「ハート・ロッカー」(08)で女性初のアカデミー賞を獲得したキャサリン・ビグローの作品です。キャサリン・ビグローといえばジェームス・キャメロンの元妻とか作家の樋口毅宏からアメリカの由美かおる(不老美女)とか呼ばれていましたが、オスカー受賞後のオサマ・ビンラディン暗殺を指揮したCIA女性分析官の活躍を描いた「ゼロ・ダーク・サーティ」(12)も刮目に値しすっかりメジャーネームになったように思います。
そして待望のこの「デトロイト」です。1967年のデトロイト暴動から50年に当たる2017年に撮影されました。オスカー受賞の女性監督作品としてアカデミー賞の呼び声が高いのかと思いきや、2017年の12月のアカデミー賞の前哨戦と言われるゴールデングローブ賞でどの部門でもまったくノミネートされなかったのです。そして今年の1月24日のアカデミー賞ノミネートでも全くの空振りでした。
パンフレットに踊る「アカデミー最有力候補」の字が空しくも目立っていますね。
逆に、何故アカデミー賞からそっぽを向かれているのだろうということが気になって映画館(TOHOシネマズシャンテ・・・TOHOシネマズ日比谷が3月29日頃のオープンで閉館かと思っていましたが、閉館は有楽町マリオンのTOHOシネマズ日劇ですね。すでに2月に閉館となっていました。TOHOシネマズスカラ座とスバル座は休館になる予定だそうです。TOHOシネマズシャンテはまだしばらく継続するって言っていましたが、日比谷ミッドタウンの中のTOHOシネマズ日比谷がオープンするとその存在感は微妙ですね。ただ、これまでも他のTOHOシネマズで公開しないような作品の差別化はしてきていましたので断言はできません。)に足を運びました。
冒頭、アメリカの黒人の歴史のダイジェストがアニメで語られます。そしてデトロイトの暴動に話が移行します。
暴動の全容が語られるのではなく、ここでは群像劇が展開され、暴動そのものはこのドラマのマクラ(前口上、状況説明)のような描かれ方でした。刑事、ミュージシャン、ベトナム帰還兵、フォード工場の労働者等が点描されます。そこから点描されていたこのドラマのメインキャラクターたちがこの映画のメインの舞台であるアルジェ・モーテルに集うのです。
ここからは密室劇(登場人物は、白人警官3人、州兵1人、黒人警備員1人(ジョン・ボイエガ)、モーテルの泊り客である若者8人です。白人女性2人、その遊び仲間の黒人3人、黒人シンガーのタマゴ仲間2人、ベトナムからの帰還兵の黒人1人)へと移行するのです。
そのアルジェ・モーテル事件の背景にあったデトロイト暴動からドキュメンタリータッチで回されたカメラワークはその異様な緊張感を暴動シーンから密室での捜査目的の警官の拷問シーンでさらに高めていきます。
密室の外での暴動シーンでは傍観者でいられた映画観客もその密室内での目を覆う警官暴力には傍観者ではすまされないような緊張感を強いられるのです。
この映画は142分の映画ですが、この密室劇は観客をその実際の暴力現場に誘い込む意図があったのでしょう。拷問シーンはたっぷり40分余り続きます。
暴動で緊張したモーテルの窓の外に向かって、競技のスターターのピストルを1人の黒人の若者が発砲(空砲なのですが)したことから、モーテルは軍と警察に取り囲まれます。 デトロイト市警の白人警官クラウス(ウィル・ポールスター)は出会いがしらに現れた黒人を射殺し、残った宿泊者7人(白人女性2人を含む)に発砲した武器の在処と誰が発砲したのかという自白を強要していくのです。その暴力の凄まじいこと。 脅しのつもりから暴力をエスカレートさせてこの警官たちは結局黒人の若者3人を射殺してしまいました。
この暴力警官を演じる英国男優のウィル・ポールターの演技がいいですね。童顔ですが、自分は正しいことをおこなっているんだという自信が揺らがないところが逆に怖いです。アカデミー賞にノミネートされていたら私なら主演男優賞に一押しの演技でした。
構成からしますと、アニメの黒人の歴史紹介、そして一幕目はデトロイトの暴動事件、二幕目はその暴動には一切かかわりのないモーテルに宿泊していた8人の若者がデトロイト市警の3人の警官にリンチで告白を強要される事件、そして最後は事件後の裁判で白人警官3人が無実の判決を勝ち取る後日談ということになっていました。
拷問を受けたモーテル宿泊の8人のうち3人が丸腰であるにもかかわらず射殺されたこのアルジェ・モーテル事件で生き残った5人の中から白人の女性美容師、当時の警備員、そしてグループのヴォーカリストの3人がこの映画撮影のアドバイザーとして参加しました。
この映画は歴史の闇に葬られかけていた事件に光をあてています。1992年のロス暴動に発展したスピード違反の黒人射殺事件、そして2016年も警官に殺された黒人は300人を下らない中、警官が裁判で有罪になったのはわずか1%という現状です。50年経った今でも厳しい問題にアメリカは直面しています。
何故この作品がアカデミー賞ノミネートから無視されたのかは結局わかりませんでした。 十分にキャサリン・ビグローらしい緊張感あふれるカメラワークでメッセージ性の高い作品だったと思います。 黒人差別問題の闇の深さも知ることができました。