このユリウス・カエサルを主題とする物語はルビコン以前で3冊、ルビコン以後で3冊の8巻~13巻までの計6分冊となります。
ポンペイウスの活躍などで、地中海に並ぶものなき覇権を打ち立てた共和政ローマでしたが、国が大きくなるにつれて抱える問題も深刻になりました。
文庫本6巻、7巻の「勝者の混迷」でも紹介されたように、権力が集中した元老院システムの裏にいる既得権益者から中産階級層の権益を取り戻そうとしたグラックス兄弟の改革の試みは、元老院を中心とした反対者に葬り去られました。
そのグラックス兄弟の早すぎた改革の挫折の後に現れたのは地方出身で貴族でもなかったガイウス・マリウスでした。
彼は徴兵制であった兵役を志願制にする軍事改革を行いました。それまで兵役に就くことは直接税と同一視されていたため、無産階級は自腹での兵役を免除されていました。マリウスは有産階級にとって義務だった兵役を無産階級へ「職業」としての兵役を解放したのです。
マリウスの軍制改革は、グラックス兄弟が目指した階級間格差の解消につながりました。無産階級の失業者の多くが職業軍人となり、ローマ軍の戦力も向上しました。庶民の救世主のような改革を行ったマリウスは当然のことながら中産階級・無産階級者に絶大な人気を勝ち得ました。
一方、マリウスの下で経験を積み、後にその最大のライバルとなったスッラは権力を掌握するとマリウス派を粛清し恐怖政治を行いました。スッラは元老院体制を強化するため自ら無期限の独裁者に就任し、強大な権力を背景に、選挙制度改革、失業対策、福祉対策、司法改革、行政改革などを次々と手がけました。
ユリウス・カエサルはマリウスの甥でした。16歳で民衆派の執政官キンナの娘と結婚しました。
キンナもマリウス派として、スッラに殺されました。
スッラはカエサルにキンナの娘と離婚することを申し付けましたが、それを拒否しスッラの迫害から逃れるため国外へ逃避しました。逆風の吹きすさぶ中、彼ははっきり「民衆派」であることの旗幟を鮮明にしたのです。
動乱の中で、先を見通し、大きな賭けにでたともいえる行動でした。
スッラの死後のローマでは、軍事面で天才的な能力を持ったポンペイウスが破竹の勢いで軍功を重ね、異例の出世を遂げていきます。
ローマの覇権がポンペイウスによってますます拡大していくのですが、そうしたことで得られる膨大な利権を元老院が独占する歪んだ構図が浮き彫りになってしまいました。
また、大活躍のポンペイウスに対して、元老院は警戒のあまり、ポンペイウスの権益を彼の意のままには承諾しませんでした。部下への報酬・処遇や征服した東方での権益にポンペイウスは元老院の決定に不満でした。
ここに登場するのが少し遅れてやってきたユリウス・カエサルです。生まれは、B.C.100年です。
結論から申し上げますと、共和政に幕を引き、帝政という新しい枠組みを生み出したのが彼です。
この8巻では、借金まみれで女たらしの出世の遅いカエサルの姿が描かれていました。
37歳にして最高神祗官(じんぎかん)に選ばれます。宗教祭事の最高責任者を元老院の独占から解放し市民全体のものに戻すということで市民集会に訴えました。
この職は名誉職で利権とは関係のない公職で強力な対抗馬はいませんでした。しかし、カエサルにとっては、他の公職との兼任が可能であること、1人きりの公職であること、ローマの官職では唯一公邸がローマの中心フォロ・ロマーノに与えられること等が魅力だったようです。(カエサルは暗殺されるまでこの公邸に住み続けることになります。)
元老院体制という従来の集団指導方式に統治能力はないと考えたカエサルは、元老院を打倒した後の新秩序の中で、発揮できる権威(宗教・住居)の価値をこの37歳にして考えていたことがわかります。
その後、元老院から破格の出世を警戒されるポンペイウス、カエサルに巨額のお金を貸し付け逆に身動きが取れなくなった資産家クラッススと秘かに手を結び、民衆派と元老院が警戒するカエサルが執政官に当選を果たします。カエサル39歳のときです。
それは敵の牙城に楔を打ち込んだことにもなり、やがてこの三人による三頭政治が元老院を凌駕する萌芽でもありました。