奥田英郎の作です。
この作家は軽妙洒脱な作品が人気で、「空中ブランコ」や「イン・ザ・プール」のちょっと変な精神病の医師、伊良部先生主人公の短編等が有名です。沖縄舞台の「サウスバンド」も報復絶倒です。
私は、その前に書かれていた、「邪魔」や「最悪」等の長編が好きなのですが、こちらは巻き込まれ型の映画「ファーゴ」のような思いがけない展開の本格派小説です。この「オリンピックの身代金」はこちらの本格的小説の類に属します。
秋田県出身の島崎国男が何故、東京オリンピックの成功の妨害をたてに国から8千万円のお金を脅し取ろうといういきさつになったのか、国の威信をかけて桜田門警視庁の刑事部と公安部が縦割りの縄張り争いをしながらもオリンピックを守ろうと奮闘する様を、時間を少しづつ前後させながら、さながらドキュメンタリーを観るようにそれぞれの犯人と刑事の立場から描いていきます。手に汗握る攻防です。字を読みながら映像が浮かび上がってきます。明らかに映画化を意識した作品のように思いました。
1964年という日本の高度経済成長が始まろうという息吹と、それでも東京という大都会と秋田の経済格差を浮き彫りにした時代背景等もしっかり書かれており、久々にいい小説を読ませてもらいました。読後に本から目を離し、頭を上げると世界が確実に1mmくらい変わって見えます。
文中に軽妙洒脱な表現がありました。疲労困憊した若い男を表現するのに、「近くで女風呂が火事になったとしても自分はこのままごろ寝を選ぶだろう」と言っています。状況を読者自身の感覚として体感させる心憎い表現だと思いました。
お勧めです。