「隠蔽捜査」シリーズは主人公竜崎伸也の信念と矜持が好きで私が読み続けている警察小説です。
その著者である今野敏は、このスウェーデンを舞台とした「笑う警官」が彼の警察小説の教科書だと言っています。
歴史小説家の伊東潤氏も、高校の時にマルティン・ベックシリーズの「笑う警官」を読んで、面白くて外国小説の虜になった時期があったようです。
スウェーデンの小説といえば、スティーグ・ラーソンの「ミレニアム」三部作がよかったです。 探偵役の助手としてのリスベット・サランデルというお姉さんの強烈なキャラの魅力が半端ではありませんでした。
この「笑う警官」も憂鬱なスウェーデンの風景描写と登場人物の描写が秀逸です。 シリーズ4巻目ということですが、チームの警官仲間のエピソードが多く用意されていてどういう人間なのかはっきり示されています。 だから、彼らの会話の妙が生きています。
主人公マルティン・ベックは何かの事件をきっかけに拳銃を使えなくなり妻子と別れて暮らしているストックホルム殺人課の警視です。船の模型制作が趣味です。部下のコルべり警部はベックの親友でもあり、健啖家です。 ベックの捜査でかき集めた情報等をまとめる才能があります。ラーソン警部はコルベリと仲の悪い武闘派タイプで独身です。車や衣服や身の回りの品は高級品です。メランデル警部は記憶力抜群で歩くデータベースです。
ディテイルの説明が丁寧で歩調テンポの捜査に行き詰まり感がでてきたと思ったら、そこにスイッチが入って速度が上がってきます。物語の構造上の起承転結、序破急のメリハリがしっかり感じ取れます。 物語の半ばまではジェットコースターの頂点に上がる感じで、いったん頂点に達して止まったかなと思ったらそこから一気呵成です。 やみつきになりそうなリズム感のいい小説でした。
186ページあたりまでは、1960年代半ば~1970年代のストックホルムの情景と世相、刑事仲間の人物描写、事件のあらまし、真相に霧がかかったような捜査の迷走ぶりがそれこそ歩くようなペースのスピードで描かれます。
そして、187ページから、ギアが入れ替わって、物語がググッと動き始めます。
メランダー(メランデル)が電話を終え、事務的に言った。「そろそろその頭のおかしくなった大量殺人者を始末しようじゃないか」
ちょっと間をおいてコルべりが応えた。「ああ、そうしよう。そろそろそのときだ。ドアを閉めて鍵をかけるんだ。電話の取り次ぎも止めてもらおう。」
・・・・・・・・・・・・、「殺しは周到に計画されている」マルティン・ベックがふたたび言った。
・・・・・・・・・・・・、「時間はすべて合致する」メランダーはコルべりの絡みにまったく惑わされずに続けた。マルティン・ベックが口を挟んだ。「あとはステンストルムと顔のない男だけか?」「そうだ」メランダーが言った。「バスに乗っていた理由がわからないのはこの二人だけだ」マルティン・ベックが言った。「さて、みんなの頭にある、ステンストルムはいったいバスでなにをしていたか?という問いに答えを与える瞬間がついにきたぞ」コルべりが大げさな言い方をした。
この会議でばらばらの情報が組み合わされ捜査の方針が見えてきます。そして霧がすーっと晴れて一気に事件の真相の全景が見えてきます。このあたりのスピード感とメリハリが実にいいです。
娘からの「笑う警官の冒険」というチャールズ・ベンローズのレコードのクリスマスプレゼントを聴いても笑わなかった心に陰をもつマルティン・ベックが、事件解決後に低く笑うシーンが印象的でした。
秋の夜長には海外ミステリーがいいですね。
この1965年~1975年時代のマルティン・ベックのシリーズ第一作の「ロゼアンナ」を読むか、やはりこの「笑う警官シリーズ」に大いに感化されマイ・シューバル/ペール・ヴァールの後継者とも言われるスウェーデンの推理作家のヘニング・マンケルの最新作「北京からきた男」にも興味がそそられています。