司馬遼太郎は長州出身の軍人・政治家がお嫌いなようです。まずは山形有朋です。坂の上の雲から抜粋しました。
「山県に大きな才能があるとすれば、自己をつねに権力の場所から離さないということであり、このための遠慮深謀はかれの芸というべきものであったが、同時にこの新しい国家の建設のためによく働きもした。それについての彼の芸は、官僚の統御であった。官僚たちから意見を出させ、その意見群のなかから適当なものを選び、それを組織に命じて実行させてゆく。山県はなまじい彼自身が才物でなかったから、こういう官僚統御がたれよりもうまかった。」
「山形は日露戦争より前、ロシアのニコライ2世の戴冠式に日本の皇族の随員としてモスクワに行った。そしてロシアの宮廷の荘厳さに感動した。かれは帰国後、宮内庁に示唆を与え以前の日本皇室と比べると格段に違う荘厳性の高さを実現した。」
「いわゆる明示的な天皇絶対制の基礎をつくったのが大久保利通であり、それを憲法によって制度化して、大久保の思惑よりも明朗なかたちにしたのが伊藤博文であり、その明色を暗色にしておもくるしい装飾をほどこしたのが山形だと思っている。いずれにせよ山形の帝王美学は、日露戦争前のロシアゆきによって着想された。」