。そこから点描されていたこのドラマのメインキャラクターたちがこの映画のメインの舞台であるアルジェ・モーテルに集うのです。

ここからは密室劇(登場人物は、白人警官3人、州兵1人、黒人警備員1人(ジョン・ボイエガ)、モーテルの泊り客である若者8人です。白人女性2人、その遊び仲間の黒人3人、黒人シンガーのタマゴ仲間2人、ベトナムからの帰還兵の黒人1人)へと移行するのです。

そのアルジェ・モーテル事件の背景にあったデトロイト暴動からドキュメンタリータッチで回されたカメラワークはその異様な緊張感を暴動シーンから密室での捜査目的の警官の拷問シーンでさらに高めていきます。

密室の外での暴動シーンでは傍観者でいられた映画観客もその密室内での目を覆う警官暴力には傍観者ではすまされないような緊張感を強いられるのです。

この映画は142分の映画ですが、この密室劇は観客をその実際の暴力現場に誘い込む意図があったのでしょう。拷問シーンはたっぷり40分余り続きます。

暴動で緊張したモーテルの窓の外に向かって、競技のスターターのピストルを1人の黒人の若者が発砲(空砲なのですが)したことから、モーテルは軍と警察に取り囲まれます。 デトロイト市警の白人警官クラウス(ウィル・ポールスター)は出会いがしらに現れた黒人を射殺し、残った宿泊者7人(白人女性2人を含む)に発砲した武器の在処と誰が発砲したのかという自白を強要していくのです。その暴力の凄まじいこと。 脅しのつもりから暴力をエスカレートさせてこの警官たちは結局黒人の若者3人を射殺してしまいました。

この暴力警官を演じる英国男優のウィル・ポールターの演技がいいですね。童顔ですが、自分は正しいことをおこなっているんだという自信が揺らがないところが逆に怖いです。アカデミー賞にノミネートされていたら私なら主演男優賞に一押しの演技でした。

構成からしますと、アニメの黒人の歴史紹介、そして一幕目はデトロイトの暴動事件、二幕目はその暴動には一切かかわりのないモーテルに宿泊していた8人の若者がデトロイト市警の3人の警官にリンチで告白を強要される事件、そして最後は事件後の裁判で白人警官3人が無実の判決を勝ち取る後日談ということになっていました。

拷問を受けたモーテル宿泊の8人のうち3人が丸腰であるにもかかわらず射殺されたこのアルジェ・モーテル事件で生き残った5人の中から白人の女性美容師、当時の警備員、そしてグループのヴォーカリストの3人がこの映画撮影のアドバイザーとして参加しました。

この映画は歴史の闇に葬られかけていた事件に光をあてています。1992年のロス暴動に発展したスピード違反の黒人射殺事件、そして2016年も警官に殺された黒人は300人を下らない中、警官が裁判で有罪になったのはわずか1%という現状です。50年経った今でも厳しい問題にアメリカは直面しています。

何故この作品がアカデミー賞ノミネートから無視されたのかは結局わかりませんでした。 十分にキャサリン・ビグローらしい緊張感あふれるカメラワークでメッセージ性の高い作品だったと思います。 黒人差別問題の闇の深さも知ることができました。


by zoompac | 2018-02-17 08:23 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画「祈りの幕が下りる時」_「新参者」の完結編

f0090954_06245360.jpg阿部寛主演、東野圭吾原作による「新参者」シリーズの完結編です。 好きなシリーズでしたのでちょっとしたロス気分です。

東野の人気ミステリー「加賀恭一郎シリーズ」第10作の映画化で、2010年に放送された連続ドラマ「新参者」、2本のスペシャルドラマ、映画「麒麟の翼 劇場版・新参者」に続き、阿部寛が主人公の刑事・加賀恭一郎を演じました。

加賀恭一郎シリーズの第七作「赤い指」や映画化された「麒麟の翼」では、死の床にある元警察官であった父親(山崎努)との確執が語られていましたが、この「祈りの幕が下りる時」では、その父親との確執の大きな要因でもあった、家を出た加賀恭一郎の母親(伊藤蘭)の真実と、その後に迫ります。

冒頭、仙台で小料理屋を営む女性(烏丸せつこ)の下に流れ着いて小料理屋経営者の女性の片腕となって働く”わけ有り”の女性の孤独死に至るまでのドラマが描かれます。その”わけ有り”女性が恭一郎の母親だったのです。その死を加賀に連絡してくれた男が何者なのかという謎を解けないまま、加賀恭一郎が日本橋署勤務にこだわり続けた謎もこの完結編で明らかになります。

物語のマクラとなった加賀恭一郎の母親の孤独死の顛末の後、場面が変わって東京都葛飾区小菅のアパートで滋賀県在住の女性の絞殺死体が発見される事件が描かれます。

アパートの住人も姿を消し、住人と殺害された女性との接点は見つからず、滋賀県在住の女性が何故東京で殺されたたかの理由もわからず捜査は難航します。

捜査を進める中で加賀は、殺害された女性が中学の同級生で演出家の浅居博美(松嶋菜々子)をたずねて東京にやってきたことを突き止めましたが……。

演出家の浅居博美役を松嶋菜々子が演じるほか、山崎努、及川光博、溝端淳平、田中麗奈、伊藤蘭、小日向文世らが顔をそろえました。浅井博美の14歳の役を桜田ひより、浅井博美の20歳の役をWOWOWTVドラマ「石つぶて」に出演の飯豊まりえが演じていました。

監督は「半沢直樹」「下町ロケット」「3年B組金八先生」など数多くのヒットドラマを手がけた福澤克雄でした。

葛飾区のアパート殺害事件がその近くの河川敷で起きたホームレスビニールハウス放火殺人事件に結びつき、そこから松本清張の「砂の器」を彷彿させる1つの家族の愛憎劇が立ち上がってきます。

放蕩な母親が膨大な借金をつくって家出したために、借金取りのやくざに追われ、父親と夜逃げして逃避行をせざるをえなかった過去をもつ女性が、その後養護施設生活を経て、今や演劇の脚本家として大成功をおさめていたのです。

その演劇脚本家の彼女は以前加賀恭一郎に接触をしたことがあったのです。加賀は直感からそれが偶然ではなかったと気づきます。殺害現場に残された毎月、橋の名前を書き込んだカレンダーと同じものが加賀の母の遺留品の中にあったことを思い出したとき事件の真相がジグソー・パズルのピースが埋まっていくように明らかになってきます。

その加賀が追い求めてきた失踪した母親の謎に、演劇脚本家の幼馴染が殺された事件の犯人探しが繋がったのです。 このあたりの複層構造の推理ストーリーは見事としか言いようがないですね。 事件を追う加賀恭一郎自身の存在がその事件を解くカギになっていたのです。

ヒネリまくったプロットを大胆にしかも緻密に見せてくれ、しかもアクロバティックな着地もしっかり決めてくれていました。東野圭吾ってやはりすごいなー!

そして、この映画の出来栄えは、原作と勝るとも劣らないいい感じでした。原発作業員の過酷な実態の一端を知ることもできました。加賀恭一郎の母親の失踪の謎も何故彼が日本橋界隈にこだわっていたのかという謎も解けました。人形町の街や日本橋界隈の橋を歩く阿部寛の姿も様になっていました。あ~、やっぱりロス気分!


by zoompac | 2018-02-13 06:25 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画 「スリー・ビルボード」_憎しみの連鎖と赦しをテーマにした映画

f0090954_07091205.jpgさすが、アカデミー脚本賞最有力候補作品だけのことはありました。

警察署長の悪口を書いた広告看板を立てる冒頭のシーンから引き込まれます。

ヒロイン・ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)の憤怒を象徴する真っ赤な3枚の看板には、「RAPED WHILE DYING(殺されながらレイプされた)」, 「AND STILL NO ARRESTS? (それなのにまだ逮捕されていない)」, 「HOW COME, CHIEF WILLOUGHBY(何故なの、ウィロビー署長)」 と書いてありました。

娘を殺された母ミルドレッドは、遅々として進まない捜査の指揮を執る警察署長ウィロビー(ウディ・ハレルソン)をこの看板で追い詰めて捜査を進展させようとしたのです。

しかし、ミズーリ-州の片田舎エビングの町の人たちは人情味あふれる署長を敬愛していました。しかも署長が末期の癌を患っていたことも知っていたのです。

3枚の看板はミルドレッドの願う捜査の進展には役立たず、逆に町の人たちの反感をかってしまいます。

署長を父のように慕う部下の暴力巡査・ディクソン(サム・ロックウェル)に「警察を敵に回すのか、(看板)を取り外せ」とすごまれたり、神父に説教されたり、歯医者に麻酔なしで治療されようとしたりします。

彼女は、しかし、ひるみません。”つなぎ”というかジャンプスーツを戦闘服のように着て、頭にバンダナを巻いて、自分に向かってくる敵には口撃と暴力で対抗していくのです。

怒りのエネルギーを全方位的に放射し続けるミルドレッドですが、娘を守れなかった悲しみとその娘と最後に言い争ったときの言葉を悔悟する表現力も見ものでした。

娘の生き返りのような鹿が登場し、その鹿に話しかけるシーンなどはとても印象的でした。

簡潔、的確に物語が展開していき、衝撃的な事件が起き、そこから物語の展開が全く読めなくなります。

泣き寝入りするくらいだったら火炎瓶を投げつけることを選ぶミルドレッド、署長亡き後看板を取り扱う社長を半殺しの目に合わせたディクソン、この敵対関係の対極にいた武闘派の2人が、ウィロビーの残した手紙で考え方を変え、意気投合する様を納得させる脚本力と役者の演技力で描いていました。

複雑な性格のディクソンを演じたサム・ロックウェルの演技も見事でした。母親に取り仕切られていて、ホモの気もあり、瞬間湯沸かしのレイシストですぐ暴力に訴えかける問題警察官です。

余談ながら、TVドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」のティリオン・ラニスター役で大ブレイクしたピーター・ディンクレイジもこの映画に出演していました。いい味だしていました。

マーティン・マクドナー監督・脚本のこの作品は第75回ゴールデングローブ賞で作品賞(ドラマ)、主演女優賞(ドラマ)、助演男優賞、脚本賞の最多4冠に輝きました。

そしてアカデミー賞6部門にノミネートされていますね。脚本賞の最有力候補ではないでしょうか? 音楽もカーター・パウエルの引き出しの豊富さが印象的でした。作曲賞でノミネートされています。

脚本の秀逸さを存分に引き出した役者の演技も素晴らしかったと思います。

「ファーゴ」で身重の心優しい地方(サウス・ダコタ州)警察官を演じてアカデミー主演女優賞を受賞したフランシス・マクドーマンドがこの「スリー・ビルボード」(Three billboardsなのでスリー・ビルボーズではないかと思うのですが?)では圧巻の戦う女を西部劇のガンマンのように演じてくれました。フランシス・マクドーマンドはジョン・ウェインの姿勢のとり方を参考に演技をしたそうです。

今年のアカデミー賞で2度目の主演女優賞を獲得するかどうかが注目されています。

前評判の高いサリー・ホーキンス主演の「シェイプ・オブ・ウォーター」をまだ観ていないのですが、フランシス・マクドーマンドの演技は主演女優賞に値すると個人的に思っています。

若い娘の母親役としては老けている感じ(現在、60歳)は否めませんが、テンポの良い物語の展開にそんな疑問が頭をもたげる暇はありませんでした。ひるまない、ぶれない、怒り狂った女の強さと一徹さをみせてくれました。映画評論家の誰かが言っていましたが、まさに女性版クリント・イーストウッドでした。

助演男優賞ノミネートのウディ・ハレルソン、サム・ロックウェルもよかったです。1つの映画から2人の助演男優賞ノミネートってすごいですね。

ゴールデン・グローブ・助演男優賞を受賞したサム・ロックウェルの変貌演技が印象的なドラマでしたが、私が二人のうちどちらかと言われれば、意表を突かれたという点で署長のウディ・ハレルソンを選びます。

これから観る人は、フランシス・マクドーマンドが演じる母親が看板にどのような怒りを込めるのか楽しみにしてください。 ブラック・ユーモア漂うサスペンスフルな物語の展開で、憎しみの連鎖と赦しをテーマにした映画に仕上がっています。

赦しの連鎖シーンもよかったですね。大やけどで入院したディクソンが同室となった自分が大怪我を負わせた看板屋の若社長からストロー付きのオレンジジュースをもらったことが赦しの第一走者、その赦しのタスキは、共闘仲間となったミルドレッドが車の中で火炎瓶を警察署に投げたことを白状しますがディクソンは「他に誰があんなことをやるか」って一言で済ませてしまったことでミルドレッドに渡されます。そしてこの二人はこれから殺そうとしている男への憎しみの連鎖を断ち切るのです。この映画はやはり西部劇っぽいなと感じた一瞬でもありました。

3月5日のアカデミー賞発表が楽しみです。


by zoompac | 2018-02-08 07:31 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

NHKBS録画「日の名残り」_2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ原作の映画

f0090954_06060064.jpg「日の名残り」(The Remains of the Day)は、1993年のイギリスの映画です。2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの同名の小説を映画化したものです。

ちなみにこの「日の名残りの」原作は1989年のイギリス最高の文学賞ブッカー賞受賞していますが、映画作品に対する第66回アカデミー賞では、主演男優賞、主演女優賞、美術賞、衣装デザイン賞、監督賞、作曲賞、作品賞、脚本賞の8部門にノミネートされながら、受賞はなりませんでした。

ちょっと政治色のかかった微妙な映画だったことの影響もあるかもしれませんが、第66回では「シンドラーのリスト」、「フィラデルフィア」、「ピアノ・レッスン」等の名作がライバルとして立ちはだかりました。

この「日の名残り」は、一流の名家であるダーリントン・ホールに執事として勤めた、主人公スティーヴンスの視点から語られる物語です。物語は1956年の「現在」と1920年代から1930年代にかけての回想シーンを往復しつつ進行します。

執事スティーブンス(アンソニー・ホプキンス)は、新しい主人ファラディ氏の勧めで、イギリス西岸のクリーヴトンへと小旅行に出かけるという設定から物語は始まります。前の主人ダーリントン卿の死後、親族の誰も彼の屋敷ダーリントンホールを受け継ごうとしませんでしたが、それをアメリカ人の富豪ファラディ氏が買い取ったのです。

ダーリントン卿亡き後、屋敷がファラディ氏に売り渡される際に熟練のスタッフたちがごそっと辞めていったため屋敷では深刻な人手不足という問題を抱えていました。そんな折スティーブンスのもとに、かつてダーリントンホールでともに働いていたベン夫人(エマ・トンプソン)から手紙が届きます。現在の悩みとともに、昔を懐かしむ言葉がそこに書かれていました。

ベン夫人に職場復帰してもらうことができれば、人手不足が解決すると考えたスティーブンスは、彼女に会うために、ファラディ氏から許可された束の間の小休暇を取って旅に出たのでした。

映画では、ステーブンスは(ダーリントン卿が所有していた?)ベンツに乗っていたと記憶していますが、原作では(ファラディ氏所有の?)キャデラックだったかと? 近いうちに原作「日の名残り」も読んで原作と映画の違いを確認しようと思っています。 何しろノーベル文学賞受賞のカズオ・イシグロ(63歳)の代表作ですから。 彼の35歳のときの作品です。

そのベンツでのドライブの道すがら、スティーブンスは、ダーリントン卿がまだ健在で、ベン夫人がまだミス・ケントンと呼ばれていた頃彼女と共にとともに屋敷を切り盛りしていたの懐かしき良き時代を思い出すところから、回想シーンが繰り広げられていきます。 どうやら少し華やいだ気分にもなっているようです。

英国のお屋敷の執事といえば、NHKドラマの「ダウントン・アビー」のカーソンを思い出してしまいますが、「ダウントン・アビー」は1912年~1925年の第一次世界大戦を挟んで前後の英国貴族社会の衰退を描いていました。シーズン6では、労働者階級の台頭と使用人を削減せざるを得ない貴族の経済的困窮がテーマになっていたと思います。「日の名残り」は、現在の1956年からの回想となっていますので、第二次世界大戦後なのですが、回想で描かれるダーリンホールの時代は第一次大戦後の1920年~30年という意味で「ダウントン・アビー」と重なります。

スティーブンスが心から敬愛する前の主人・ダーリントン卿は、ヨーロッパが再び第一次世界大戦のような惨禍を見ることがないように、戦後ヴェルサイユ条約の過酷な条件で経済的に混乱したドイツを救おうと、ドイツ政府とフランス政府・イギリス政府を宥和させるべく奔走していました。やがて、ダーリントンホールでは、秘密裡に親ドイツ派的な国際色豊かな会合が繰り返し開催されるようになりますが、政治の素人であるダーリントン卿は、次第にナチス・ドイツによる対イギリス工作に巻き込まれていくのです。

ホロコースト学者のリップシュタットが、ホロコースト否定論者のデイヴィッド・アーヴィングに名誉毀損で訴えられた裁判(アーヴィング対ペンギンブックス・リップシュタット事件)の様子を描くレイチェル・ワイズ主演の映画「否定と肯定」を去年の11月に観たばかりですが、このあたり、ドイツと一戦を交えた英国にも親ナチ派の人たちが蠢いていたということが驚きでした。

以前、NHKBSで「刑事フォイルの事件簿」なるものを観ていましたが、時代が第二次世界大戦と戦後ということもあって、犯罪の多くに親ドイツ派とかドイツ人スパイ等が絡んで、単一民族日本では想像のつかない事件のドラマが描かれていました。

最初に「日の名残り」を観たときはアンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソンの昔の淡い恋を懐かしむ話かいとしてしまいましたが、今回、観たときは、第一次大戦後という時代背景と英国貴族でありながら親ナチ勢力の中心人物と化した主人の会合を取り仕切る執事の矜持のようなものに興味を強く持ちました。

ベン夫人との再会が実を結ばず残念な結果に終わってしまいましたが、スティーブンスの執事としての矜持は新しい米国人の主人にも揺らぐことなく保たれることでしょう。

私は、(たぶんNHKBSプレミアムの)録画で観ましたが、去年の10月28日(土)~11月10日(金)まで渋谷のBunkamuraル・シネマで、カズオ・イシグロのノーベル賞受賞記念として彼のこの原作映画「日の名残り」が限定上映されていました。


by zoompac | 2018-02-07 06:15 | 読書・映画・音楽 | Comments(1)

わたしの好きな映画_「ラ・ラ・ランド」

スカパー!
毎年1月後半から2月になるとアカデミー賞ノミネート作品が発表され話題になった作品に興味を掻き立てられます。

2017年は、「ラ・ラ・ランド」の前評判に期待が高まったのを覚えています。そして私の期待を裏切らないいい作品でした。

夢と現実の境界線が明白でないということは青春時代の象徴なのでしょうか?

LAを見下ろす夜の公園に駐車した車を探すために歩いていたミア(エマ・ストーン)とセバスチャン/セブ(ライアン・ゴズリング)二人がいきなりという感じではなくいつの間にかという感じでダンスを始めます。薄暗がりの中ミアの纏った黄色のドレスに命が吹き込まれたかのような絶妙長回しのカメラ撮影技術も光っていました。さりげなくミアをリードするセブもよかったです。

売れない女優ミアとジャズピアニストセブの夢の実現への葛藤と互いの夢の実現を励ましながら寄り添う恋を、往年の名作ミュージカル映画を彷彿させるゴージャスでロマンチックな歌とダンスで描いていました。(と言って、私がこの場面はあのミュージカルのあの場面だと言えるほどミュージカルを観ているわけではありません。)

ミアがプリウスに乗ったり、スマホを使ったりで、時代は現代のなのでしょうが、1950年代の雰囲気を醸し出す場面も取り入れられていたためか、懐かしい感じのする不思議な映画でした。

ミュージカルっぽく感じたのは冒頭から前半にかけてです。 LAのハイウェイの入り口での大人数の歌と踊りが、ミアのルームメイト4人の歌と踊りに、そして次第にミアとセブ二人きりの踊りにスケールダウンされる中、歌も口を大きく開けて叫ぶようなものから弾き語りのせつない哀愁を帯びたものに変化していきました。 従来のミュージカルとは異質の作品に思えました。ドラマとミュージカルの境界線が曖昧で、その変化に徐々に慣らされていったためそう感じたのかもしれません。

夢中で夢を追っかけその実現のため別れた二人が5年後に、再会した場面が、何故か、映画「カサブランカ」のボガードとバーグマンの再会のようでした。

女優を目指すミアの部屋にバーグマンの写真が飾ってあったため無意識のうちにそう思ったのか、監督の計算づくの仕掛けにやすやす嵌ったのかよくわかりませんが、私の好きな映画「カサブランカ」を重ねて見せてくれた粋な計らいが私がこの「ラ・ラ・ランド」を気に入った一番のポイントです。

「カサブランカ」では「リックのバー」にバーグマンが演じる主人公が夫婦で現れますが、この映画では「セブのバー」にミアが夫婦で音楽に誘われて入ってくるのです。この再会は偶然ではなく、必然の運命のようにも思えました。そこでセブがミアにとってそして観客にも懐かしい(懐かしく思える)曲をピアノで奏でます。 さすがにアカデミー賞の歌曲賞と作曲賞を獲得しただけはあります。い~い曲です。

そこからの走馬灯のように(二人にとって、そして観客にも)懐かしいシーンがコマ送りされます。現実の世界は長回しで思い出や妄想の世界はカット写真の早コマ送りのメリハリが効いていました。

二人が共に疾走した過去が回顧され、そこからミアとセブのありえたかもしれないもう一つの運命がパラレルワールドのように立ち上がってきます。 そして、音楽も走馬灯の妄想も終わり、やがて現実に立ち戻り失ったものの大きさに立ち尽くす二人の表情が印象的でした。夢のようなふんわりしたミュージッカル映画の興奮から、ちょっぴり苦い現実を突き付けられ我に戻って観客はそれぞれの日常に戻っていくって映画でした。

エマ・ストーンは今まであまり意識したことのなかった女優さんでしたが、この作品で私の評価は一変しました。彼女のダンス(身体表現力)や演技、特に顔芸というか、オーディション一発不合格シーンでの痛い表情から喜びへの七変化、そしてセブとの再会のときの複雑な表情が絶品でした。大きな瞳の動きで実に細かい感情の変化を表現できる彼女の才能に驚きました、セブ役のライアン・ゴズリングが表情で演技する役者ではないので、そのさりげない彼の演技との組み合わせも効果的でよかったです。さすがの主演女優賞受賞演技でした。

ミュージカル映画の中での無粋な車のクラクションもいい小道具になっていました。 最初は最悪の出会いでしたが、とにかく出会いのきっかけを作ってくれました。 2回目は彼女への呼び出しの合図、ミアの満面の笑顔と上ずった声の台詞が印象的でした。 そして3回目はミアに運命の知らせをセブがミアの実家付近に運んできたシーンです。 今後も車のクラクションを聞くたびにミアは条件反射を起こしてしまうかもしれませんね。

映画好きの人が見ても、それほどでない人が見ても、程度の差こそあれ、青春の挫折を経験した人なら、時代や世代に関係なく、心に響くものを感じ取ることができる作品です。人生は取り戻すことはできないけど、できないからこそ思い出は大事で光を放ってくれるのかもしれません。そうした思いに寄り添ってくれる映画でした。


by zoompac | 2018-02-04 08:45 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画 「かってにふるえてろ」_松岡茉優の毒舌と妄想が暴走!

f0090954_05183275.jpg芥川賞受賞作家綿矢りさの同名小説の映画化作品です。「ちはやふる」でかるたクィーンを演じていた松岡茉優の映画初主演作品でもありました。

饒舌な台詞とほとばしる自意識で、松岡が某会社の経理部OLヨシカを演じました。

ほとんど松岡が独りで喋りまくって、妄想ひねくれヒロインの暴走ぶりを魅せてくれています。

脳内彼氏にときめく彼女は、ときめかない同僚にコクられますが、この夢と現実の間で激しく揺れます。

ヨシカは絶滅動物が大好きで、夜な夜なアンモナイトを愛でる変な娘です。 職場でも周囲に迎合せず、結構ストレートに毒舌台詞を吐きます。

コメディタッチで笑える映画ですが、映画を観ている私どもシニア世代を除いて意外と若い人たちが多く見受けられました。この人たちは主人公に共感を持つのだろうかと想像するとちょっと怖い感じも覚えました。



by zoompac | 2018-01-31 05:18 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画「花筐」_唐津くんちの祭りと常盤貴子の演技が印象的!

f0090954_09421753.jpgふるさと映画の旗手といった大林宣彦監督ももう80歳なのですね。2016年から抗がん剤治療を継続し、その効果があって、余命いくばくかと言われた状態が改善したと聞いています。

1980年台の尾道三部作が懐かしいですね。「転校生」(小林聡美、尾美としのり)、「時をかける少女」(原田知世)、「さびしんぼう」(冨田靖子)、その他、大分、長野、新潟等を舞台に映画を作製している大林宣彦監督が、今度は佐賀県唐津を舞台にした映画を作ってくれました。 時代は軍靴の足音が大きくなった1941年です。

トリッキーな絢爛映像を散りばめた禁断の青春群像劇ですが、常盤貴子の扮するおばさまと呼ばれる戦争未亡人も随分大胆なエロい演技を見せていました。

大林宣彦作品として、「この空の花 長岡花火物語」、「野のなななのか」に継ぐ戦争三部作の最終章と位置付けられています。

by zoompac | 2018-01-28 09:43 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)
RELEASE INFORMATION NEW ALBUM

[通常盤]「Now On Sale!!」
TOCP-66380/¥2,548(税込)

[DVD付 初回生産限定盤]
「Now On Sale!!」
TOCP-66381/¥3,500(税込)

NEW SINGLE
WMP HIGH LOW
REAL HIGH LOW
OFFICIAL SITE
海外オフィシャルサイト
http://www.gorillaz.com/
日本オフィシャルサイト
(PC&携帯共通)
http://toemi.jp/gorillaz/
excite MUSIC