アカデミー賞作品賞・脚色賞に輝いた作品ということもあって、TOHOシネマズシャンテのチケット売り場では、上映30分前からの回が完売、その次の回も残り席は前列付近しか空きがないという盛況ぶりでした。
単純な構成の映画なんですが、観客の心に響いてくるものが大きいと思えた映画でしたよ。東京江戸川区の西葛西も、インド人にとっては、ブルックリンのようなものかもしれませんね。
個人によってそれぞれ経験の違いがあると思いますが、たとえば、私は、山口県の片田舎の高校を卒業して、大学に通うため、初めて大阪という都会で単身生活を始めた時の不安な気持ち、職住が東京となり、何十年ぶりかの同窓会で田舎に帰ったとき多少なりとも感じさせられる優越感に近い都会っ気等をこの映画に見出してしまいました。
なんとなく懐かしい肌触りの映画である一方、主人公のシャーシャ・ローナンがよかったですねぇ。まだ22歳ですよ。あどけなさが残るノーブルな顔立ちで、ボーイフレンドになるイタリア系の小柄な左官工に比べ大柄でした。ぼんやりしているようで、未来を切り開く意思はしっかりしているところも好感度大でした。
映画が終わった後、家内が言うには、「あのイタリア人は彼女が帰国する際結婚していて良かったねー」でした。さもなければ、絶対、あのままアイルランドで結婚して、アメリカには帰らなかったというのです。シアーシャ・ローナン演じる主人公のエイリッシュにどっぷり感情移入した映画の見方をしていたようです。
「女心と秋の空」って言葉の実感を味わされた感想でした。
私は、狭くてプライバシーのない後ろ向きのアイルランドの片田舎で恵まれた上流階級の御曹司と退屈に暮らすより、字は書けなくても自分で将来を掴み取ろうとしているイタリア系青年と貧しくとも失敗を恐れず前向きに夢と希望に溢れたブルックリンでの活気のありそうな生活を選びますよ。
因数分解すると、アイルランドの田舎の上流階級の御曹司 VS 都会であるニューヨークの教養はないけど夢に向かって突き進む左官工という選択肢だったんですね。
主人公のシアーシャ・ローナンの表情が実にいいですね。50年代の時代設定の中で輝いたヒロインでした。私にとっての今年のアカデミー主演女優賞は、断然、彼女です。(実際の受賞者は「ルーム」のブリー・ラーソンでしたが)
第二次大戦後の好況が続くアメリカに向かって、欧州の多くの人々が夢と希望をもって移民した1950年代、この映画の主人公エイリッシュもニューヨーク市ブルックリンに職を求めて渡ります。
アイルランドから、ニューヨーク・ブルックリンに移民したての頃は、田舎臭さが抜けなかった彼女も、ホームシックを克服し、夜間大学で簿記(この映画でBook Keepingの発音が「簿記」って聞こえます。「帳合」と翻訳していた福沢諭吉もこの音の類似性から「簿記」という訳語に変更したいきさつを納得させられました)を学び、やがてイタリア系移民のボーイフレンドができるにつれ、驚くほど洗練されてきます。(ブルックリンに移っての最初の職がデパガでした。ちょっと「キャロル」のルーニー・マーラーのデパガとイメージが重なってしまいました。)
移民とマイノリティの街に渡った、アイルランド女性の努力と決断が、等身大ですがすがしい成長物語でした。
余談ですが、ボーイフレンドの弟の台詞から、アイルランド系アメリカ人の比率が特に高い職業が警官だってことがわかります。
警官だけでなく、消防士、大工、軍人も多いのですが、グレートブリテン王国でもあったブリテン島のプロテスタント対アイルランドのカトリックという差別構図は移民先のアメリカにもそのまま移ったようです。(アイルランド総人口450万の約10倍が米国に移民したと伝えられています、元大統領のケネディもレーガンもアイリッシュ系です)
プロテスタント=ホワイトカラー、アイリッシュ=ブルーカラーって感じですかね。 ブルーカラーの多いブルックリンで頑張って、橋を渡って、裕福でホワイトカラーの多いマンハッタンに移るというのもアメリカンドリームの縮図のようで面白いですね。