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カテゴリ:読書・映画・音楽( 1699 )

映画 「スターリン葬送協奏曲」_スターリンの後継者の座を巡ってフルシチョフをはじめとする側近たちの狂気のバトル顛末記

f0090954_17303184.jpg1953年の旧ソ連を舞台に、独裁者スターリンの死によって巻き起こった政権内部の争いを辛辣かつコミカルに描き、今年1月にロシアで上映禁止となって話題を集めた英仏合作のブラックコメディ歴史映画です。

ロシア文化省が上映禁止を決定したのはプーチン大統領が大統領選で再選され2024年まで任期を伸ばした2ヶ月前のことです。ウラジーミル・プーチン氏がボリス・エリツィン氏から大統領の座を引き継いだのが2000年ですから長期政権ですね。

映画は、ハチャメチャなコメディのはずなのですが、スターリンの周辺ではどんなに不条理な事であっても起こり得るという先入観があり、またそれはプーチン氏を取巻く側近たちにもある程度あてはまるのかもしれません。妙にリアリスティックで笑えない実話のように思えてしまいました。

粛清という恐怖で国を支配していた絶対的独裁者スターリンが後継者を指名する間もなく急死してしまいます。

厳かな国葬が執り行われる一方、その裏では次期最高権力者の座を狙って側近たち(スターリンの腹心だったマレンコフ、モスクワ党第一書記のフルシチョフ、秘密警察警備隊最高責任者のベリヤ等)が狂気の椅子取りゲームを繰り広げます。

出演は「ファーゴ」のスティーブ・ブシェミ(あの殺人鬼二人組の片割れです、最期はミンチにされる方です。年取ってすっかり違ったイメージでした)、「ハングオーバー!」シリーズのジェフリー・タンバー、「007 慰めの報酬」のボンドガールを演じたオルガ・キュリレンコ、モンティ・パイソンのマイケル・ペイリン等でした。

エミー賞受賞とアカデミー賞ノミネートの経歴を持ち、テレビシリーズ「官僚天国 今日もツジツマ合わせマス」など政治風刺の辛口コメディに定評のあるアーマンド・イアヌッチが監督・脚本を手がけています。

スターリンの死後、フルシチョフは、スターリン批判によってその独裁と恐怖政治を世界に暴露し、非スターリン化に基づいて個人崇拝を否定し、集団指導を掲げたことで有名です。対外的には、アメリカ合衆国を中心とする西側陣営と平和共存を図り、核実験を抑制しようとしました。

ということで、フルシチョフには何となく人間味があると感じていたのですが、この映画の風刺を観る限り、フルシチョフもその変わり身の早さとご都合主義のに長けていたようですね。だからこそ椅子取りゲームの勝者(スターリンの後継者)になったということなのかもしれません。

そんな独裁政治の表と裏をえぐり出したような作品でした。これをお笑いの対象にできないモスクワっ子が可哀想です。

そういえば、スティーブ・ブシェミはフルシチョフというよりプーチンに似ているように思えましたが単なる気のせいでしょうか。

by zoompac | 2018-08-17 09:15 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画「カメラを止めるな」_ 無名の役者たちが大暴れの、製作費250万円のゾンビ映画、只今感染者激増中!

f0090954_17310759.jpg今年(2018年)6月23日から、新宿のK's cinemaと池袋シネマ・ロサの2館の公開でスタートしましたが、口コミで満席状態が続き、公開劇場が拡大しました。

ちなみに、私は、TOHOシネマズ日比谷の第12スクリーン(宝塚劇場B1の元スカラ座かみゆき座?)で観ました。結構埋まっていて前から3列目の席しか取れませんでした。TOHOシネマズ新宿でも観れるようです。

その観賞者の拡大ぶりから、口コミなどで興味をもって新たに観に行く人々は、このB級ゾンビ映画の感染者と揶揄されています。

ある自主映画の撮影隊が山奥の廃墟でゾンビ映画の撮影をしていましたが、そこへ本物のゾンビが襲来します。ディレクターは大喜びで撮影を続けますが、撮影隊の面々は次々とゾンビ化していくって筋立てなのです。

映画の内幕ものとしては、「蒲田行進曲」が有名ですが、この「カメラを止めるな」はその内幕ものとしては「蒲田行進曲」を凌駕しています。映画製作を内側から大暴露して徹底追求した作品になっていました。

映画専門学校「ENBUゼミナール」のワークショップ「シネマプロジェクト」の第7弾として製作された作品で、前半と後半で大きく赴きが異なる異色の構成(何が何やら不可解な前半が終わってからの後半にその謎解きがあって笑えます)や緻密な脚本、30分以上に及ぶ長回しなど、さまざまな挑戦に満ちた野心作です。

リピーターも多く、特に満員続出の新宿K's cinemaが聖地化されています。毎回この映画に出演された無名の俳優さんたちの舞台挨拶もそこでは行われているようです。

映画をこよなく愛する人や映画作製を目指そうとか、映画製作の仕事に携わったことのある人たちに大絶賛されている作品です。

1つの社会現象として、今後も注目され続ける映画作品となりそうな予感がします。8月に韓国での公開も予定されており、すでに10ヶ国での海外公開が決定されています。 感染者が世界に広がりそうですね。

今年は、邦画の当たり年ですね。長瀬智也とディーン・フジオカW主演で池井戸潤原作の「空飛ぶタイヤ」、是枝裕和監督が日本人21年ぶりのパルムドール賞(カンヌ映画祭の最優秀作品賞)を受賞した作品の「万引き家族」、そして広島弁炸裂のの警察官版「仁義なき戦い」といって過言ではない役所広司主演の「孤狼の血」が私にとってのベストスリーだったのですが、この「カメラを止めるな」をこのベストスリーのどこかにもぐり込ませようと思案中です。

by zoompac | 2018-08-16 10:07 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画「ジェラシックワールド 炎の王国」_大人も楽しめる映画に進化していました!

f0090954_13485358.jpgシリーズ14年ぶりの新作として2015年に公開され、記録的な大ヒットとなった「ジュラシック・ワールド」の続編です。

恐竜行動学のエキスパートとして恐竜と心を通わせるオーウェンを演じるクリス・プラット、2015年の映画でテーマパークの運営責任者のクレア役を演じたブラウス・ダラス・ハワードらメインキャストが続投でした。

ただ、ブラウス・ダラス・ハワードは前作に比べて下半身がずいぶん太ってしまっていましたね。

全速力で走るシーンでは元気いっぱいには見えましたが、前作のシャープな風貌からは天変地異の変貌ぶりで恐竜の進化より彼女の下半身の進化のほうが不気味でした。単に前作のボブヘアからポニーテールに変わっただけの印象の変化ではすまされないです。

前作でハイブリッド恐竜のインドミナス・レックスとT-REXが激闘を繰り広げ崩壊したテーマパーク「ジュラシック・ワールド」を有したイスラ・ヌブラル島に、火山の大噴火の兆候が表れ、恐竜たちの生死を自然に委ねるか、あるいは危険を冒してでも救い出すか、人間たちは判断を迫られていました。

政府内で喧々諤々とした議論の中、自然に任せる(要するに見捨てる)という意見の声が高まります。

そのような状況下で、ジェラシックパークを建設したパートナーの一人ベンジャミン・ロックウッドは、プライベートな立場なのですが、今は恐竜保護団体組織の長として働いているクレアに恐竜を保護する広大な土地を持っているからと恐竜の火山島からの救出を依頼をするのです。重い病に罹っていて老い先短い命なのですが、恐竜の生存を心配する桁外れの大金持ちのおじいさんです。

その恐竜救出のすべてを任された彼女は、さっそく旧知のオーウェンに声をかけ、島に向かうのですが、ベンジャミン・ロックウッドの片腕として働いているイーライ・ミルズには捕獲した恐竜を保護するどころか競売に掛ける準備をしていました。一部の肉食恐竜は遺伝子工学の手を加えて軍事上の殺戮兵器に仕立て上げ高値で売りつけることでの一攫千金を狙っていました。

恐竜に、火山噴火に、次から次へピンチに襲われる、クレアとオーウェンと仲間2人ですが、パニックの連続に手に汗握ってしまいました。

島から邸宅に舞台が移ってややスケールダウンしてしまいますが、ハラハラドキドキの展開は最後の最後まで楽しめました。

監督は前作のコリン・トレボロウに代わり、「永遠のこどもたち」「インポッシブル」などで注目されたスペインの出身のJ・A・バヨナが新たに務めました。物語の展開にミステリーの要素が加わると同時に感情的に深みのある物語に仕上がっており、大人も十分に楽しめる作品になっていたと思います。

オーエンが餌付けで育てたブルーも野生に戻っていましたが、オーエンを認知するや、人間の状況をよみとる知能が発達してきているようにみえました。ブルーの進化は楽しみですが、後、3年たつとブラウス・ダラス・ハワードの体型が役者として持つのかどうか心配になった映画でもありました。

小2の孫嬢は2015年にこの前作を一緒に観て意外と平気だったなと思っていたのですが、今回ははっきり怖いから無理っ!と言われてしまい、結局小6の孫君と二人で観ました。怖かったぁ~!

by zoompac | 2018-08-10 08:58 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画「ゲッペルズと私」_国家に大きな権力を委ねることの恐ろしさ!

f0090954_12363712.jpg神保町の岩波ホールで観ました。岩波ホールの50周年記念作品だそうです。(8月3日で終演となっています)

ナチス政権の国民啓蒙・宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスの秘書を務めたブルンヒルデ・ポムゼルが、終戦から69年の沈黙を破り、撮影当時103歳にして初めてインタビューに応じたドキュメンタリーです。

彼女のインタビューの間に挿入される過去の映像が生々しくて度肝を抜かれるのですが、その映像がスクリーンに流れる間は一切の音楽も流れないしコメントも語られないのです。恐ろしいほどに重い沈黙が劇場を支配していました。

そしてポムゼルのインタビューに対する独白は、まずその活舌の良さと頭脳の明晰さと記憶の確かさに驚かされます。また、白黒で光の当て方を工夫しているためでしょうか、皺の多さと深さにも敬虔な感じを抱かされます。

顎の下から2本の腱が操り人形の口元を動かす棒のように見えて、人間ではなく人工頭脳の入った人形のようにも見えますし、皺がウロコにもみえ得体の知れない爬虫類の生き物のようでもあります。(彼女の若いころの写真が出てきますが美人でした。ちなみに彼女は生涯独身でした。)

ただ話の内容は明確です。

1942年から終戦までの3年間、ゲッベルスの秘書としてナチス宣伝省で働いたポムゼルは、「あの時代にナチスに反旗を翻せた人はいない」と話す一方で、「ホロコーストについては知らなかった」と言い切っていました。

それはそれで説得力がありました。戦争中の日本で軍旗に逆らえなかったことを考えれば容易に想像できます。

2008年の映画「愛を読むひと」でケイト・ウィンスレットがナチ時代に強制収容所の看守として働いていたハンナを演じていました。その過去の行為を裁かれる法廷でホロコーストに加担した罪に問われたハンナが裁判官に「あなたならどうしていましたか?」と問い返す強烈に印象深かったシーンがありましたが、それを思い出しました。彼女と同じ状況下であったとしてその選択肢は限られていたはずです。

後の時代に生まれてきた私たちが、正義を振りかざして前の時代に生きた人たちの愚かしさを責めるのは簡単です。

ボムゼルは言います。「私に罪があったとは思わない。ただし、ドイツ国民全員に罪があるとすれば話は別よ。結果的にドイツ国民はあの政府が権力を握ることに加担してしまった。そうしたのは国民全員よ。私もその一人だわ。」

ボムゼルの言葉を待つまでもなく、国民一丸となった熱狂の渦の中では異を唱えることは誰にもできなかったことは容易に想像できます。

それにしても、日本では戦争はなかった過去のように扱われてさわってはならない腫れもののようなのですが、ドイツはお国柄なのですかね、これでもかこれでもかとさらけ出されます。

20世紀最大の戦争における人道の危機や抑圧された全体主義の問題はドイツだけではなく、日本にも確かにあったはずです。

それにしても「ホロコーストについて知らなかった」と主張するボムゼルを批判することは難しいですね。人間はそれでなくても見たいものしか見ないし、聞きたいことしか聞かないものですから。

ただ怖いなと思うのは、ヒトラーは民主主義への幻滅から生まれた独裁者だったということです。彼はワイマール憲法の下で民主主義の正当な手続きを経て生まれた独裁者でした。

いったんそうした方向に舵が切られたら、ちょっとやそっとの個人の良識では国全体が突き動かされる熱狂や狂気に対する歯止めにはならないということなのでしょう。

「神は存在しない。だけど悪魔はそんざいするわ。」「正義なんか存在しない。正義なんてものはないわ。」というポムゼルが遠い目をしてつぶやいた言葉が印象的でした。

彼女は、昨年1月に他界しました。享年106歳。合掌。

彼女は勇気を持って現代社会への警鐘となる映画を残してくれました。簡単に政府に大きな権力を渡してしまえば、後は泣こうがわめこうが個人の力ではどうしょうもなくなってしまうことの恐ろしさです。

ポムゼルがないと言い切っている正義が独り歩きして、その集団の正義が個人の権利や自由を飲み込んでしまうのでしょう。

by zoompac | 2018-08-09 07:32 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

2018年7月の読書と映画の総括_読書は塩野七生と司馬遼太郎の、WSを楽しみました。

私が2018年の前半6ヶ月の1位に上げていた塩野七生の「ローマ人の物語 ハンニバル戦記」ですが、3巻、4巻・・・すなわちハンニバル戦記の上巻と中巻しか読んでいませんでした。それだけで1位に上げていたのです。

その最終巻5巻のハンニバル戦記の下巻を7月に読みました。よかったです。

何より筆者の塩野七生が書くことを楽しんでいますね。筆が踊っているかのようです。細かいことまで書き込んでいるのですが、とにかく彼女の描く戦記はわかりやすいです。支障なく文章が頭の中に入ってきて映像化されるので文字を読んでいる感じがないかのようです。

こうしたわかりやすい戦闘シーンを描かせたら司馬遼太郎氏も負けてはいません。「翔ぶが如く」もいよいよ八巻まで読み進めましたが、ついに西南の役が勃発してしまいました。

八巻のヤマ場は、西南の役の序盤の「天王山」とも「関ケ原」ともいわれた「高瀬の会戦」でした。白兵戦には滅法強いのですが、戦略の展望がなく、武器弾薬の補給にも場当たり的な薩軍の勢いが、意外としぶとく守る熊本城鎮台を前にして、時間の経過と共に徐々に削がれていく様が手に取るようにわかりやすく描かれていました。

塩野七生のハンニバル戦記と司馬遼太郎の西南の役の戦いを同時に読める幸せを噛みしめる月になりました。

今は、島本理生の直木賞受賞作「ファースト・ラヴ」、新書の「ハプスブルク家」、「神聖ローマ帝国」等を並行読みしています。これらを読了した後、塚本哲也の「マリー・ルイーゼ ナポレオンの皇紀からパルマ公国女王へ」を読むか塩野七生の「フリードリッヒ二世の生涯」を読むか、はたまた司馬遼太郎の「翔ぶが如く九巻」に翔ぶか迷っています。8月も司馬・塩野のWSは押さえておこうと思います。佐藤賢一の「小説 ナポレオン」が刊行されれば、スリーSとなるのですが。

読書
* 読書 「未来」 湊かなえ_ちょっと物足らなかった第159回直木賞候補作!
[ 2018-07 -20 09:20 ]
* 読書「翔ぶが如く(八)」司馬遼太郎_いよいよ西南の役に突入です。
[ 2018-07 -23 09:47 ]
* 読書「ローマ人の物語5 ハンニバル戦記(下)」塩野七生_二人の天才武将カルタゴのハンニバル45歳対ローマのスキピオ33歳の直接対決@ザマの会戦、BC202
[ 2018-07 -25 09:43 ]
* 読書 「街道をゆく24 奈良散歩」_「奈良はある意味では、長安の都が冷凍保存された存在だともいえる」という司馬遼太郎氏の言葉に突き動かされて7月のはじめ奈良見物に行ってきました。
[ 2018-07 -26 09:20 ]

先月は10本観た映画でしたが、その反動でしょうか今月は1本だけでした。

1936年に李氏朝鮮で起こった「丙子の役」を描いた映画作品をきっかけに、明の時代と清の時代を生き延びた李氏朝鮮の歴史を軽くおさらいしました。その李氏朝鮮にとって日本という国が存続を危うくする天敵のようなものであったことを知って愕然としました。

最初の災難は豊臣秀吉が明の冊封国である李氏朝鮮に攻め入った1592年の文禄の役と1597年の慶長の役です。結局このことが原因で明が財政的に困難に陥り清に滅ぼされてしまいます。そして映画で描かれた「丙子の役」に繋がっていったのです。

その後、1894年の日清戦争後に日本と清国との間で結ばれた下関条約は李氏朝鮮に清王朝の冊封体制からの離脱をもたらしました。これにより李氏朝鮮は1897年に国号を大韓帝国(だいかんていこく)、君主の号を皇帝と改め、以後日本の影響下に置かれることになり、さらに1910年に日本に併合され、朝鮮民族の国家として消滅する運命をたどりました。

8月は、孫君から「ハン・ソロ スターウォーズストーリー」と「ジェラシック・ワールド 炎の王国」、孫嬢から「劇場版ポケットモンスター」のリクエストを受けています。個人的には「ポケモン」も代わりに「未来のミライ」にしてくれたら嬉しいのですが、説得は難しいでしょうね。

映画
* 映画「天命の城」_朝貢先を明から清へと強いられた1936年に李氏朝鮮で起こった「丙子の役」を描いた作品
[ 2018-07 -19 09:01 ]

TVドラマ
* TVドラマ_夏の新TVドラマ 雑感あれこれ
[ 2018-07 -24 09:03 ]

総括
* 2018年6月の読書と映画の総括
[ 2018-07 -02 05:51 ]
* 6月のTVドラマの総括_「ブラックペアン」と「崖っぷちホテル」
[ 2018-07 -04 05:19 ]
* 2018年上半期(1月~6月)の読書の総括_1位は塩野七生の「ローマ人の物語」の3巻、4巻のハンニバル戦記(上)(中)、2位がシュテファン・ツヴァイクの「ジョセフ・フーシェ」、3位がユバル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」
[ 2018-07 -05 11:42 ]
* 2018年上半期の(1月~6月)の映画の総括_「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」、「ウィンストン・チャーチル_ヒトラーから世界を救った男」そして「孤狼の血」が私のベストスリー
[ 2018-07 -06 12:02 ]

by zoompac | 2018-08-01 09:00 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

読書「傍流の記者」本城雅人_新聞社の内情(政治部と社会部の対立、政府と報道機関の持ちつ持たれつ等)がよくわかる小説! 

f0090954_14012317.jpg現在は政治部によって傍流に追いやられたものの、かつては東都新聞の看板だった社会部に配属された6人の同期入社の男たちは、それぞれに成果を上げ、40代半ばとなった現在では、別の道(人事畑)を選んだ1人を除く5人で社会部の部長の座を争っています。

その同期6人が、6つの短篇でそれぞれに主役を務める形式をとっています。

優秀な野球選手(プレイヤー)が、優秀な監督(マネージャー)になれるとはかぎりません。

しかし彼らは出世と共に部下を持たされ、部下の面倒を見ていかなければなりません。昨日までのプレイヤーがいきなり監督としての職責を背負わされその能力も問われるのです。

皆、優秀で、自ら取材方法を工夫してプレイヤーとしての成績を上げてきた猛者だけに、部下の不出来をどう指導していいのか戸惑うばかりです。あまり厳しくすると辞めて競合他社へ転職してしまい監督能力に問題ありとなってしまいます。

優秀な記者ばかりがそろった黄金世代ですが、社会部長になれるのはひとりだけです。生き残っているのは得意分野が違う五人の男です。彼らが、人事畑に移った1人を含めて6篇の物語の主人公になってこれまでのサクセスストーリー(成功体験)、これまでの6人の同期生同士のしがらみと今の部下を抱えた困惑の状況がそれぞれの物語として描かれています。

それぞれが、部下の転職や妻との関係、職場における上司や同僚との関係等の苦悩に惑いながら出世レースは佳境を迎えますが、会社が倒れかねない大スキャンダルが男たちを襲います。

政府と報道機関の関係や、それを反映する政治部と社会部の関係を深掘りするいい作品に仕上がっていました。

「大統領の陰謀」や「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」の映画でニクソン政権を相手取って報道の自由を守り通した「ワシントン・ポスト」の矜持がまだ記憶に新しいですが、この「傍流の記者」はこれはこれで現実味溢れる日本の報道の世界の一部を組織の論理と個人の矜持という対比にうまく落とし込みながら切り取ってくれていました。

島本理生の「ファーストラヴ」が受賞作品となった159回直木賞候補作の中から、私が読んだのは湊かなえの「未来」、木下昌輝の「宇喜多の楽土」とこの本城雅人の「傍流の記者」の3冊だけでしたが、私にとってはこの作品が一番直木賞に近く思えました。

野球の新人ドラフトのような制度を描いた、第四話の「選抜の基準」という短編では、政治部手はなく社会部が1位、2位の新人取得権を許されながら、長い眼でみてそのトップツーをあえて外す選択をした話が面白かったです。

この社会部部長の座を目指した出世レースも、ネタばれになりますが、5人の有力候補がそれぞれに不本意なポストに就き、第三者に明け渡す結果になります。

この「選抜の基準」という短編が結局この6篇の短編を総括するような役割を果たし、エピローグにおいてその人事の意味合いが明らかになるところは見事でしたが、ここのところはちょっと遊び心が暴走している悪ノリ感を覚えてしまいました。それぞれ6人の苗字の頭1字をとっての言葉遊びも面白くはありましたが、なくても、いやむしろない方がよかったように思います。

このあたりのポイントを直木賞の選考委員の先生方がどのようにコメントされるのか楽しみです。

構成は以下のようになっていました。

プロローグ
第一話 敗者の行進
第二話 逆転の仮説
第三話 疲弊部隊
第四話 選抜の基準
第五話 人事の風
第六話 記憶の固執
エピローグ

by zoompac | 2018-07-27 09:14 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

読書 「街道をゆく24 奈良散歩」_「奈良はある意味では、長安の都が冷凍保存された存在だともいえる」という司馬遼太郎氏の言葉に突き動かされて7月のはじめ奈良見物に行ってきました。

f0090954_09201165.jpgこの24巻には「近江散歩」も入っているのですが、とりあえず読んだのは「奈良散歩」だけです。

司馬遼太郎氏が、二月堂の界隈にある下ノ茶屋の屋根に瓦焼きの小さな鍾馗さんを見つけて、その話に及びます。

ある夜、唐の玄宗皇帝が病を得て寝ていると夢にいっぴきの小鬼があらわれます。正体をたずねると病の鬼だといいます。玄宗が宿直を呼ぶと、大鬼があらわれ、小鬼をかみ殺してしまいます。大鬼の正体をたずねると進士鍾馗と名乗ります。科挙の試験に応じて合格せず、御殿の階をつかんで死んだというのです。

道教では(日本の神道もその影響を受けていますが)生前、志を遂げずに死んだ者は恨みを残すのだそうです。

玄宗は、彼の死を憐れみ、死骸に緑袍を着せて葬ってやりました。鍾馗はそれを恩に感じ、世の魔物を除くべく志すことを言上し、やがて消えました。同時に玄宗の病も言えたそうです。

以後、唐においては門前に鍾馗像を描いて魔除けにすることが流行したそうです。

東大寺は遣唐使帰りのいわば溜まり場でしたので、先進国唐で流行する魔除けが、屋根に鍾馗を置くという伝承になったのではないかと想像力豊かに書いていました。

さらに、「奈良が大いなるまちであるのは、草木から建造物にいたるまで、それらが 保たれているということである。世界じゅうの国々で、千年、五百年単位の古さの木造建築が、奈良ほど密集してれているところはない。奇蹟といえるのではないか」と言葉を加え、唐の都長安(今の西安)のことに言及します。

その西安(昔の長安)には、大唐を偲ぶものとして、大雁塔・小雁塔が残されているだけで、その他、大唐の栄をしのぶ建造物はなにもないと言うのです。

「むしろ長安は奈良にある」ということを、唐招提寺の金堂や講堂を眺めながら司馬氏が思ったという下りが強烈に印象に残りました。

私が訪れた7月の奈良は、中国人をはじめとして多くの外国人観光客で溢れかえっていましたが、中国人観光客の中に古都長安を偲んで来られている方々もいるとすれば嬉しいですね。

司馬氏は「奈良はある意味では、長安の都が冷凍保存された存在だともいえる」とまとめていました。

奈良朝の建築物は唐から学んだものと思われます。しかし、唐代にも日本の仏教建築の重要な特徴である木造五重塔のようなものは存在しなかったはずだとも言っています。

それ以前の飛鳥時代となると、唐からじかに学ぶ条件が十分でなかったようです。しかし手近な朝鮮に輝かしい技術があり、渡来工人たちが造塔造仏をしたようです。

中国にも朝鮮にもない日本独自の木造の五重塔(法隆寺の五重塔等)を建てたのは百済系の技術者ともいわれていますが、薬師寺の五重塔はあきらかに大陸系の技術の影響を受けているようです。大陸で学んだ技術者が関わっていると言っていました。

いずれにせよ日本古来の木を扱う人たちの技術と経験なども融合され、日本独自の五重塔という建築様式が生まれたのではないかとを語っている箇所は非常に興味深かったです。

新技術を取り入れながら創意工夫をし日本独自のモノを創り出すルーツがこの日本独自の形式としての五重塔にあるとしたらそれはロマンですね。

そういう点では、奈良は長安の面影を残しつつもやはり日本独自の文化の継承の足跡を残した日本の古都といえそうです。

そもそも国宝とされている大小様々な奈良の仏像もそもそも仏教本来の教義ではむしろ禁じられているほどです。司馬氏はヘレニズム文化の影響を挙げられていましたが、シルクロードの東端としての当時の国際都市奈良に唐や新羅、さらにはペルシアあたりからもいろいろな建築様式や技術が入ってきてそれに日本独自の木造建築や木造の仏像作製の技術と融合したと想像すれば楽しいですね。興福寺に祭られている阿修羅像のなんと端正であることか! あの愁眉がたまりませんね。

その興福寺に関する司馬氏の記述も面白かったです。

藤原氏の氏寺だった興福寺が明治維新の廃仏毀釈前はまことに広大な境内を持っていて、奈良ホテルはもちろん、料亭旅館の菊水楼やこれまた料理旅館として有名な「江戸三」等が所在する奈良公園までもがその境内に含まれていたそうです。

鎌倉期までの日本政治史は、藤原氏の家族史でもあり、権力と富はこの一門に集まりました。興福寺の大檀那が藤原氏であり、その藤原氏の氏寺である以上、平安期いっぱい興福寺には荘園が寄進され続け、その荘園は大和地方に集中したものと思われます。その経済力は、僧兵を擁し、中央から地方長官として大和国の国司がきても相手にせず大和一国を私領化していました。平安後期のことです。

頼朝が鎌倉幕府を興した時も、大和における興福寺の勢力に手がつけられず、頼朝は妥協し、興福寺をもって「大和守護職」とし、そこは武家不入の地とされました。室町・戦国の時代には興福寺の僧兵だった筒井順慶(1549~1584)が大名になったほどでした。

織田・豊臣政権で興福寺は大きく寺領を削られましたが、江戸期の幕府はそれでも2万余石を与えました。

明治になって廃仏毀釈が決まり興福寺の僧たちは争って同じ藤原氏の氏神であった春日大社の神官に転職したそうです。

興福寺は廃仏毀釈後一時廃墟のようになったと言われています。今の国宝五重塔も二束三文で売りに出されたが誰も買わなかったとか、それで処分に困って焼かれようとされたと聞いています。

藤原家末裔の興福寺の僧達の狼狽ぶりが歴史に残ってしまいましたね。

司馬氏はまことに厳しく言っています。明治初年、旧興福寺の僧徒が、真に仏教徒であったら、戦国期、織田信長に対して抵抗した一向一揆のように、明治の 太政官政権に抵抗することもできたはずであると。

旧興福寺(廃仏毀釈前の興福寺)の欠陥はこの巨刹を構成していた塔頭院のぬしがことごとく京の公家(藤原氏)の子であったことでした。平安時代から明治維新まで1000年余りに渡って興福寺は京の藤原公家の出店でした。

明治維新の廃仏毀釈の決定に、仏教の権威、信仰も投げ出して興福寺を捨ててしまいました。僧をやめ神職にならねば禄も位も失うという焦りの中でパニック状態に陥ったようです。

興福寺は法相宗ですが、司馬氏は「千数百年の法相学は、反故のように捨てられた」と冷たく言い放っていました。

今月初めに奈良見物に出かけましたが、そういう藤原氏の1000年の歴史を俯瞰した視線で眺める興福寺の五重塔の美しさには背負った歴史の重みが頭に入っていたためかそこはかとない悲哀を感じました。

今、700年の歴史を持つヨーロッパの「ハプスブルク家」の本を読んでいますが、続いてこの1000年の歴史を持つ「藤原家」の本も読んでみたいと思っています。

by zoompac | 2018-07-26 09:20 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

読書「ローマ人の物語5 ハンニバル戦記(下)」_二人の天才武将カルタゴのハンニバル45歳対ローマのスキピオ33歳の直接対決@ザマの会戦、BC202

f0090954_14005343.jpgこの3~5巻のハンニバル戦記(上中下)は圧巻でした。

3巻(ハンニバル戦記上巻)では、ローマの勝利に終わったBC264年から23年にわたる第一次ポエニ戦役と、BC218年に始まるその次の第二ポエニ戦役までの23年間の計46年間のことがハンニバルのお父さんの物語として書かれていました。

そして、4巻(ハンニバル戦記中巻)でいよいよ戦の天才ハンニバルの登場です。

紀元前218年の5月、29歳のハンニバルは、準備した全軍を率いてカルタヘーナを出発しました。

「後世に生きる私たちは、あの時点ではハンニバルだけしか知っていなかったことを知っている。ハンニバルとその軍はエブロ河を北に渡り、ピレーネー山脈を越えて現フランスであるガリアに入り、ローヌ川を渡ることでフランスを横断し、アルプスを越えてイタリアに進攻したことを知っている。大軍を率いて象まで連れてアルプスを越えたハンニバルこそ、その後の2200年、歴史に興味を持たない人でも話に聴いている有名な史実になった。」

こうしてイタリアに乗り込んだハンニバルは、各地で次々とローマ軍を打ち破っていきます。そのローマ側の負け戦の将の中には、5巻で主役となるローマの若き将スキピオのお父さんも含まれています。危うく命を落としそうになった父を救ったのが初めて従軍した17歳のスキピオでした。

喉元に刃を突き付けられたローマは意を決しついに決戦を挑みます。会戦の場所は南イタリア、アドリア海に面したカンネの平原でした。

このとき31歳になっていた武将ハンニバルは、兵力でややハンニバル軍を上回るローマ軍に対峙して積極的な行動は何一つ起こしませんでした。ローマの司令官たちがハンニバルの策略にはまることを極度に警戒していることを見抜いていたからです。彼らを会戦に誘い出すには彼らの警戒心を解く必要がありました。そのため、緒戦はわざと負けて戦いの主導権はローマ側が手中にしていると思わせたのです。

積極攻勢に出てきた敵の主力の歩兵部隊に自軍の精鋭を当てて釘付けにし、その隙にローマ騎兵を叩いて、相手の機動力を封じた後、改めてハンニバル軍の強みでもある機動力を活かして全兵力でローマの歩兵を包囲したのです。カンネの戦いでの犠牲者はローマが7万人、勝ったハンニバル側は5,500人で、そのほとんどがガリア兵でした。

ローマの全歴史を俯瞰しても、ローマがこれほどの敗北を喫したのはこのカンネの会戦が最初にして最後となりました。

ハンニバルが獅子身中の虫のようにイタリア内に喰いついて暴れるという窮地の中、やがてローマの救世主となる1人の青年がローマの元老院に現れました。わずか24歳に過ぎなかった青年スキピオは、資格獲得に16歳も不足していたのに自分を司令官として戦線に派遣して欲しいと申し出ます。その要求を拒めないほどローマでは人材が払拭していました。

こうして第二次ポエニ戦役の舞台に、ハンニバルに勝るとも劣らないもう1人の天才武将スキピオが登場しました。

塩野七生女史は言います。「私には、アレクサンダー大王(BC356~BC323 )の最も優秀な弟子がハンニバル(BC247~BC183)であるとすれば、そのハンニバルの最も優れた弟子は(ハンニバルより12歳年下の)このスキピオではないかと思われる。そしてアレクサンダーは弟子の才能を試験する機会をもたずに世を去ったが、それが彼の幸運でもあったのだが、ハンニバルの場合は、そうはならなかったのであった。」

スキピオはハンニバルの足跡を逆行するようにしてスペインへ赴きました。

冒頭でハンニバルがスペインのカルタゴの本拠地であるカルタヘーナ(新カルタゴの意)を出発したのがBC218年でハンニバルが29歳のときだと申し上げました。スキピオがそのカルタヘーナを攻略したのはBC209年でスキピオが27歳のときでした。スキピオは相当ハンニバルの戦い方を研究していたようです。スキピオの戦略・戦術はハンニバルのそれにそっくりでした。

スキピオはスペインの地でカルタゴ勢を蹴散らし、その華々しい戦果で、これまた資格年齢に達していなかったのですが、31歳でローマの執政官に選ばれます。彼が、次に矛先を向けたのが、北アフリカにあるカルタゴ本国でした。

ハンニバルは、スペインのカルタゴ勢壊滅に続いて次の標的がカルタゴの本拠地でそこも狙い撃ちにされたことから、カルタゴ本国への撤退を決めました。BC203年の事です。彼がカルタヘーナを出発しアルプスを越えイタリアに攻め込んでから実に15年の歳月が経っていました。齢も43歳に達していました。

スキピオに率いられたローマ(4万)とハンニバルに率いられたカルタゴ(5万)の両軍は、カルタゴから内陸に入ったザマの地で相対しました。このあたりの醍醐味は、塩野七生氏の原文で味わってみてください。P.58~P.91に渡って塩野女史の筆が楽しそうに踊っています。

この戦いは戦略戦術の上での師と弟子とのはじめての直接対決でもありました。さらに興味深いことにスキピオがそう仕向けて(講和条件を提示して)ハンニバルが戦いの前に会談を申し入れているのです。

講和条件に関する会談は決裂し、ザマの会戦(BC202)決戦となりましたが、14年前にカンネの平原で起こったのと同じ状態が、ザマの平原で再現されたかのようでした。45歳の古代屈指の名将ハンニバルは、部下が次々に殺されていくのを見守るしかありませんでした。12歳年下の弟子ともいえるスキピオの一方的な勝利でした。

この「ザマの会戦」での勝利は、ローマにとって単にカルタゴとの戦いに勝ったということだけではなく、地中海世界全体も決することになりました。(BC190 シリア、ローマに敗れ講和、ローマが地中海のほぼ全域の制海権を獲得、BC146カルタゴ滅亡、ローマの属州となる、BC146マケドニア王国領がローマの属州となる)

ザマの会戦の勝利に報いるため、スキピオには「アフリカヌス」という尊称が贈られました(北アフリカを拠点としていたカルタゴ軍を破ったため) しかし、共和制のローマは英雄を好みません。親戚のスキャンダルをきっかけとしてスキピオは失脚し、ローマ政界から姿を消してしまいます。BC183年にスキピオ・アフリカヌスは、リテルノの別荘で亡くなりました。享年52歳でした。奇しくも、ハンニバルもイタリアからもカルタゴからも遠く離れた黒海沿岸のピティニアで同じ年に64歳で死を迎えました。

生まれたのがハンニバルがBC247、スキピオがBC236のほぼ12歳違い、歴史に登場したのがハンニバルがスペインカルタヘーナを出立した29歳、スキピオはハンニバルの足跡を逆にたどりカルタヘーナを攻略した27歳、ハンニバルのイタリア進攻の天王山となったカンネの会戦に勝利したのが31歳、スキピオがその後のローマの地中海世界を制覇するきっかけとなったザマの会戦でハンニバル率いるカルタゴを完膚なきまでに破ったのが33歳、そして同じ年のBC183年にハンニバルは64歳、スキピオは52歳で亡くなりました。

同時代に生まれた二人の天才武将の手に汗握る活躍劇を是非塩野七生節でお楽しみください。

by zoompac | 2018-07-25 09:43 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

TVドラマ_夏の新TVドラマ 雑感あれこれ

f0090954_14084685.jpg①「この世の片隅に」
主役に抜擢された松本穂香って、NHK連ドラ「ひよっこ」に出ていましたよね。主役の有村架純が集団就職した向島電気の同僚で福島出身の食い意地の張った要領の悪い眼鏡っ子でした。「こんなうめえもの毎日食えるんですかぁ」とか言っていました。

「この世の片隅に」では、自己主張をしないおとなしい性格の嫁を可愛く演じています。松坂桃李演じる周作と幼い頃の事件の縁があって結婚して広島から呉に嫁いできました。足が悪いお母さん役の伊藤蘭は優しいのですが、出戻り小姑の尾野真千子にとことんいじめられそうです。

松本穂香は現在21歳、高校時代連ドラ「あまちゃん」に刺激を受け女優を目指したらしいですが、「この世の片隅に」で主役すず候補に挙がっていた「のん」(能年玲奈)を押しのけて、5回に渡るオーディションに合格したシンデレラガールです。もっともシンデレラガールになれるかどうかはこのドラマの成功・不成功にかかっているのでしょうが、私の見立てではほんわかとした雰囲気を持っていていいスタートを切ったように思えます。

②「チア・ダン」
23歳の土屋太鳳が福井西高校の2年生で、20歳の広瀬すずが福井中高校のOBでチア・ダン部の顧問をやっているという年齢と役どころの逆転現象が気になっていましたが、さすが役者ですね。あまり違和感はありませんでした。但し、広瀬すずの登場は初回限定のようです。

東京から転校してきたチアダン経験者を演じる石井杏奈と、これまた「ひよっこ」に有村架純の幼馴染として集団就職組の1人を演じていた佐久間由衣が出演しています。佐久間由衣は生徒会の役員で級長で、福井西高校の教頭の娘でもあるのですが、部の立ち上げのためチアダンの8人目のメンバーになりました。心を病んでいるオダギリジョーをクラブの顧問に迎えて彼女たちは学校公認の部を立ち上げ全米制覇の夢に向けて1歩を踏み出しました。

③「ラストチャンス 再生請負人」
「不発弾」で謎の金融コンサルタントを演じていた椎名桔平が、仲村トオルが主役の「ラストチャンス」でも金融コンサルタント役で出演しています。

深キョンが仲村トオル演じる主人公の奥さんなのですが、肝の据わった役を演じています。

人生の七味として、うらみ、つらみ、ねたみ、そねみ、いやみ、ひがみ、やっかみが易者によって、仲村トオル演じる主役に告げられますが、これまで銀行員として順風満帆だったキャリア人生にバブル崩壊で暗雲が漂ってきます。これからの彼の人生は七味によって一段と味わい深いものに変わっていくのでしょう。

④「ハゲタカ」
「不発弾」(WOWOW)は終わってしまいましたが面白かったですね。黒木メイサ演じるキャリア警察官が官邸から圧力がかかって釈放される椎名桔平演じる謎の金融コンサルタント古賀に向かって、「現政権(暗に安倍内閣を示唆)が倒れたときはあなたを逮捕に行く」との強烈な捨て科白を吐いていました。

その「不発弾」を観ているうちから、椎名桔平の演じる金融コンサルタント古賀と対抗できるとしたら「ハゲタカ」に登場する天才ファンドマネジャー鷲津政彦であろうと思っていました。

その鷲津が活躍する「ハゲタカ」が7月19日木曜日からスタートしました。

ただ鷲津といえば2007年のNHKドラマで主演した大森南朋のイメージが強く、綾野剛といわれてもまだピンときません。

スタートした「ハゲタカ」のTVドラマは綾野剛と沢尻エリカの共演となっていますが、その共演も新宿のスカウトマンの暗躍する裏社会を描いた「新宿スワン」のイメージがまだ強いですね。大森南朋と栗山千明の強烈ハゲタカ・コンビのイメージを払拭できるだけのドラマに仕上がってくれるかどうか不安ですが、小林薫や渡部篤郎
あたりのキャストが綾野剛と沢尻エリカを盛り上げてくれることを期待しましょう。

⑤「健康で文化的な最低限度の生活」
吉岡里帆主演ですね。「ボケチン」と主演の長瀬智也から呼ばれている「ごめん、愛している」でのリンカ役が好きだったのですが、その後の「きみが心に棲みついた」での主役は役柄とはいえそのドSぶりと優柔不断ぶりがイラっとしたので途中からギブアップしてしまいました。このTVドラマは初回を見逃しましたが、吉岡里帆のケースワーカーに取り組むお仕事ドラマですね。魅力を感じる女優さんなので遅ればせながら2回目から観ようと思っています。

by zoompac | 2018-07-24 09:03 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

読書「翔ぶが如く(八)」司馬遼太郎_いよいよ西南の役に突入です。

f0090954_05132575.jpgいよいよ西南の役が始まりました。

1877年の2月15日に始まって9月24日の西郷の城山での自刃で終結しました。7ヶ月余りの内乱です。

これまで「坂の上の雲」「峠」「項羽と劉邦」「関ケ原」「城塞」等での素晴らしい司馬遼太郎氏の戦闘シーンの描写の数々を読んでいながら今更何を言っているんだと言われそうですが、西南の役の戦闘シーンの描写もさすがにうまいですね。視覚に訴える迫力があります。

最近読んでいる「ローマ人の物語」の塩野七生氏もこの戦闘シーンの描写がわかりやすいです。ハンニバルの戦いぶり等を読んでいると胸のつかえがとれるかのようです。

同時代に生きて、司馬遼太郎や塩野七生の作品を思う存分読めることは幸せなことです。孫君にもこれだけは自信をもって言えます。「司馬遼太郎と塩野七生の著作を読め!人生を何倍にも豊かにしてくれる!」

今回は「翔ぶが如く」文庫本の巻末にある地図を何度も参照しながら読みましたが、西南の役の古戦場である田原坂の地理的位置をこれまで薩摩と熊本の間にある場所であると勘違いしていたことに気づきました。

薩軍が熊本城を陥落できなかったことからそう思い込んでいたのだと思います。 田原坂は熊本城より北に位置し、東に阿蘇山を眺め、田原坂から真北の延長線上に山鹿がありそのさらに北に久留米があることがわかりました。

この八巻では田原坂の激戦(3月4日から16日間の戦闘)はまだ描かれていませんが、熊本城から北にある高瀬という地点から東へ阿蘇山方向にある植木という地点を結んだ途上にあるのが田原坂でした。

高瀬から田原坂を経由して植木に至る道を三角形の底辺に例えるならば三角形の頂点に山鹿という地があり、大雑把に言ってこの高瀬と植木と山鹿を結ぶ三角形で政府軍と薩軍の激突が繰り広げられたのが西南の役でした。

その戦いの構図も、谷干城率いる熊本城内に籠城を決め込んだ鎮台兵の意外な強さに手を焼いているうちに、小倉にいた乃木希典率いる政府軍が久留米から山鹿、高瀬を通り植木にと南下してきます。

本来、乃木軍は熊本城に入城したかったのですが、薩軍が一部をもって熊本城を囲み、一部をもって城北の植木に進出して乃木軍の南下入城を阻止するという二面作戦をとったため、うまくいきませんでした。

乃木軍は熊本城に入城したいのですが、熊本城を薩軍に囲まれているので、遊撃隊として薩軍を外から伺っている感じです。

同じ長州出身ながら乃木希典と児玉源太郎の戦略眼の優劣と戦場での指揮能力の優劣は極端です。司馬遼太郎は乃木希典の将としての無能さについて、同じ長州出身の天才といわれた児玉源太郎と対比して「坂の上の雲」でも手厳しく書いていましたが、この西南の役での乃木希典の率いる軍の弱さについても容赦がありません。

植木で薩軍の待ち伏せにあった乃木軍は逃走中に連隊旗を奪われる不名誉を犯してしまいます。植木から田原坂を越え高瀬に戻る途中にある木葉という地で態勢を整えた乃木軍は翌日、追尾してきた薩軍に挑みますが、合流した後続部隊共々乃木連隊は大量の武器弾薬を捨て西(高瀬方向)に逃走する憂き目にあってしまいました。

このとき薩軍は追撃して戦果を拡大するべきでした。しかし攻めあぐねて取り囲んだ熊本城から離れることを本能的に嫌ったためか、植木まで退却してしまったのです。戦術として感の悪かった乃木の戦いぶりは仕方ないにせよ、薩軍の戦いぶりは喧嘩のようなものでうるさい蠅を追い払っただけだったのです。今後続々と送り込まれるであろう政府の後続隊のことを戦略的に考えるならば、今後の備えとして高瀬付近はしっかり押さえておくべきでした。

結局、増援され乃木希典より位が上の将が率いる政府軍が南下してくるにいたっては、その場しのぎの対処ではさばききれなくなってくるのです。熊本城をなかなか抜けない見込み違いの中、敵の打ち捨てた弾薬と兵器を活用できた薩軍もそれらの消費物の補給に困難を感じ始めてきます。

いったん、高瀬までも空にした政府軍は、後続の支援や武器弾薬の補給もあり、また高瀬に集結しはじめます。

これに対して薩軍の一部が押しかけ、この西南の役における事実上の関ケ原となった「高瀬の戦い」が始まりました。

2月24日のことです。

緒戦の乃木連隊の連戦連敗を戦訓とした政府軍(第一旅団の将・野津鎮雄、第二旅団の将・三好重臣)は近距離の白兵戦を避け、銃撃戦をとる作戦に切り替えてきました。政府軍兵の銃は新式スナイドル銃であったのに対して、薩軍の銃は旧式ミニエー銃でなかには火縄銃を持っている者さえいたのです。

いったん高瀬に突入して占拠を果たした薩軍も、政府軍の包囲射撃に辟易して退却を余儀なくされます。

それで西南の役における初勝利をあげた政府軍でしたが、それに対し薩軍は桐野利秋、篠原国幹、別府晋介、村田新八の四将が率いる主力部隊をつぎ込みました。2月26日のことです。薩軍が鹿児島を出て以来最大の戦いとなりました。高瀬の会戦の第三戦目になります。これが事実上の関ケ原と呼ばれる戦いになりました。

桐野利秋(3個小隊約600名)率いる右翼隊を山鹿方面へ、篠原国幹・別府晋介(6個小隊約1,200名)率いる中央隊を植木・木葉方面へ、村田新八(5個小隊約1,000名)率いる左翼隊を吉次・伊倉方面へ配しました。

桐野率いる右翼隊は迂回して石貫にある官軍の背後連絡線を攻撃し、善戦しましたが、桐野が軽んじた戦略の要地・稲荷山を政府軍(第2旅団本営にたまたま居合わせた野津道貫大佐(弟))に確保されたため形勢が逆転してしまいました。この戦略的に重要な山を占領した官軍は何度も奪取を試みる薩軍右翼隊を瞰射して退けることになり、次いで、南下してきた野津鎮雄少将(兄)の兵が右翼隊の右側面を衝いたので、猛将桐野の率いる右翼隊も堪らず、江田方面に退くことになりました。この稲荷山は低丘陵ですが、この地域の戦略的要衝であったので、ここをめぐる争奪戦を西南戦争の天王山とも呼んでいます。

村田新八率いる左翼隊も菊池川渡河に成功し、フロックコートに身を包んだ村田の戦略・戦術で善戦していましたが、篠原国幹・別府晋介率いる中央隊が弾切れとなって戦場から引き上げてしまったため、勝っていた村田新八軍は敵中に置き去りにされ血路をひらいて戦線離脱を図るはめになってしまいました。

山県有朋が兵器・弾薬の補給に全力を尽くしたのに比べ、薩軍は少年の喧嘩のような無邪気さで弾が無くなったから戦を止め引き上げてしまうという始末でした。

西南の役は、まだまだ序の口です。

白兵戦に滅法強い薩軍ですが、時間の経過とともに、兵器や弾薬の補給の弱さが露見してきます。

次の九巻、さらに十巻と西南の役は続いていきます。 雨は降る降る人馬は濡れる 越すに越されぬ田原坂、というあの唄にある田原坂での激戦が活写されるのが第九巻です。1987年年末の時代劇「田原坂」で小椋佳作詞の「遥かなる轍」を主題歌として自身が作曲した歌を堀内孝雄が唄っていました。あの曲の「こうとしか生きようのない 人生がある せめて消えない 轍を残そうか」のリフレイン部分を頭に思い浮かべながら九巻を読もうと思っています。

by zoompac | 2018-07-23 09:47 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)
RELEASE INFORMATION NEW ALBUM

[通常盤]「Now On Sale!!」
TOCP-66380/¥2,548(税込)

[DVD付 初回生産限定盤]
「Now On Sale!!」
TOCP-66381/¥3,500(税込)

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