
1977年の「タクシードライバー」や1990年の「グッドフェローズ」など数々の名作を生み出してきた巨匠マーティン・スコセッシとロバート・デ・ニーロが、「カジノ」以来22年ぶり9度目のタッグを組み、第2次世界大戦後のアメリカ裏社会を生きた無法者たちの人生を、ひとりの殺し屋(全米トラック運転手組合に所属していたアイルランド系米国人で、組織犯罪に関わりをもっていた)の目を通して描いた作品でした。
去年の午前10時の映画祭で観た巨匠セルジオ・レオーネ監督の遺作となった1984年公開の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」は、実在のギャング、バリー・グレイ(映画の中でロバート・デニーロが演じているヌードルスのモデル)の回想録を基にしていましたが、4時間11分の長い映画で、途中、トイレ休憩が入りました。(「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」は、禁酒法時代(1920年~33年)にニューヨークのユダヤ人ゲットーで育った二人のギャングの生涯を描いていました。)
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」では、まだ若かりしロバート・デニーロがメイクで老け役も演じていましたが、巨匠マーティン・スコセッシの「アイリッシュマン」では、今や76歳のロバート・デニーロ、ジョー・ペシや79歳のアル・パチーノ等主演格3人が、デジタル加工で、30代から50代への若返りを図っていました。
画期的技術とはいえ、若かりしアル・パチーノやロバート・デニーロの美しさからは程遠いものでした。(ロバート・デニーロが役柄とはいえ、青い目をしているのが結構気になったりしました。)
この若返りテクノロジーに相当お金がかかったようでその財政事情から大手映画会社が配給を断念したところに、Netflixが配給に名乗りをあげたようです。そのせいで劇場公開の予定も混乱をきたし、大幅にその劇場公開の機会が減ってしまうという残念なことになりました。
私は、渋谷のアップリンクという小さな映画館で観たのですが、劇場配置図で出入り口に近いと思ったところが、一番奥の身動きが取れないところだったし、腰痛を抱え、狭い椅子でトイレ休憩なしのつらい我慢の3時間29分でした。
それでも映画館で観れたことはよかったと思っています。Netflixの配信を茶の間のTVでじっくり観いることは難しいのではと思うからです。茶の間のNetflix配信だと、途中で何度も中断する誘惑にかられそうなほど長い映画です。
伝説的マフィアのラッセル・バッファリーノに仕えた実在の殺し屋で、1975年に失踪した全米トラック運転組合委員長ジミー・ホッファをはじめ、多くの殺人事件に関与したとされるフランク・“アイリッシュマン”・シーランをデ・ニーロが演じたほか、ジミー・ホッファ役のアル・パチーノ、ラッセル・バッファリーノ役のジョー・ペシと、ハリウッドのレジェンド級俳優が豪華共演していたことにもちょっとした感動を覚えました。((ゴッドファーザーPartⅡでは、若かりし親‗ロバート・デニーロと少し貫禄の付き始めた子‗アル・パチーノが、別々のシーンでしたが共演していました!二人とも若くて渋くて美しかった!)
この映画で「ペンキ塗り」という言葉が、暗殺を意味するマフィアの隠語だと知りました。
全米トラック運転組合委員長ジミー・ホッファも膨大な組合費からマフィアに融資の便宜を図っていたことから間接的にフランク・シーランにペンキ塗りをさせるエピソード等もあって、それは最近読み始めた西岡研介著の「トラジャ」で描かれるJR(東日本、北海道、貨物ほか)の「戦闘的労働組合」を牛耳った暴君・松崎明氏に通ずるものを感じました。JR東日本労組でも相次ぐ組合員の謎の死があったようです。
ロバート・デニーロの背中がむせび泣いていました。米国版、義理と人情に板挟みとなったペンキ塗り侠客の非情な人生が語られていました。
トラック野郎組合のてっぺんに居座るアル・パチーノの度量の大きさと頑固さ、そして演じるジミー・ホッファ(アル・パチーノ)とフランク・シーラン(ロバート・デニーロ)との家族ぐるみの付き合いにまで及んだ信頼と友情も上手く描けていました。
年末も押し迫った中で後出しじゃんけんのようではありますが、これが私の今年観た映画の中でのベストです。2番目は、ホアキン・フェニックスがその役に憑依したかのようなおぞましさと戦慄さを味合わせてくれた「ジョーカー」ですね。