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WOWOW映画「スピード」

f0090954_11170345.jpg昨日の小平菜緒のスピードスケート記事に続いて、スピード関連で、WOWOW録画映画「スピード」を取り上げてみました。

爆破されたビルのエレベータからの脱出時にスカートがめくれて若い女性の下着が露わになるシーンが印象的だったのですが、その映画作品を何故か「ダイハード」シリーズだったとずーっと記憶違いしていました。

この「スピード」を再度観てそのシーンを再確認することで、その感違いのモヤモヤが吹っ飛んでくれました。

キアヌ・リーブスとサンドラ・ブロックの出世作ですね。

キアヌ・リーブスが短髪の坊主頭で何故かリオ五輪柔道90㎏級金メダリストの「ベイカー 茉秋」とイメージが重なってしまいました。 高速バスを運転するハメになるアニー役のサンドラ・ブロックもほっぺがふっくらして初々しかったです。

元警察の爆発物処理班員ペインが逆恨みで、警察を挑発しリベンジを果たそうとします。

最初の乗客の乗ったエレベーターに仕掛けられた爆弾はロサンゼルス市警察SWAT隊員のジャック(キアヌ・リーブス)等の活躍で排除され、乗客は無事救出されました。ペインは簡単には諦めません。今度は、路線バスに爆弾を仕掛け、ジャックに対応させるよう仕向けたのです。

爆弾はバスの速度が時速50マイルを下回ると爆発することになっています。その爆発を阻止するため走行中のバスに飛び乗ったジャックでしたが、乗客の一人が誤って発砲し、運転手が負傷してしまいます。やむを得ずスピード違反で免停中のためバス通勤していた若い女性、アニー(サンドラ・ブロック)がそのハンドルを任されることになったのです。

お決まりの、暴走バスによるクラッシュシーン続発のパニック映画でした。結構楽しめました。こういうのをジェットコースターアクションというのでしょうね。

1994年の公開映画で、1995年のアカデミー賞で2部門(録音と音響編集)を受賞するなど世界的な規模で高い評価を受けた作品でした。


by zoompac | 2017-03-19 11:18 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画 「アサシン クリード」_粗雑なストーリー設定に消化不良感の残った映画!

f0090954_06090631.jpgイメージとちょっと違った映画でした。

アラビアのロレンスこと、トーマス・エドワード・ロレンスがまだオクスフォード大学の2年生(21歳)だった1909年にバックパッカーとしてべイルートで下船し今のシリアを約半年に渡って旅した足跡を牟田口義郎の「アラビアのロレンスを求めて」という本から知ることができました。

その彼の足跡はシリアの古城巡りといったものでしたが、その中にシリアの内陸のマスヤフの山城がありました。 十字軍時代(第1回1096年~第9回1272年)に名を轟かしたアサシン(暗殺者の語源となりました)教団の根城があったところです。

アサシン教団の根城の南東には11世紀の初めにイスラム教徒の太守によって築城された天下の名城とされるクラク・デ・シュヴァリ古城があります。

この城はやがて十字軍戦争でキリスト教徒の手に渡り、12世紀半ばには聖ヨハネス騎士団に譲渡され増改築を繰り返し13世紀に最盛期を迎えました。 2000人を収容できるこの城は、イスラム世界からは、「喉元に突き刺さった骨」と呼ばれ、反十字軍勢力からすれば驚異の的でした。

聖地エルサレムに存在した修道院が元になり、巡礼者の保護のために軍事化したという点では、聖ヨハネス団騎士団はテンプル騎士団より歴史は古いですが、 第一次十字軍の後はこの2つの騎士団はほぼ同様の活動を行っていたようです。

ただアサシン教団の活動は、キリスト教世界に対する攻撃という単純なものではありませんでした。 教団の創始者はスンニ派で、シーア派をも敵対視し攻撃していたようです。

映画を観る前の私の想像は、時代はこの11世紀~12世紀の十字軍時代で場所はイスラムの地のアサシン教団根城対聖ヨハネス騎士団の拠点での二大敵対勢力の争いだったのですが、映画では15世紀のレコンキスタでスペインからテンプル騎士団によってイスラム勢力が最後の拠点グラナダから駆逐される中アサシン教団の精鋭の兵士達が最後の抵抗を試みる展開が描かれていました。

地中海世界がサラセン人に圧倒され、イベリア半島は718年~1492年までイスラム勢力に覆われた歴史を持っています。レコンキスタというキリスト教徒によるイベリア半島再征服活動により、イスラム勢力はイベリア半島の南に押しやられ最後の拠点となったグラナダが陥落したことですべての領土を失ってしまうのです。

そのグラナダの最後のスルタンの王子をテンプル騎士団の魔の手から守る役をアサシン教団の最後の兵士としてマイケル・ファスベンダーが暗躍するという設定になっていました。

全世界で人気の同名ゲームシリーズを扱ったもののようですが、私はそのゲームに関する知識はありません。またこの15世紀のイベリア半島におけるレコンキスタの中で、テンプル騎士団とアサシン教団との間に映画のような確執があったのかどうかについては詳しく知りません。史実ではなく、ゲームでの設定ということかもしれませんが、いずれにせよ私の想像とは違った話でした。

映画では、時代が錯綜して話がややこしくなっていましたが、15世紀のスペインを追体験しながら、レコンキスタの戦いの中で、暴力といったキーワードで何か世界征服ができそうな秘宝をグラナダのスルタンから手に入れるため王子を誘拐したテンプル騎士団に、アサシン教団の伝説の兵士が立ちはだかるといった構図の話でした。

アサシン教団が正義で、スルタンから王子を誘拐して秘宝を手に入れ世界征服を狙うテンプル騎士団が悪者という設定のようでした。

2016年と15世紀を行ったり来たりの映画でしたが、2016年のテンプル騎士団組織についてはさすがにもう少し説明を加えるべきだと思いました。

テンプル騎士団といえば、莫大な財をもっており、ルネサンス時代にはフィレンツエのメディチ家がその財の運用に銀行業にいそしんだことで有名です。 テンプル騎士団は公には14世紀にローマ法王によって解させられています。その財の一部はテンプル騎士団のメンバーだったポルトガル王(エンリケ航海王)にも渡り、イエズス会からザビエルが日本に布教にやってきた資金をその航海王が援助したと司馬遼太郎氏が「街道をゆく 南蛮の道編」で紹介していました。

解散後のテンプル騎士団は、ルネサンスから大航海時代に移行する中、財を海賊紛いの貿易、交易で運用し財を膨大なものにしやがてフリーメイソンという組織が立ち上がってきます。アメリカの独立宣言に署名した56人のうちの53人がフリーメイソンのメンバーで、ジョージ・ワシントンもその1人だとかは有名な話ですよね。ロックフェラー財閥もフリーメイソンのメンバーだと言われています。

作家の広瀬隆によると、ロス・チャイルド家がそもそも、フリー・メイソンで、兄弟で、ドイツ、イギリス、フランス等にそれぞれ分散し根を下ろしたようです。 フランスではワインで有名なロートシルト(ムートン・ロートシルト)です。

日露戦争の折、イギリスで日本の国債を買ってくれたのもロス・チャイルド/フリーメイソンだという話も有名です。

現在500万人とも言われるフリーメイソンのメンバーですが、この映画ではイギリスのロンドンでしょうか、テンプル騎士団員の最高会議が開催されているシーンがありました。

なんとなく、宗教を悪用して権力と富を追求している組織には思えるのですが、ゲームでもそのような勧善懲悪調に描かれているのでしょうか。

ゲームを知らない者にも理解できる映画にしてもらいたかったですね。

私にとってのアサシン教団員は、金正男毒殺に係った若い女性のイメージのほうがしっくりくるのですが。マイケル・ファスベンダーがカッコよすぎでした。

映画では、アサシン教団員のDNAを持った死刑囚(マイケル・ファスベンダー)が2016年のテンプル騎士団系の財団の研究室(CEO役にジェレミー・アイアンズ、遺伝子記憶再生装置の開発者でCEOの娘: マリオン・コティヤール)の開発した装置で、DNAから過去に遡って、当時のテンプル騎士団の入手した秘宝を現代から送り込んだアサシンのDNAを持つ男に探させる物語となっていました。

そんなことができるのなら、いったんテンプル騎士団が入手したお宝の行方なんて、テンプル騎士団のDNAを持った自分たちで探せばどうなのよと思いつつ、なんだかボタンの掛け違い感いっぱいの映画でした。

マリオン・コティヤール扮する女性研究者の立ち位置も掴めず、消化不良感の残る映画でした。

by zoompac | 2017-03-09 06:08 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画 「スノーデン」_日本にも覆われている米NSAの監視包囲網!

f0090954_07072233.jpg2月にTOHOシネマズスカラ座で観ました。

ハリウッドを代表する社会派監督オリバー・ストーンが、アメリカ政府による個人情報監視の実態を暴いた元CIA職員エドワード・スノーデンの実話を、ジョセフ・ゴードン=レビット主演で映画化した作品です。

「いや~、それにしても、ここまで問題は大きくなっているのか~」って感じの映画でした。

「大統領の陰謀」を先月DVDで観たばかりでしたので、余計感じ入ってしまいました。(タイプライターを叩く音がリズミカルで、緊迫感と疾走感を煽り立ててくれていましたね。時代性も感じられお勧めの映画です。)

ワシントンDCのウォーターゲート・ビルの民主党本部でおきた盗聴進入事件から始まった当時のアメリカ最大規模のスキャンダルとされたウォーターゲート事件でしたが、このスノーデンによって暴露された規模の大きさに比べるとかわいく思えてしまいます。

それだけ世界を駆け巡る情報量が1972年のウォーターゲート事件から約40年後の2013年のスノーデン事件では隔世の感があるということです。IT社会の到来でこの情報量は爆発的に増殖中で、またその情報を検索、分析する技術も飛躍的に向上しています。ある意味、この国家による監視網構築はビッグデータの時代の落し子といえるかもしれません。

最先端IT技術とハッカー集団を駆使してアメリカ国家安全保障局NSA(National Security Agency: 米国防長官直轄)やCIAがやっていることは、ウォーターゲート事件の教訓は何も活かされてないようにも思えます。

それどころか、盗聴、ハッキングのターゲットは国内の政敵という枠から国境を飛び出し、仮想テロ集団から、あらゆる国の政治・軍事・産業の中枢のみならず、世界中の個人のFace Bookやメールにまで及んでいるのですね。

うかつに米国大統領の悪口を書こうものならたちまちキーワード検索でNSAの監視アンテナに引っ掛かり、逆に発信元の個人のスキャンダラスなプライベート生活まで監視下に入るという怖いエピソードが紹介されていました。

ウォーターゲート事件はアメリカで起きたことと割り切れましたが、このスノーデンが暴露した事実は他人事ではありません。

この映画でも、スノーデンがしばらく日本の米空軍横田基地内にあるNSAの日本本部で働いていたエピソードが紹介されていました。日本で飛び交う情報ももしっかりNSAの世界監視網の管轄下にはいっているのです。

何故、日本のメディアがこの問題をしっかり取り上げないのかわかりませんが、2013年に強行採決された(特定)秘密保護法って不気味ですね。(2011年の3.11の東北大地震の福島第一原発のニュースも海外のメディアでは日本のメディアが報じないことまで流れていたことが思い出されます)

スノーデン自身が、日本の安全保障のために特定の情報は秘匿されるというその法案をデザインしたのはアメリカだと言っているようです。

国家の安全保証のための情報が、本来の目的を外れて、国家権力者が自分の政権を守るため、政敵や特定人物の弱みを握って蹴落とすといったことなどに悪用されていたとしたら許せないですよね。

「これはおかしい」と、行動を起こした元CIA職員 スノーデンの感覚は正しいと思いますよ。その勇気ある行動を起こした男が身を潜めている先がロシアというのも皮肉な話です。

ポールダンサーのインストラクターをしていたスノーデンの妻のリンゼイもモスクワに渡り共に暮らしているとの後日談を語った字幕が救いになっている映画でした。

スノーデンが早い機会にアメリカに無事戻れる日がくればいいのですが。

国を愛する平凡な若者だったスノーデンが、なぜ輝かしいキャリアと幸せな人生を捨ててまで、世界最強の情報機関に反旗を翻すためガーディアン誌にその情報を提供したのかといういきさつがよく理解できる映画でした。

マイクロソフト、グーグル、ヤフー、フェイスブック、AOL、スカイプ、YouTube、アップル等の各社のサーバーに政府お抱えのITオタク職員達が直接アクセス(侵入?)し、国民本人の知らぬ間に自身の個人的な情報が筒抜けにされる秘密捜査の実態は、知るにつけ恐ろしくも不気味なホラ~映画を観ているような気分にさせられました。

メール、チャット、ビデオ通話、ネット検索履歴、携帯電話などの通話等、世界中のあらゆる通信経路を通過する情報のすべてが標的にされればたちどころにNASAに筒抜けと思った方がいいようです。

ということは、このブログも・・・?

ブッシュはともかく、オバマまでそうした監視システムを擁護していた事実をこの映画で知り少々意外感をもちました。一部の狂信的な人がこの情報監視網を自在に操れるとしたら、自由も民主主義も阻害される可能性大ですね。

ジョージ・オーウェルの「1984年」を読みたいと思いました。

by zoompac | 2017-03-04 07:08 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画「ラ・ラ・ランド」_2017年度アカデミー賞、6部門受賞!

f0090954_06204131.jpg作品賞受賞作として「ラ・ラ・ランド」のタイトルが読み上げられ、壇上に上がった「ラ・ラ・ランド」チームが歓喜の受賞スピーチを始めるも、その後本当の受賞作は『ムーンライト』であることが判明して大混乱のうちに幕を閉じた第89回アカデミー賞授賞式でした。

作品賞のプレゼンターを務めたのは、「ボニーとクライド/俺たちに明日はない」のウォーレン・ベイティとフェイ・ダナウェイでしたが、どうやらアカデミー賞授賞式運営サイドから間違った封筒を渡されたようです。

ウォーレン・ベイティが封を開けたところ、直前に主演女優勝を獲得したはずの “エマ・ストーン「ラ・ラ・ランド」”のカードが出てきて、戸惑った様子でフェイに目配せしたところ、フェイはそのまま「ラ・ラ・ランド~!」と読み上げてしまったということらしいのです。

間違い発覚の後、騒然とする舞台からフェイは姿を消し、ウォーレンは壇上で上記の言い訳を司会者に(汗をかきながら?)していました。

長年にわたり同賞の投票の集計および管理を請け負っている一流会計監査事務所プライスウォーターハウス(PWC)の男性社員のミスだったとのことです。 授賞式の模様のツイッターでの実況中継に夢中だったとか・・・。 お粗末な話ですが、「ラ・ラ・ランド」の幻の作品賞のハプニングは長く語り継がれることになりそうです。

発表の前から「受賞は間違いなし」といわれてきた「ラ・ラ・ランド」の作品賞は、ブラッド・ピットが製作総指揮を務めた『ムーンライト』に譲る結果になりました。それでも、監督賞や主演女優賞など6部門を獲得したのは下馬評通りの強さでした。

去年の授賞式が白人優先と非難されたことから今年は黒人受賞者のバランスを考えたかの印象をもちました。それにしてもハリウッドは完全に反トランプの嵐でしたね。司会者の大統領に対する皮肉と揶揄が受けていました。

さて、「ラ・ラ・ランド」の話です。

デイミアン・チャゼル監督の「セッション」を観終わった後は、そのスクリーンにアップで映し出されたJ・K・シモンズのド迫力とその迫力をはね返そうと血まみれの手でドラムをたたき続ける主人公のド根性に圧倒され、ぐったりして劇場み明かりがともった後もしばらく動けませんでした。

その重量感とは打って変わってこの「ラ・ラ・ランド」の軽さは何でしょう。心も体もふわふわ浮き上がりそうな映画でした。ただ、最後に夢を実現したかわりに二人が失ったものも突き付けられていて、観客が現実の世界に戻る前にワンクッションを入れられた感はありました。ちょいとほろ苦い大人の童話って感じですが、「セッション」とは違って手に汗握らず気楽に楽しめます。甘酸っぱい映画です。

ここから先はネタバレ満載です。まだ映画を観ていない人はここまでにしてください。

夢と現実の境界線が明白でない青春時代の象徴なのでしょうか LAを見下ろす夜の公園は駐車した車を探すために歩いていたミアとセバスチャン(セブ)二人が矯めつ眇めつの動きからいきなりという感じではなくいつの間にかという感じでダンスが始まります。薄暗がりの中ミアの纏った黄色のドレスにまで命が吹き込まれたかのような絶妙長回しのカメラ撮影技術も光っていました。さりげなくミアをリードするセブもイケていました。

売れない女優ミアとジャズピアニストセブの夢の実現への葛藤と互いの夢の実現を励ます寄り添う恋を、往年の名作ミュージカル映画を彷彿させるゴージャスでロマンチックな歌とダンスで描いていました。(と言って、私がこの場面はあのミュージカルのあの場面だと言えるほどミュージカルを観ているわけではありません。ミアがセブとの待ち合わせ時間に遅れて映画館にやってきて上映中の映画のスクリーンの前に立ち上がってセブを探すシーンは何かの映画のオマージュだと思うのですが・・・。)

ミアがプリウスに乗ったり、スマホを使ったりで、時代は現代のなのでしょうが、1950年代の雰囲気を醸し出す場面も取り入れられていたためか、懐かしい感じのする不思議な映画でした。

ミュージカルっぽく感じたのは冒頭から前半にかけてです。 LAのハイウェイの入り口での大人数の歌と踊りが、ミアのルームメイト4人の歌と踊りに、そして次第にミアとセブ二人きりの踊りにスケールダウンされる中、歌も口を大きく開けて叫ぶようなものから弾き語りのせつない哀愁を帯びたものに変化していきました。 従来のミュージカルとは異質の作品に思えました。ドラマとミュージカルの境界線が曖昧で、その変化に徐々に慣らされていったためそう感じたのかもしれません。

夢中で夢を追っかけその実現のため別れた二人が5年後に、再会した場面が、何故か、映画「カサブランカ」のボガードとバーグマンの再会のようでした。(女優を目指すミアの部屋にバーグマンの写真が飾ってあったため無意識のうちにそう思ったのか、監督の計算づくの仕掛けにやすやす嵌ったのかよくわかりませんが)

「カサブランカ」では「リックのバー」にバーグマンが演じる主人公が夫婦で現れますが、この映画では「セブのバー」にミアが夫婦で音楽に誘われて入ってくるのです。(この再会は偶然じゃなく、必然の運命のようにも思えました。)そこでセブがミアにとってそして観客にも懐かしい(懐かしく思える)曲をピアノで奏でます。(さすがにアカデミー賞の歌曲賞と作曲賞を獲得しただけはあります。い~曲です。)

そこからの走馬灯のようなコマ送りもよかったですね。現実の世界は長回しで思い出や妄想の世界はカット写真の早コマ送り七変化です。二人が共に疾走した過去が回顧され、そこからミアとセブのありえたかもしれないもう一つの運命がパラレルワールドのように立ち上がってきます。 そして、音楽も走馬灯の妄想も終わり、やがて現実に立ち戻り失ったものの大きさに立ち尽くす二人の表情が印象的でした。夢のようなふんわりしたミュージッカル映画の興奮から、ちょっぴり苦い現実を突き付けられ我に戻って観客はそれぞれの日常に戻っていくって映画でした。

エマ・ストーンは今まであまり意識したことのなかった女優さんでしたが、この作品で私の評価は一変しました。彼女のダンス(身体表現力)や演技、特に顔芸というか、オーディション一発不合格の痛い表情から喜びへの七変化、そしてセブとの再会のときの複雑な表情が絶品でした。大きな瞳の動きで実に細かい感情の変化を表現できる彼女の才能に驚きました、セブ役のライアン・ゴズリングが表情で演技する役者ではないので、そのさりげない彼の演技との組み合わせも効果的でよかったです。

ミュージカル映画の中での無粋な車のクラクションもいい小道具になっていました。 最初は最悪の出会いでしたが、とにかく出会いのきっかけを作ってくれました。 2回目は彼女への呼び出しの合図、ミアの満面の笑顔と上ずった声の台詞が印象的でした。 そして3回目はミアに運命の知らせをセブがミアの実家付近に運んできたシーンです。 今後も車のクラクションを聞くたびにミアは条件反射を起こしてしまうかもしれませんね。

映画好きの人が見ても、それほどでない人が見ても、程度の差こそあれ青春の挫折を経験した人なら、心に響くものがある、そんな映画です。

by zoompac | 2017-03-01 06:22 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画 「沈黙」

f0090954_06082721.jpg遠藤周作の小説「沈黙」を、「ディパーテッド」「タクシードライバー」の巨匠マーティン・スコセッシが映画化した史実に基づいたヒューマンドラマでした。

キリシタンの弾圧が行われていた江戸初期の日本に渡ってきたポルトガル人宣教師の目を通し、人間にとって大切なものや人間の弱さとは何かを描き出しています。

17世紀、キリスト教が禁じられた日本で棄教したとされる師の真相を確かめるため、日本を目指す若き宣教師のロドリゴとガルペ。

2人は旅の途上のマカオで出会ったキチジローという日本人を案内役に、やがて長崎へとたどり着き、厳しい弾圧を受けながら自らの信仰心と向き合っていくことになります。

カトリック教徒でイタリア系移民の家庭で育ったスコセッシが1988年に原作を読んで以来、28年暖めて映画化にこぎつけた念願の企画だそうです。主人公ロドリゴ役を「アメイジング・スパイダーマン」のアンドリュー・ガーフィールドが演じました。そのほか「シンドラーのリスト」のリーアム・ニーソン、「スター・ウォーズ フォースの覚醒」のアダム・ドライバーらが共演。キチジロー役の窪塚洋介をはじめ、浅野忠信、イッセー尾形、塚本晋也、小松菜奈、加瀬亮、笈田ヨシといった日本人キャストが出演していました。

簀巻きにされた小松奈々が船から落とされたときの片方の太腿と脛の白さが妙に艶めかしかったです。

長崎市の外海地区の「沈黙」の舞台と思われる場所に「遠藤周作文学館」が建立され、その近くのキリシタン達が水磔の刑に処せられたとされる場所には「沈黙の碑」も建てられているそうです。 映画でトモギ村の信徒モキチやイチゾウ等が処せられた場所です。小説に登場するトモギ村は長崎市の外海地区からずっと南に降りて湾に入った茂木ビワで有名な茂木町のようです。

映画によって、小説ではよく理解できなかった「穴吊り」の刑がどんなものか合点がいきました。井上筑後守(イッセー尾形)や通辞(浅野忠信)の悪役ぶりも堂にいっていましたよ。 3時間の大作に仕上がっていました。

機会があれば、1971年の篠田正浩監督の『沈黙 SILENCE』も観てみたいと思っています。

by zoompac | 2017-02-24 06:05 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画「海は燃えている」_移民・難民問題の地中海の玄関の現実!

f0090954_08101525.jpgベネチア映画祭金獅子賞を受賞した「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」のジャンフランコ・ロージ監督が、難民問題に迫ったドキュメンタリーで、2016年・第66回ベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞した作品です。

イタリア最南端にある小さな島、ランペドゥーサ島は、船が浮いて見えるほど透明度の高い美しい海としても有名ですが、シチリア島から南西約220kmの地中海のイタリア最南端の島で、むしろ北アフリカのチュニジアの方に近く(東へ113㎞)、リビア周辺諸国からこの島は難民がEU諸国を目指す主要ルートの玄関口としての顔ももっているのです。(日本ではシリア難民がもっぱらトルコからエーゲ海を抜けてギリシアに至るバルカンルートが有名ですが)

アフリカ諸国、特にガーナ、マリ、ナイジェリア、エリトリア、ソマリア等から、ヨーロッパを目指す経済難民、いわゆる不法移民の通過地点として注目を集めているのです。

2011年の「アラブの春」によって各国の政権が揺れ、リビアでもカダフィ独裁政権が崩壊し過激派勢力が台頭したことで政情不安が続き、密航仲介業者の暗躍もあって、ヨーロッパを目指す難民激増に拍車をかけていることは記憶に新しいですね。f0090954_08083222.jpg

映画は2つの映像の流れを交錯しながら展開していきます。北アフリカにもっとも近いこの島がアフリカや中近東からヨーロッパ諸国を目指す主要な難民ルートの一つとなっているのですが、島民の生活はいたって静かです。 同じ島でありながら、まったく違う二つの顔をもっているのです。

12歳になるサムエレ少年は友だちと手作りのパチンコ遊びに興じ、マリアおばさんはキッチンで料理しながらラジオ局にリクエスト曲を依頼しています。サムエル少年はおじさんに船酔いに慣れる方法を聞き、また左目が弱視とわかり、矯正メガネをかけてパチンコ遊びに余念がありません。

そんなランペドゥーサ島には、アフリカや中東から命がけで地中海を渡り、ヨーロッパへ密航する難民や移民たちの玄関口というもうひとつの顔があるのです。

レーダーで監視しつつ難民救助をする沿岸警備隊の緊迫した活動が映し出されます。救助要請の無線を受けて艦船やヘリコプターが現場に急行します。難民の救助や遺体の収容が行われ、夜の港から上陸した難民たちが検査所に送られるのです。

その片隅では多くの国から逃れてきた難民たちがサッカーに興じている映像も映し出されます。死と日々の平凡な暮らしが紙一重なのです。

そして、この島が見せる2つの顔は、島で唯一の医師を除くと交わることがありません。以前は難民が島に上陸してから収容していましたが、近年は海上で難民を収容して夜中に島に上陸させるのだそうです。

マリアおばさんがラジオで難民の遭難を聞いて遠い世界のことのように「ひどい話ね」とつぶやくように、今や難民の姿は島民の目に触れることはないのです。そんな島の現実をカメラは衒(てら)いなく静かに描き出していました。

サムエレ少年がボートで流されて、船と船の間に挟まれそうになるシーンも印象的でした。その船の1つが難民を運んできた船だったのですが、少年と難民が邂逅するシーンはもちろんありませんでした。

ランベドゥーサ島沖の海難事故としては、2013年の密航船の火災・転覆事故で360人以上が死亡した事件が有名ですが、粗末な船に定員以上を乗せた船の海難事故は尽きないようです。イタリア政府も予算の関係で軍や沿岸警備隊の救助活動の規模を縮小せざるをえないというのが現実のようです。

難民認定率が世界平均の100分の1という移民・難民に不寛容な日本にあって、この映画を観ることは複雑な心境でしたが、塩野七生の地中海世界の物語同様、地中海という世界の熾烈で過酷な状況は、中世以前から今に至るまであまり変わっていないのだということを含めて多くの示唆を得ることができました。

トランプ政権が発足してまもなく1ヶ月です。 メキシコ国境への壁の建設命令や特定の人種に対する入国禁止令など、国内外で連日のように賛否を巻き起こしてきましたが、その根底にあるのが移民・難民問題です。

すでに多くの国が否が応でも直面しているこの問題に、いずれ日本にも応分の負担を迫られることになるとと思います。

by zoompac | 2017-02-19 08:11 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画 「ミッドナイトラン」

f0090954_06071681.jpg「賞金稼ぎ」なんて日本では馴染みのない職業が米国にあるんですね。映画を観たときは、西部開拓劇時代の「賞金稼ぎ」の現代版への焼き直しかと思っていました。

犯罪大国アメリカでは容疑者の数もとてつもなく多いため全ての人を拘束するとすぐに留置所が一杯になってしまうのだそうです。そのため、大半は早々に保釈されるとか。そんな人々のために各裁判所の前にはbailbond agentと呼ばれる保釈金(bail bond)専門の金融会社(保釈保証業者)が群がって商売をしているのです。容疑者はそこでお金を借りて保釈保証金を裁判所に納めて保釈されるのですが、容疑者が逃亡して期日までに裁判所に出頭しないと保釈金は裁判所に没収されてしまいます。それでは金融会社は大損になるので、賞金稼ぎ(bounty hunter)と呼ばれる人を雇って雲隠れした容疑者を連れ戻してもらうということなのです。

現代のアメリカにおけるバウンティハンターとは、保釈保証業者(Bail bondsman)からの逃亡者を捕まえて賞金を受け取る業者のことで、この映画の主人公のロバートデニーロがその賞金稼ぎを生業にしていました。

根拠となる法律は州によって異なり、免許を必要とする州もあれば不要の州も一部には存在する。然し、荒くれハンターによるミスが各地で問題化しており、現在は専用身分証、身分章(バッジ)などの携帯義務を課せられているようです。

連邦保安官とは違い、私立探偵同様に、あくまで州法務省の許可を受けた民間業者による商売です。

ベイルジャンパー(保釈金踏倒し逃亡者)のほかに、各地の市警察、連邦保安官、連邦捜査局などが広域手配している犯人の追跡逮捕もおこなっています。それらの職務をも含む意味で、FUGITIVE RECOVERY AGENT(逃亡被害回復捜査官)とも呼ばれているようです。

報酬は完全成果主義。期日までに犯人を引き渡すと報酬が貰えますが、できなかった場合は報酬は一切無しです。 バウンティハンターになるのは、現職や退職した私立探偵、元警察官で、ロバート・デニーロ演じるジャック・ウォルシュもそういう設定になっていました。 成功報酬のおおよその相場は保釈金の5~10%程度といわれています。

現代の日本ではこのような制度は認められていませんが、指名手配犯に懸賞金がかけられることはあるようです。

タイトルの意味は、「一晩で終わる簡単な仕事」、「仕事は簡単」、「ちょろい仕事」というスラングだそうですが、辞書を引いてもそのような用法は出てきませんでした。簡単なこと = 朝飯前 = a piece of cake という熟語はよく聞くのですが・・・。

タイトルの「ミッドナイト・ラン」は、10万ドルの報酬を要求したジャックに驚いた保釈金融会社のエディ・モスコーネが、セリフで口に出しています。 「そりゃないだろう、高すぎるよ! 簡単な仕事じゃないか!」って感じですかね。 ま、実際は、困難極まるなはちゃめちゃ仕事になったのですけどね。

1988年の映画です。

世間に裏切られた過去から独善的な態度しかとれなくなった賞金稼ぎ(ロバート・デ・ニーロ)と、運悪く賞金首になってしまった心優しい会計士(チャールズ・グローディン)という対照的な中年男2人が、喧嘩をしながら心を通わせていくロードムービーです。

ジャック・ウォルシュ(デ・ニーロ)は、かつてシカゴの警察官だったが仲間に裏切られ妻子とも離れて、今はロサンゼルスの保釈金ローン会社と契約を結び、逃亡した被告人を公判までに連れ戻してくる「賞金稼ぎ」の仕事をしています。

ジョナサン・マデューカス(グローディン)、通称「デューク(公爵様)」は堅気の会計士ですが、雇い主がシカゴの麻薬王であるセラノであることを知りギャングの金を横領、慈善事業に寄付をして身を隠すのですが、丁寧に挨拶状をセラノに送りつける変わり者という設定です。

裁判までの5日間でマデューカスをロサンゼルスへ連れ戻す仕事を引き受けたウォルシュは、ニューヨークで捕まえたデュークを飛行場まで引き立てていきます。ここまでは順調で、ロサンゼルスまで5時間のフライトで済むはずでしたが、ジョナサンが大の飛行機恐怖症だったことから交通手段としての飛行機を断念します。ここからトラブル連続のジェットコースターに乗った二人はマフィアとFBIに追われながら、車と列車のアメリカ横断逃避行をするはめになるのです。

ジャンルとしては、コメディですね。そして、主役のはずのロバート・デニーロの存在感がかすむほど、チャールズ・グローディンが輝いています。ラストシーンはまさに「おおーっ!」という喝采を口に出したくなりましたよ。 なんだか暖かいのです。そして渋いのです。 男の友情が。

美人女優抜きではなかなか感動を覚えない爺のハートを熱くした異色の映画でしたわい。

by zoompac | 2017-02-15 06:07 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

TsutayaDVD映画「大統領の陰謀」

f0090954_08094602.jpg1976年の映画です。小刻みな画面展開を多用しテンポがいい切れのある映画でした。

新人記者のボブ・ウッドワード 役のロバート・レッドフォードが大股で、ちょっと先輩のカール・バーンスタイン役のダスティン・ホフマンが小股でちょこまかと動き続けています。止まっているときは電話をかけまくっています。サウンドトラックは忙しくもリズミカルなタイプを打ち続ける音です。

この「大統領の陰謀」 はアカデミー賞を4部門獲得しました。ワシントン・ポストの編集主幹のベン・ブラッドリーを演じたジェイソン・ロバーズの助演男優賞ほか脚色、録音、美術の計4部門です。

録音賞は、まず耳に残るワシントン・ポスト編集部のタイプを打つ音の効果でしょう。映画が終わった後、何かを掻き立てられるようなタイプの音がぴたっと止まった静寂に驚かされました。このタイプの音に合わせて、小刻みに場面が転換していくテンポのよい映画だったんだってことに改めて気ずかされます。

脚色賞は、あまり専門的なことはわかりませんが、まず、実際の報道写真や実名をふんだんに使ってリアリティを高めた効果が印象的でした。そして大統領ニクソンの関与の場面を出さなかったことも効果的だったように思います。前面に大統領が表れないことで、権力のトップがこうした不正行為に手を染めたときの影響の大きさがとらえどころのない不気味な影となって観客への圧迫感を強調していたと思います。心憎い演出でした。

1972年6月、ワシントンDCのウォーターゲート・ビルの民主党本部でおきた盗聴進入事件から始まったアメリカ最大規模のスキャンダルであるウォーターゲート事件を舞台にした、2人の新聞記者がニクソン大統領を失脚させるまでの物語です。原作は、ウォーターゲート事件の知られざる真相を暴き、ニクソン大統領を失脚に導いたワシントン・ポスト紙の記者カール・バーンスタインとボブ・ウッドワードの回顧録です。

映画の要所、要所で出てくる、謎の男「ディープ・スロート」は、2005年になって自ら正体を明かしました。当時のFBI副長官マーク・フェルトその人でした。

ワシントン・ポストで、ウォーターゲート事件を取材したウッドワードも、マーク・フェルトが「ディープ・スロート」であったことを認め、ウッドワードはその年の秋に内幕を明かした「ディープ・スロート 大統領を葬った男」を刊行している。

私が社会人になりたての頃、英語を勉強するにはポルノ小説がいいというので、さっそく買った洋書がこの「ディープスロート」でした。表紙に裸の女性がうつ伏せになっていましたし、題名もそのときは政府高官の密告者の意味があること等知りませんでした。

かくして、期待していたようなそそられる場面は皆無に等しく、背景知識が乏しい中、私の英語のお勉強は挫折しましたが、今となっては懐かしい思い出です。

by zoompac | 2017-02-12 08:10 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画 「アイヒマンを追え」

f0090954_06043440.jpg渋谷のル・シネマで観ました。

第2次世界大戦後、海外へと逃亡したナチスの戦犯アドルフ・アイヒマンの捕獲作戦を実現へと導いたドイツ人の検事長フリッツ・バウアーにスポットを当て、バウアーがいかにしてアイヒマンを発見し、追い詰めていったのかを描いた実録ドラマです。

1950年代後半のドイツ・フランクフルト。ナチスによる戦争犯罪の告発に執念を燃やす検事長フリッツ・バウアーのもとに、数百万人のユダヤ人を強制収容所送りにしたアドルフ・アイヒマンの潜伏先に関する情報が寄せられます。

ナチス残党が巣食うドイツの捜査機関を避け、「国家反逆罪」に問われかねないリスクを冒してまでイスラエルの諜報機関モサドと接触したバウアーは、モサドの力を借りてアイヒマンを追い詰めていきますが、同じ頃、バウアーの失脚を狙う者たちがバウアーの弱点を探り国家反逆罪へ追い込もうと策略をめぐらせていました。

バウアーの「執務室を一歩出れば敵だらけ」という言葉に象徴されるように、敗戦当時の西ドイツの首相は、戦争犯罪の追求よりも経済復興を優先させたため、取り巻きの高官に元ナチス高官や元親衛隊も登用されており、バウアーのアイヒマン捕獲の執念や、ナチスの犯罪追及する姿勢を快く思わない一派がいたのです。

一昨年公開の映画、「顔のないヒトラー」では、ドイツ社会を「過去との対決」へ突き動かしたアウシュビッツ裁判にこぎつけるまでの苦労が描かれていました。映画の主役は若き検察官でしたが、そのアウシュビッツ裁判にこぎつける原動力は、この「アイヒマンを追え」の主人公の検事総長フリッツ・バウアーを指揮官とする検察官チームだったのです。

この「アイヒマンを追え」では、そのアウシュビッツ裁判の前段の物語として、実在の人物フリッツ・バウアーがホロコーストの中心的実行者アイヒマンの追跡への孤軍奮闘ぶりが描かれていました。

余談ながら、「顔のないヒトラー」では検察官チームが収容所の囚人に繰り返し人体実験を行ったとされるヨーゼフ・メンゲル医師を追跡していたシーンが描かれていました。

この鬼検事バウアーを演じた役者さんがよかったです。一筋縄でいかない海千山千の人物像なのですが、弱みとしての同性愛への嗜好がありました。映画の中でちょっと強調されすぎの感じがやや気にいりませんでした。

ただ実在のバウアーは背の高い人物だったようです。 白髪でライオンのたてがみのようだったところはよく表現できていたと思います。

これまた余談ながら、バウアーが冒頭、浴槽で溺死しかかるシーンがありますが、彼が実際亡くなった死因も浴槽での溺死だったそうです。

フリッツ・バウアーによるアウシュビッツ裁判でドイツは過去としっかり向き合うことができました。

この人がいなかったら足並みの乱れるEUの中心国として混迷する世界をリードする今日のドイツはなかったかもしれません。

ただ、時代の流れというか、そうしたナチスの犯した過ちを断罪したドイツにでさえ移民排斥の声が強まっています。イギリスもEU離脱ですし、アメリカもトランプ政権で排他的な動きの勢いを増しています。 そうした動きが時代に逆行しているのではなく、これからの世界の主流に育つ兆候かもしれないと思うとちょっとおっかないですね。

そうした排他的な機運こそが、ナチスを生んだ土壌だったからです。

まことに奇妙な組み合わせですが、このフリッツ・バウアーの執着心と米国の新大統領トランプの執着心に似たものを感じてしまいました。時代の流れに乗っかれば、個人の力といえど大きく世の中を動かすことがあるということです。

「良識とは、受け身に立たされた側の云々することなのだ。行動の主導権をにぎった側は、常に非常識に行動する」とは、コンスタンチノーブルが陥落し西進するトルコ帝国の侵略の脅威に直面した15世紀半ば当時のヴェネツィアの外交官の言葉ですが、あの過激な言葉の毒を吐く大統領が大統領特権だと称して核兵器のボタンを勝手に押さないよう米国議会の牽制が機能して欲しいと願うばかりです。

杞憂であればいいのですが、世界はまことに危うい時代を迎えようとしているのかもしれません。

by zoompac | 2017-02-08 06:12 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

NHKBS映画 「ナバロンの要塞」

f0090954_09052494.jpgケーリー・グラントのお次は、グレゴリー・ペックです。

この「ナバロンの要塞」は、ト-マス・エドワード・ローレンス(アラビアのロレンス)がベドウィンと組み、オスマントルコ帝国の一大拠点であるアカバの大砲がすべて海に向いていることから砂漠を越え奇襲し、アカバを制圧した物語を彷彿させます。

違いは、アラビアのロレンスの活躍が第一次世界大戦下(「ナバロンの要塞」 は第二次世界大戦下)ということと、「ナバロンの要塞」での相手はトルコと手を組もうとしていたドイツ軍であり、そのナバロンの要塞の海に向いた巨大大砲の破壊工作を行ったのは6人の少数精鋭部隊(ローレンスのアカバ攻撃部隊はローレンスと約50人のベドウィン)でした。 そして、敵が自然の防御に安心していた攻撃側の障害も、片や縦断が困難である南北230キロのネフド砂漠に対して、「ナバロンの要塞」ではナバロン島南部の400フィートの絶壁でした。 「ナバロンの要塞」の舞台はエーゲ海に浮かぶナバロン島です。
役者も「アラビアのロレンス」でロレンスの上官を演じたアンソニー・クエイルやベドウィンの族長を演じたアンソニー・クイーンの二人が、この「ナバロンの要塞に出演していました。

ナバロンの要塞が1961年の映画で監督は「北西戦線」のJ・リー・トンプソン、アラビアのロレンスは1962年の映画で監督はデヴィッド・リーンです。 主役は、ナバロンがグレゴリー・ペック、アラビアのロレンスがピーター・オトゥールです。

エーゲ海の制海権を得てトルコと手を組もうとするドイツ軍を阻止せんがため、同じエーゲ海のケーロス島に派兵された英軍2000人の命が危機にさらされます。(このエーゲ海は、塩野七生の「海の都の物語」でのオスマン・トルコ艦隊とヴェネツィア艦隊の制海権を巡っての激戦地でした。こちらは15世紀半ばの話です。)

英軍救出の試みは度々なされますが、途中に睨みをきかすナバロン島の断崖の洞窟に据えられた独軍の2門の大砲のためことごとく失敗に終わります。

そこで作戦幕僚フランクリン少佐(アンソニー・クェイル)が1つの提言をするのです。

ナバロン島南部の400フィート絶壁をよじのぼり潜入するという途方もない作戦でした。

その作戦に選ばれたのは登山家のキース・マロリイ大尉(グレゴリー・ペック)、元ギリシャ軍大佐スタヴロウ(アンソニー・クイーン)、科学者のミラー伍長(デヴィッド・ニーヴン)、ナイフの名人ブラウン無線兵(スタンリー・ベイカー)、ナバロン島生まれのパパディモス1等兵(ジェームズ・ダーレン)の5人でした。

自ら5人を率いたフランクリン少佐は漁船に乗り嵐の夜、ナバロン島に向いました。少佐は負傷しましたが一行は絶壁をよじのぼり島に上陸し、以後はマロリイを作戦実行隊長とし、島の反ドイツ軍勢力と接触し、ナバロンの要塞破壊活動を行うというストーリーです。 戦争映画というより冒険映画って要素が強く、危機に次ぐ危機の連続ですが、ラストはすっきりする映画でした。

「アラビアのロレンス」との違いがもう1つありました。 アラビアのロレンスが史実に基づいた作品であるのに対して、「ナバロンの要塞」は、イギリスの作家アリステア・マクリーンが1957年に発表した戦争小説を原作にしています。 史実ではなくフィクションです。

本作の成功により、1978年にマロリー、アンドレア、ミラーの登場する続篇「ナヴァロンの嵐」も映画化されています。 ただ原作にあったアンドレアは映画では登場していないそうです。冒頭でアンドレアとマリアの結婚シーンがあるだけです。 舞台はユーゴスラビア、ボスニア・ヘルツェゴビナに変わり、 演ずる俳優も総入れ替えになっていました。

by zoompac | 2017-02-05 09:06 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)
RELEASE INFORMATION NEW ALBUM

[通常盤]「Now On Sale!!」
TOCP-66380/¥2,548(税込)

[DVD付 初回生産限定盤]
「Now On Sale!!」
TOCP-66381/¥3,500(税込)

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