フランス、カペー朝の最盛期の国王にフィリップ4世がいました。1285年から~1314年に王位につきました。日本では1281年に2度目の元の襲来を向かえ、1317年から、持明院統と大覚寺統の南北朝時代が始まり、1333年には鎌倉幕府は滅亡してしまう、そういう時代でした。
このフィリップ4世はかなり高ピーで、フランス国内のカトリック教会を支配下に置こうとしました。1298年に教会に課税をかけることにしました。これに対して怒ったのが、当時のローマ教皇です。フランス国内といえども、教会の支配者は私だといって譲りません。この教皇はボニファティウス8世ですが、フランス国王フィリップ4世を破門してしまいました。
フランスの統一を進めるために、どうしても教会を支配下におきたかったフィリップ4世はローマ教皇ボニファティウス8世を捕らえて幽閉してしまいます。そして教皇が憤死すると、ローマ教皇庁を南仏のローヌ川の河口のアヴィニョンに移してしまいます。1378年からは、ローマにも教皇庁が復活し、教皇が2人存在する教会大分裂(大シスマ)という状況になりました。
このアヴィニョンでの法王が、ボルドーからやってきたクレメンス5世です。ここから4代後のクレメンス6世(ヨハネス22世)は、アヴィニョンからローヌ川を25キロさかのぼったあたりに夏の別荘を建て、そこでワイン作りを始めました。
この法王の別荘の名前がシャトー・ヌフ・デュ・パフ(パープ)で、法王の作ったワインにもこの名前がつきました。法王の処方だと13種類のブドウをつかうことになっていますが、今はグルナッシュ、シラー、ムールヴェードル、サンソーなど5~6種類の混醸で造っているようです。本来長期熟成ワインですが、今では3年くらいで飲み頃になるワインも多く作られています。濃いルビー色のワインです。