直木賞受賞作の「サラバ」下巻は、いきなり神戸の大震災から始まります。 主人公”僕”の姉さんや親友の「須玖」がその影響から、すっかり人が変わっていくことが描かれていきます。 上巻のほのぼのした明るいトーンから、やや不穏な感じを強めていきます。
やがて、その関西の地を離れ、東京で大学生活を謳歌します。”僕”のモテキの絶頂期でしたが、卒業しコピーライターのようなバイトを続けますが、やがて毛髪が薄くなり、生活も女性関係もだんだん落ち目になってきます。
お姉さんに説教され、出家したお父さんに会って話を聞き、離婚後、男遍歴が盛んだったお母さんにも話を聞き、東北大震災の後、子供時代過ごしたエジプトにヤコブを訊ね、「サラバ」という言葉に再び出会います。そして気づくのです。「僕は生きている。生きていることは、信じていることだ。僕が生きていることを、生き続けていくことを、僕が信じているということだ。」
そして、僕は、自分の半生を小説に書こうと思い立ちます。
僕は言います。 「だからこれを読んでいるあなたには、この物語の中で、あなたの信じるものを見つけてほしいと思っている。」
「ここに書かれている出来事のいくつかは嘘だし、もしかしたらすべてが嘘かもしれない。登場する人物の幾人かは創作だし、すべての人が存在しないのかもしれない。僕には姉などいなくて、僕の両親は離婚しておらず、そもそも僕は男でもないかもしれない。」
この文を読んだとき、この小説が、僕という「他人の目を気にする」主人公でもあり、エキセントリックで、「他人の目をきにせず、我が道を驀進し、かつ絵心のある姉の一面を併せ持つ、西加奈子自身が、半分自伝小説、半分西加奈子版の「ホテル・ニューハンプシャー」を書き上げたのだと確信しました。
「ホテル・ニューハンプシャー」は次男ジョンの視点から語られる悲喜こもごもの出来事と、それを乗り越えて、逞しく生きていく、少し風変りな奇人・変人の気のある家族の物語でした。 この「サラバ」に相通じるものがあります。だからこそ、著者「西加奈子」もこの小説の中で、何度か、このジョン・アーヴィングの小説に触れているのだと思います。
エキセントリックで、あれだけ家族の世間体を粉々に打ち砕いていた問題児のお姉さんが、チベットを始め世界を彷徨う旅をした後、信じるものを見つけ、悟りを開き、”僕”に説教を施すシーンが少々噴飯ものですが、それはそれで、人は変われるんだという力強いメッセージとも受け取れます。
この下巻で強烈に印象に残ったシーンが2つあります。
1つめは、”僕”の彼女澄江からの電話をとると、澄江の叫んでいる声が聞こえ、それが澄江がセックスするときに立てる声で、僕は自分の恋人が他の男と性交の最中の何かの拍子に電話が僕を呼び出したハプニングに驚きつつも、最後までその行為を聞き、やがて電話が繋がっていることに気付いた澄江が驚いて電話に出たときに「そちらがかけてきた」と言って”僕”が冷たく電話を切るところです。 まさに、ホラーであるしスリラーですね。 そして折り返してきた澄江に言われるのです。「いつまでそうやっているつもりなの?」
もう1つは、澄江に裏切らられ、落ち込んでいたとき、自分の気のおけない友達で3人仲間だったうちの2人の須玖と鴻上(女性)が交際を始めたときのシーンです。「須玖がティラミスを見つけたように、鴻上は須玖を見つけた」事実に僕はうろたえ、思わず鴻上の股が緩かった大学時代の過去の出来事を鴻上の前で須玖に告げるのです。 が、須玖はその事実を知らされていて自分の恋人のビッチナな過去を恥じていなかったのです。そのことを思い知らされたときの”僕”の気まずさと敗北感です。 ”僕”はそのとき気付きます。「”僕”も鴻上が好きだった。でも、鴻上を彼女とするには彼女のビッチさの過去が恥ずかしかった。」と
生きている以上、恥ずかしき過去もたくさん抱えることでしょう。そうした過去に「サラバ」と決別して、恥じずに生きていこうと決意すること、意思を持つことの潔さこのエピソードの言いたいことがあったのかもしれません。
死ぬことを覚悟して、いまわの際にティラミスに生きるよすがを見出した須玖にとって、鴻上の過去を受け入れ、共に生きる意思をもつことはさほど難しくなかったのかもしれません。 常に他人からどう思われているかを気にし、怯えている”僕”との好対照なシーンでした。
この小説で、出会った音楽、小説、映画の備忘録です。
私は、ニーナ・シモンの「I love you, Porgy」が好きですが、この小説にはニーナ・シモンの「Feeling Good」が何度か出てきていました。主人公の”僕”が、高校時代の親友「須玖」とつるんでいたときに彼と一緒に聴いていた音楽ですが、この小説のエンディングにも「新しい世界が始まる 最高の気分よ」という「Feeling Good]の詩が出てきていました。
この小説を読みながら、これらの音楽は、YouTubeで確認できるし、小説や映画情報はスマホのグーグルでチェックできるし、エジプトの地名はグーグルマップで検索できるし、いやはや便利な世の中になりました。
音楽
カーティス・メイフィールドの「Move On Up」
ア・トライヴ・コールド・クエスト
セルジオ・メンデス
小説
チャールズ・ディケンズ 「大いなる遺産」
ウラジミール・ナバコフ 「娘ほどの女の子に性的興奮する男の話」
映画
ジャック・ニコルソンの「さらば冬のかもめ」
「ランディ・クエイドが手旗信号で別れを告げるシーンが、最高に悲しくて、最高に笑えるねん」
ウッディ・アレン「インテリア」
「こわれゆく女」のジーナ・ローランズ
「女は女である」のアンナ・カリーナ
「パリ・テキサス」のハリー・ディーン・スタントン
「ディア・ハンター」の狂った後のクリストファー・ウォーケンのアップ