
パール・バックは1892年アメリカのバージニア生まれの小説家です。生後3ヶ月で母と中国で宣教師として活動していたの父親の元に引き取られました。中国名も持ち、乳母も中国人、英語よりも先に中国語を話したパールは幼い頃は自らを中国人だと思っていたそうです。大学で学ぶためアメリカに帰国しますが、卒業後は中国へ戻り教鞭を取り、本格的な執筆活動も中国で行いました。
1931年の「大地」が大ヒットし、翌年にはピューリッツァー賞、数年後にはノーベル文学賞が送られました。アメリカ人ですが、中国で育った彼女ならではの視点から綴った物語で不自然さがなく深い洞察力を感じます。
時代背景は、太平天国の乱が起こる1850年くらいから、辛亥革命(1911~1912年)の後あたりまでだと思われます。
山崎豊子も中国の残留孤児を題材に「大地の子」という小説を書いています。私の勝手な想像ですが、山崎豊子の学生時代の愛読書の1つがパール・バックの「大地」であったことから、「大地の子」はパール・バックの「大地」から連想されたタイトルなのではないでしょうか。
さて、お話ですが、具体的な地名も時代説明もありません。歴史小説好きな私としてはちょっと残念でしたが、物語の展開のテンポがリズミカルで面白く読めました。
ただモデルとされた場所はわかっています。夫で農業研究者のジョン・パックとパール・バックが一緒に住んでいた中国安徽省の宿州のようです。彼女の居住後には、「大地」が書かれた場所としてかその付近が小説の舞台とされたからか、おそらく両方でしょうが、パール・バックの像が飾られているようです。夫の仕事を通じて中国現地の農業問題に精通していたのですね。そうした経験と知識は見事にこの作品「大地」で実を結んでいます。
王龍(ワンロン)が結婚するところから始まります。黄(ホワン)家という大金持ちのお屋敷の奴隷女をもらうんです。(当時の中国ではそういう風習が普通にあったようです。)不通に貧しい農民の王龍にはまともな結婚相手がいないんです。若くて美しい女だと、若旦那などの慰みものになってしまっているので、あえて若くも綺麗でもない奴隷女を頼みます。そうして結婚したのが阿蘭(アーラン)でした。
贅沢はいわない王龍ですが、がっかりしたことが1つありました。阿蘭の足が大きかったことです。この頃の清朝では、女の子は小さいうちから纏足(てんそく)をする風習があり、奴隷女ですから纏足はあり得ないのですが、足は小さいほど品があるというか美人とされていたようです。
ただこの阿蘭はとんだ拾い物でした。王龍がどの程度認識できていたかわかりませんが、岡目八目の私にはわかります。結果から申しますと「福の神」でした。貧農の王家の繁栄を下支えしたのは彼女でした。
後々、お金持ちになった王龍が第二夫人を持つことになります。阿蘭はこのとき、三人の男の子、白痴の長女、男女の双生児を生んでいましたが、その末っ子に纏足を施していました。
「纏足しないと、お母さんがお父さん(王龍)にかわいがられないように、お前(末娘)もお嫁に行ったとき、可愛がられなくなるからね」というのが口癖だったようで、それを娘から聞いた王龍が、阿蘭が彼にとって最初の女であり、どれほど忠実だったかを思いめぐらすシーンがありました。
確かに嫁に来た阿蘭は若くも美しくもなく足も大きいのですが、奥さんとしては相当いいです。お屋敷でいろいろ経験している上、元々奴隷として売られるほどの貧しい生活にも慣れていますから、家事全般の切り盛りに無駄がないのです。妊娠していてもいざという時まで働いて、誰の手も借りずにたった1人で子供を出産すると、またすぐ畑を耕すのを手伝います。すごい生命力と生活力の持ち主です。
ちょっと、的外れかもしれませんが、第一部「大地」の私のイメージは、落語の「芝浜」でした。波乱万丈の物語で落語ほど単純に片づけられませんが、根幹は内助の功によって夫婦が謙虚で勤勉な生活を過ごすうちにお金が貯まり貧乏暮らしから抜け出せるって噺でした。
奥さんの働きによって夫が出世するという話では司馬遼太郎が「功名が辻」で描いた「山内一豊の妻」のお千代が有名ですが、お千代に比べてこの阿蘭が大いに勝るところは、ほとんど喋らなくて黙々と働くところです。愛嬌もありませんがでしゃばることもなく分をわきまえています。
元々王龍も向上心があり勤勉です。長男、次男と子宝にも恵まれいっそうの励みになります。妻も質素には慣れており働き者です。少しづつ貯めたお金で、贅沢しすぎてお金が不足気味となった地主の黄家から少しづつ土地を買い増していきます。この二人にとっては黄家から土地を買うというのが何よりの生きる励みになっていたようです。
しかし、いいことは長続きしません。降るべき雨が降らず、王龍が暮らす地方一体は大干ばつに襲われ大飢饉を経験します。
食べものを求めて父と男の子2人、娘1人を連れて南へ行く決心をしますが、阿蘭の強い意志もあって土地は売りませんでした。
移動した南の地では阿蘭にはどうやらその経験があったらしいのですが父と子供を連れて乞食をします。王龍は車引きです。生活は最低ですが食べものが豊富な南では金持ち達が難民救済所の食事のようなものを施してくれていて何とか食つなぐことはできました。
王龍にとっては初めての経験でしたが、こうした経験を積んだことのあるらしい阿蘭の落着きが頼もしく感じられる生活が続きます。
そうこうしているうちに、太平天国の乱だと思うのですが、この地方に戦火が及ぶようになり、その混乱に乗じて王龍は富豪の家から沢山の銀貨を入手することに成功します。ここでも阿蘭の嗅覚が働き、王龍のせしめた銀貨の他に阿蘭もちゃっかり宝石の類を手にしました。
金を手にした王龍らは北の自分たちの土地に戻ります。この場面は読んでいて「風と共に去りぬ」を思い出しました。戦火の中を立ち尽くす女主人公が、自分の生まれ育ったタラの土地へ戻ろうと決心するがのごとく、王龍と阿蘭には戻る土地がありました。
一家が戻ったとき家は空き巣の好き放題に荒らされていましたが、土地は当然のことながらしっかり残っていました。
南で棚ぼたのようにして得た金で、あばら家を整え、種や農具を買い、再び農民としての生活を始めました。土地もさらに買いましていき、小作農も多く雇いました。近所にいた陳という勤勉な男が信用できることから小作農頭として目を配ってもらう体制も構築しました。
金が貯まってくると土地を買い続け、やがて零落した黄家の邸宅までも買い取るまでになります。
お金はあるけど字が読めない自分に対する反動から、新たに生まれた三男を除いて長男と次男には農業をやらさず学問をさせることにしました。子どもはさらに男女の双子が生まれています。
南へ放浪したとき、北へ帰る旅費を捻出するために売ろうかどうしょうか迷った長女は口が利けませんでした。後でわかったのですが知的障害を抱えていました。結局、太平天国の乱と思われる大混乱の中で思わぬ金銀宝石を手にしたため長女は共に帰郷を果たします。
実はパール・S・バックの娘も知的障害者でした。王龍は非常にこの娘を可愛がり、使用人に「私が死んだらこの子はどうなるのか? 私はこの子の将来が恐ろしい、しかし自分の手で殺すのももっと恐ろしい」という趣旨のことを話すシーンがあります。パール・S・バックは自らを王龍に見立てて自分の心配していることを語ったのではないでしょうか。
この頃、王龍には男孫11人、女孫8人いました。糟糠の妻・阿蘭も亡くなり、その阿蘭には面白くなかったでしょうが、質素な阿蘭が肌身離さず持っていた唯一の贅沢である真珠を取り上げてプレゼントしたほど熱を上げた第二夫人の蓮華も太ってみにくくなってしまっていました。
その蓮華に仕えていた小女の梨花(ホウカ)に王龍は手を付けてしまうのですが、彼女から白痴の娘の面倒をいつまでもみると言われて彼は心から梨花の言葉を有難く思うのでした。
一方で、三男は家を出て軍に入隊し、家にいる長男と次男は農業には全く興味はなくすっかり老衰した王龍亡き後、土地を売る相談をしているところでこの第1巻が終わっていました。