
私は、大阪へ旅の途上でTV観戦できなくてとても残念だったのですが、福岡国際マラソンで服部勇馬が優勝しました。
福岡国際マラソンは2日日曜日、福岡市の平和台陸上競技場発着の42.195キロで行われ、服部勇馬(トヨタ自動車)が日本歴代8位の2時間7分27秒で初優勝しました。日本勢の優勝は2004年の尾方剛(中国電力)以来です。
服部勇馬は来年9月15日に行われる東京五輪代表選考会「グランドチャンピオンシップ(MGC)」の出場権を文句なく獲得しました。
前日本記録保持者で東洋大時代に服部の先輩で東洋大の黄金期を共に支えた設楽悠太(ホンダ)も出場していましたが、2時間10分25秒で日本勢2番目の4位でした。
東日本実業団駅伝ではホンダのアンカーとして区間賞の走りでチームの順位を6位から4位にあげてフィニッシュしていました。さすがの走りだったのですが、脚を痛めていたのか本来の絶好調の走りにはほど遠く感じました。不調ながらこのマラソンでも4位で走れる力は逆にたいした選手だと思いました。
園田隼(黒崎播磨)が6秒差の5位。6位の山岸宏貴(GMO)と7位の福田穣(西鉄)も2時間10分台で走り、新たにMGC出場権を手にしました。
川内優輝(埼玉県庁)が途中でトップ集団から脱落するのはいつものパターンでしたが、ボストンマラソンのような後半の怒涛の追脚が見られず10位に沈んでしまいました。
現在25歳の服部勇馬は東洋大時代に主力として箱根駅伝の総合優勝を経験するなど、早くから才に恵まれていると評されつつも、これまで3度のマラソンでは毎回35キロ以降に急失速していました。
昔、カネボウに駅伝ハンターと異名をとった早田俊幸という選手がいましたが、やはり30㎞以降脱水症状を起こすのが癖になってマラソンで大成できなかったことをこれまでの服部勇馬の走りは彷彿させていました。
でも、練習の成果が出たのでしょう。この福岡国際マラソンでの服部勇馬は別人でした。
アフリカ勢2人と並んで35キロをトップ通過した服部には、マラソン4度目にして初めて感じる余裕がありました。
給水ポイントから力みの全くないフォームでするするとピッチを上げ2人を振り切ってしまいました。35キロまで5キロ毎のラップタイムは15分台だったのに、最もきついはずの35~40キロの5キロを14分40秒で走りきったのです。
一気に後続を引き離し、終わってみれば2位に1分半近い差をつけぶっちぎりでゴールしました。
五輪の代表枠は3枠です。2019年9月15日に実施されるMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)で優勝と2位が選出され、最期の1枠はMGCの後の国内主要3レースで設定された記録を突破した最速選手に与えられます。
大迫傑、設楽悠太に続いて服部勇馬も有望代表候補に名乗りをあげてくれました。