
銀座シネスイッチで観ました。
最近、銀座シネスイッチで上映される作品がヒットしていますね。
先月観た、山崎努と樹木希林共演の「モリのいる場所」に続いて、この「フジコ・ヘミングの時間」も多数の立ち見観客であふれかえっていました。
2014年の4月に「世界の果ての通学路」という映画があって、このときも立見であふれかえっていたシネスイッチ銀座の劇場が印象的でしたが、私にとってはそれ以来の驚きの盛況ぶりの「入り」具合でした。
イングリッド・フジコ・フォン・ゲオルギー・ヘミングは東京音楽学校(現・東京芸術大)出身のピアニスト大月投網子(とあこ)とスウェーデン人美術デザイナーフリッツ・ジョスタ・ゲオルギー・ヘミングを両親としてベルリンで生まれました。
5歳のときに、一家で日本に帰国し、母の手ほどきでピアノを始め、10歳でレオニード・クロイツァーに師事し、青山学院高等部在学中の17歳でコンサートデビューを果たしました。(16歳のとき中耳炎をこじらせ右耳の聴覚を喪失)
東京芸術大に進み、NHK毎日コンクール音楽賞入賞、文化放送音楽賞受賞等で頭角を現しますが、18歳でスウェーデン国籍を失い無国籍になっていたため、東京芸術大卒業後のヨーロッパ留学の夢が断ち切られます。
大学の同級生たちが華々しく海外留学に向かう中、彼女はレストランのピアノ弾きのアルバイトをしながら悶悶とした日々を送ります。
彼女のピアノに感銘したドイツ駐日大使の計らいで、彼女が難民としてドイツに渡航しベルリン芸術大に留学できたのは29歳のときでした。
音楽大を優秀な成績で卒業後、ウィーンで後見人でもあったパウル・バドゥーラ・スコダ氏に師事し、作曲家・指揮者として世界的に有名なのブルーノ・マデルに才能を認められソリストとしての契約もとれ、1969年にレナード・バーンスタイン等の推薦でウィーンでリサイタルが決定しました。
しかし、その直前に風邪をこじらせ(貧しさで、真冬の部屋に暖房をつけることができなかったためとしている)、聴力を失うというアクシデントに見舞われ、やっとの思いで掴んだ大きなチャンスを逃すという憂き目を見ることになったのですが。
既に16歳の頃、中耳炎の悪化により右耳の聴力を失っていましたが、この時に左耳の聴力も失ってしまい、フジコは演奏家としてのキャリアを一時中断しなければならなくなりました。
失意の中、フジコはストックホルムに移住し、耳の治療をし(左耳の聴力は40%程度回復)、音楽学校の教師の資格を得て、以後はピアノ教師をしながら欧州各地でコンサート活動を続けました。
母の死後、1996年に日本に帰国、1999年のNHKドキュメント番組をきっかけに再び注目を集め、メジャー・デビューの幸運に巡り合えたのは60歳代半ばを越えてからでした。
80代を越えた今でも世界中で演奏活動を続ける彼女の波乱万丈のエピソードが盛り込まれた映画でした。
彼女の発する一言一言が心を打ちます。
「私、苦労したわよ。人と違っていたから。」、この一言に彼女が長らく失意の日々を過ごしようやく地獄の窯から這い出てきたって印象を強くしました。
映画では少女時代の絵日記で過去の出来事を振り返っていました。
配給制なのに外国人扱いされて食べものがもらえなかったこと、ピアノ教師をしながら厳しくフジコを育てた母との確執や家族を置いて日本を離れて戻ってこなかった父への複雑な感情、音楽へのキャリアが開きかけたとき襲われた聴力障害の悲運等のエピソードがわかりやすく描かれていました。
それと対比して今の世界中を駆け回る私生活も活写されていました。
猫や犬に囲まれた生活、乞食への小銭の施し、店先の鉢からこぼれ落ちた花をもとに戻す姿、どれもが気負いがないさりげなさに彼女の人柄がうかがえます。
古い家具や古い町並み等への愛着が強く、行くたびに変わる日本の街並みには少々辟易気味なところも面白かったです。
演奏スタイルも独特です。小さい頃教わったレオニード・クロイツァー氏の影響でしょうか、歌を謡うように弾くのだそうです。音のひとつひとつに色をつけるように弾くのだそうです。
そんな彼女が「日々の行いが表れる曲」として大切にしているのがフランツ・リスト作曲の「ラ・カンパネラ」です。
この映画では、2017年12月1日の東京オペラシティで行われたソロコンサートの5分に及ぶ「ラ・カンパネラ」の演奏がフルバージョンで映し出されています。
世界のあちこちに家を持つ優雅な生活を獲得するに至るまでに乗り越えなければならなかった苦難の一つ一つをなぞるかのような圧巻の音階が、農婦のような太い骨ばった指から叩き出されます。
魔女のような服装に身を包みながらも一方で少女のような感性を維持し続けている、なんとも形容しがたい魅力あふれるフジコ・ヘミングの音楽と人柄を描いた映画でした。
この映画は、数々の苦難に見舞われても、夢をあきらめずに頑張っている多くの人への勇気に満ちた賛歌となることでしょう。
余談ながら、この映画を観て、古川薫の直木賞受賞作の「漂泊者のアリア」を思い出しました。
戦前から戦後にかけて世界的に活躍したハーフの男性オペラ歌手「藤原義江」の生涯を描いた作品です。
英国人の貿易商を父に、下関の琵琶芸者を母に持った義江の波瀾の半生記です。
両親に疎まれた不幸な生い立ちは同情せざるを得ませんが、それを補って余りあるダメ男っぷりに感嘆してしまいます。金にだらしなく、女性に目がない主人公の放蕩の人生は、タイトルの漂泊者というより、世界を股にかけたいきあたりばったりの出たとこ勝負人生でした。
“歌に生き恋に生き”世界的に名を馳せたオペラ歌手藤原義江の生きざまは、幼いころから培った自分の流儀を貫き通し晩年に大輪の花を咲かせたフジコ・ヘミングとは対極の人生に見えました。