先々月、観た映画の中にケーリー・グラントとエヴァ・マリー・セイントが共演した「北北西に進路を取れ」(1959)がありました。そのとき「南果歩似」だと思ったエヴァ・マリー・セイントの助演女優賞受賞作品のこの「波止場」が気になって、Tsutayaで借りて観ました。
あのマーロン・ブランドが、二枚目なのにびっくりしました。この好青年があのゴッドファーザーのドンの顔になっていくのですね。
「波止場」(はとば、On the Waterfront)は、エリア・カザン監督の代表作の1つで、アカデミー作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞(エヴァ・マリー・セイント)、脚本賞、撮影賞 (白黒部門)、美術監督賞 (白黒部門)、編集賞の8部門で受賞を果たしています。
主演のマーロン・ブランドはこの作品でアカデミー賞の主演男優賞を受賞し名実共にトップスターになりました。
しかし、翌年、育ての親ともいえるエリア・カザン監督の次の大作「エデンの東」の主役のオファーを蹴ってしまいます。
これはカザンが、当時アメリカを吹き荒れていた赤狩りの追及に負けて同じような容共的な仲間をジョセフ・マッカーシー率いる非米活動委員会にチクったことに対して憤慨していたからだそうです。
マーロン・ブランドに替わって出演したジェームズ・ディーンがその映画「エデンの東」でスターになりました。 不思議な巡りあわせです。
この映画「波止場」は、ピュリッツァー賞を受賞したマルカム・ジョンスンの有名な暴露記事「波止場の犯罪」を資料にして、小説家バッド・シュルバーグが脚本を練り上げました。
ニューヨークの港を舞台に、マフィアのボスに立ち向かうある港湾労働者の姿を描いた1954年制作のアメリカ映画です。
余談ながら、司馬遼太郎の「ニューヨーク散歩」という本を読むと、アメリカが移民の国だということがよく理解できます。 港湾労働者に対する記述もありました。 司馬遼太郎氏もこの映画「波止場」を観ていた可能性は高いなという想像を楽しみました。
最初にアメリカに渡ったのが、ホワイト、アングロ・サクソン、プロテスタント、俗称WASPという人たちでホワイトカラーの仕事につき、次にアイルランド系の人たちが渡って警官、消防士、軍人等の職を占めてしまいます。その他、ブルーカラー系の労働にも携わりますが、その労働に従事していた黒人との間に深い確執が生まれたことにも触れていました。その後にやってきたイタリア系移民は、さらに下級の肉体労働に従事することになりました。港湾労働者としての仕事にその多くが就きました。問題を起こしてはアイルランド系の警官に取り締まられる構図はこの頃誕生します。そのあたりの背景を司馬遼太郎氏は、エッセイ風に軽やかな筆さばきで要領よくまとめてくれています。その手腕はさすがです。
地元のマフィアが仕切る波止場は、労働の供給も、労働者たちの憩いの場(酒場、賭け事)の提供も、マフィアの思いのままという無法地帯でした。マフィアのルールに逆らうものは命さえ落としかねない状況でした。
そういう中、マーロン・ブランド演じる若者テリーが登場します。兄がマフィアの使い走りで、兄に頼まれたことで八百長に手を染めたことでボクサーを辞めさせられ、波止場で荷役をする日雇い労働者として働いています。
そんなある日、地元のマフィアの顔役の命令で、テリーは古い友人を呼び出し、結果的に殺害に関与してしまうことになります。顔役は自分の既得権利を守るためなら手段を選びません。テリーも最初は知らぬが仏と逆らわないことにしていましたが、死んだ友人の妹イディ(エヴァ・マリー・セイント)に出会います。兄の死の真実を求める彼女の姿に心動かされ、テリーは次第に、信念に基づき生きることに目覚めていきます。
テリーの反抗的な行動に対し見せしめのように彼の兄も殺されてしまいますが、テリーは港湾内の殺人事件の証言台に立ちます。そして、彼の不屈の精神が他の港湾労働者たちの共感を呼び、労働者たちもマフィアに向かって立ち上がる姿が描かれていました。
マフィアという巨悪に対する正義とも、共産党員だった監督の思いが込められているようにも思える微妙な映画でした。
1952年、アメリカ下院非米活動委員会によって、共産主義者の嫌疑がかけられた元共産党員であるエリア・カザン氏が司法取引に応じて、共産主義思想の疑いのある者として友人の劇作家・演出家・映画監督・俳優ら11人の名前を同委員会に売った話はあまりに有名です。
その仲間を売ったことで、彼は演劇界・映画界において精力的に活動を続けることができ、名作と呼ばれる作品の誕生に数多く関わっていくことができましたが、この告発行為は、後のカザン氏の経歴およびその作風に暗い影を落とすこととなりました。
1998年、長年の映画界に対する功労に対してカザン氏はアカデミー賞「名誉賞」を与えられましたが、赤狩り時代の彼の行動を批判する一部の映画人からはブーイングを浴びせられました。
賞のプレゼンターはマーティン・スコセッシとロバート・デ・ニーロで、共にその赤狩り時代の映画人の苦難の物語を描いた「真実の瞬間」’91に出演していました。ロバート・デニーロがマッカーシズムに揺れるハリウッドで共産主義者の疑いをかけられた映画監督の主人公を演じていました。
リチャード・ドレイファスは事前に授与反対の声明を出し、ニック・ノルティ、エド・ハリス、イアン・マッケラン等は、受賞の瞬間も硬い表情で腕組みして座ったまま、無言の抗議を行なっていました。スティーヴン・スピルバーグ、ジム・キャリー等は拍手はしたが、起立しませんでした。起立して拍手したのはウォーレン・ビーティやヘレン・ハント、メリル・ストリープ等でした。
通常は名誉賞が授けられる人物には、全員でのスタンディングオベーションで暖かく賞賛されるのが慣例ですので、このカザン氏の受賞は異例で会場内は異様な空気に包まれていました。
去年観た映画「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」は、マッカーシズムによる「赤狩り」の嵐に吹き上げるハリウッドで、議会侮辱罪で禁固刑を受けながら偽名で脚本を書き続けた脚本家ダルトン・トランボの不屈さを描いたものでした。 あの有名な「ローマの休日」でアカデミー賞を偽名で受賞した脚本家です。
監督の人間性はともかく、いろいろなことに思いが馳せられた映画「波止場」でした。
余談ながら、この「波止場」にちなんで、一時邦画でも小林旭や石原裕次郎を主役とした「波止場」シリーズが一世を風靡しました。曰く、「赤い波止場」、「悪名波止場」、「波止場無法者」、「波止場の鷹」、「波止場野郎」・・・・。