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五輪代表の中村、近藤がV 柔道ワールドマスターズ@メキシコ、グアダラハラ

f0090954_7455256.jpg5月27日~29日にメキシコのグアダラハラで行われた柔道の世界ランキング上位で争うマスターズ大会では、リオデジャネイロ五輪代表の日本人選手も何人か五輪本番に向けての前哨戦として参加しましたが、明暗を分けました。

女子48㎏級の近藤亜美、52㎏級の中村美里、63㎏級の田村未来が優勝する一方、57㎏級の松本薫は初戦となる2回戦で台湾の選手に三角締めで押さえ込まれ一本負けしてしまいました。

松本薫選手も寝技が強いイメージがあるのですが、このところ寝技で負けるというか、寝技での脆さを露見する試合が多くみられ不安です。寝技は練習すればするほど強くなるので五輪本番までひたすら精進してほしいです。

男子は90㎏級のベイカー茉秋が優勝する一方、60㎏級の高藤直寿は初戦敗退でした。

男子100㎏超級の原沢久喜、女子78㎏超級の山辺香苗はともに3位でした。原沢は優勝したダニエル・ナテア(ルーマニア)に準々決勝で一本負けし、山部は準決勝で馬思思(中国)に敗れました。

78kg級の梅木 真美70kg級の田知本 遥はエントリーしていましたが試合直前の怪我のため欠場となりました。

本番の五輪大会に向けて代表選手全員のしっかりとした準備を期待しています。

男子
100kg超級 原沢 久喜(日本中央競馬会)3位
90kg級 ベイカー茉秋(東海大学4年)優勝
73kg級 橋本 壮市(パーク24㈱)優勝
66kg級 髙上 智史(旭化成㈱)7位
60kg級 髙藤 直寿(パーク24㈱)1回戦敗退

女子
78kg超級 山部 佳苗(㈱ミキハウス)3位
78kg級 梅木 真美(環太平洋大学)欠場
70kg級 田知本 遥(ALSOK)欠場
63kg級 田代 未来(コマツ)優勝
57kg級 松本  薫(㈱ベネシード)2回戦敗退
52kg級 中村 美里(三井住友海上火災保険㈱)優勝
48kg級 近藤 亜美(三井住友海上火災保険㈱)優勝
by zoompac | 2016-05-31 07:46 | スポーツ | Comments(0)

落語 「佐ん吉大一番2016@お江戸日本橋亭」

f0090954_7452927.jpg芸術祭新人賞受賞記念落語会として、佐ん吉さんが東京で初の「佐ん吉大一番」を柳家三三(さんざ)をゲストに迎えてお江戸日本橋亭で行ったのが2012年でした。

以来、毎年開催の「佐ん吉大一番」@お江戸日本橋亭も今年で5回目と相成りました。

今回は、開口一番を雷門音助さん、末広がりの縁起のいい「八」という字にまつわる駄洒落のオンパレードでで幕開けとなりました。

続いて、佐ん吉さんの「いらち俥」、俥引きと人力車に乗った客との掛け合いと佐ん吉さんの髪を振り乱してのアクションが面白く、キタ(大阪梅田周辺)へ行ってくれという客の注文に、キタを北と間違えた俥屋が津軽海峡まで運んでしまうというスピード感と躍動感あふれる噺でした。東京では「反対俥」という演目で知られているようです。

その後、音助さんと疑似楽屋風景で、新生「笑点」にまつわる噂話、そして第二演目の「疝気の虫」となりました。

疝気の虫というのは男性が腹痛を起こす病気のことのようです。この虫が人の腹の中で暴れ、腹を引っ張って苦しめるのだそうです。疝気の虫との会話で、好きなものは甘い饅頭で苦手なものは濃くて熱い緑茶ということを聴き知ります。熱いお茶がかかる前に、別荘へ避難するのだそうです。この別荘というのが男性の下のほうでブラブラしているものということがわからないとサゲが理解できないというまことに稀有な珍品落語でした。

大阪堺の大店の主人が疝気の虫で苦しんでいるのを知って、この男が一計を講じて、奥さんに饅頭をたくさん食べさせ、饅頭好きの疝気の虫を旦那さんから奥さんの腹に移動させ、その後、熱いお茶で疝気の虫を退治する噺でした。疝気の虫が別荘を探しても見つからないということがサゲでしたが、よしんば「別荘」の意味が理解できていたにせよ笑うに笑えないキワモノ落語でしたね。

中継ぎ休憩の後、ゲストの活動弁士坂本頼光さんの無声映画「国士無双」(伊丹万作監督、主演片岡千恵蔵)とバスター・キートンの「警官騒動」の語りを聴き、もうひとつのキワモノ落語「ふたなり」を聴きました。

この「ふたなり」とは両性具有のことで、首を吊って亡くなった男の懐に身ごもった女性とおぼしき書置きがあるのをみた役人が、男の息子に「この者は男子か女子か、いずれじゃ」と聞いたのに対して、「へえ、漁師(両子)でございます」というのがサゲになっていました。これもちょっとわかりにくいですね。

ただ噺は、面白く、駆け落ちした若い娘の自殺の手伝いをした世話好きの男が、首吊りの仕掛けを作るのを手伝って、自分がその首吊りの輪に首を突っ込んだとき誤って台を蹴ってしまうという間抜けな噺でした。娘はその有様をみて、死ぬのを止め、自分が用意した書置きを置き土産として男の懐に残したのでした。

途中の話の展開は楽しめても、サゲを掴み損ねるともやもや感が残るものですね。

打ち上げは、室町の三越本店前にある北海道「八雲町」という居酒屋さんでした。

あえて、タブー視されているキワモノ落語に挑んだ佐ん吉さんのチャレンジ精神やよしという締めでお開きとなりました。

今回の落語会では、いろいろと知り合いの落語仲間の都合や折り合いが悪く人数を集められなかったのですが、お江戸日本橋亭にはしっかりお客さんが足を運んできていました。 客層が広がったなあという実感を持ちました。
by zoompac | 2016-05-30 07:46 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画 「64 前編」

f0090954_8221297.jpg横山秀夫の原作64(ロクヨン)は、週刊文春の2012ミステリーベストテンでも2013年度版のこのミステリーがすごいでも国内部門堂々のベスト1に選ばれた作品です。

刑事出身の広報官三上義信が主人公で、刑事部と警務部の対立の中で自らの立ち位置を模索して苦しみます。組織内の利害関係、上司と部下、マスコミからの圧力、家庭問題で満身創痍になりながら突破口を探ってもがく姿が印象的でした。

そして昭和64年に起きたD県史上最悪の翔子ちゃん誘拐事件をめぐり、刑事部と警務部が全面戦争に突入したとき、狭間に落ちた広報官・三上義信が覚醒するのです。

原作者横山秀夫自身が群馬の上毛新聞で12年記者を経験しているだけあって、県警広報部と記者クラブの対立描写は迫力がありました。

このドラマは、昨年4月にNHK土曜ドラマとして全5回にわたって映像化されています。主人公三上役はピエール瀧で、私個人としては、原作に三上の顔について、「いかつい顔で鬼瓦との異名を持つ」とありましたので、イメージが重なっていましたし、公私共に大きな負荷を背負う我慢の演技もよかったという記憶があります。

まあ、今回の映画の三上役の佐藤浩市はいかなる感じかという品定め程度で観たのですが、さすがに「王様のブランチ」での宣伝通り、佐藤浩市の独壇場でしたね。

記者クラブとの確執が泥沼状態となり、打開を図るため、三上が独断で実名発表路線転換する9分間のシーンがいわばこの前編のクライマックスですが、佐藤自ら三上の感情が溢れ出していく流れを見せたいということで、カメラの長廻し撮影を監督にお願いしたそうです。ところが、いろいろあって3回取り直しになったとか(1回目は記者連中が自分の演技を忘れてぼーっと聞き役に回ってしまい、2回目は佐藤浩市が感情を抑えきれずに暴発撃沈してしまったとかです)。そうした苦労話を前もって聞いていただけに興味津々でしたが、さすが佐藤浩市ですね、感情の起伏をしっかり魅せてもらいました。記者クラブの部屋の空気が反感・不信から共感に化学変化を起こす9分間のスピーチでした。

記者クラブでのリーダー役の秋山は、TVドラマでは永山絢斗が印象に残る渾身の演技でした。 そのイメージが強かったためか、この映画での瑛太の印象がやや薄くみえてしまいました。それだけ佐藤浩市の存在感が大きく映った効果はありましたが・・・・。 三上の部下でチームのけん引役の綾野剛のほうが秋山役に向いていたかもしれませんね。 榮倉奈々はかわいかったけど何故いつも制服姿だったんでしょうね。広報課というより交通課の婦人警官かよと突っ込みをいれたくなりました。

TVドラマに比べて時間の制約があるせいか、そうとう端折った展開になっていましたが、映像も美しく、ドラマの展開もメリハリが効いていて、私はこの映画に、原作とは違った味を感じました。

その味とは、そのまま佐藤浩市の演技の深みと繋がっていくのですが、誘拐事件の被害者家族の雨宮芳男役の永瀬正敏、出世意欲の強い県警ナンバーツーの刑務部長役を演じた滝藤賢一の演技もよかったですね。名優同士の演技から醸し出されるものは「味」としか表現しようがないですね。

原作と違って、佐藤浩市が抑えても抑えてもほとばしる暴走気味の格好良すぎる鬼瓦三上の後編の活躍にも期待したいと思います。
by zoompac | 2016-05-29 08:22 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画 「海よりもまだ深く」

f0090954_8281124.jpg109シネマズ木場で観ました。 ガラガラで広い劇場に総勢6人くらいの観客でした。

「海街diary」「そして父になる」の是枝裕和監督が、「歩いても 歩いても」「奇跡」に続いて阿部寛と3度目のタッグを組み、大人になりきれない男と年老いた母を中心に、夢見ていた未来とは違う現在を生きる家族の姿をつづった人間ドラマです。

62年生まれの是枝監督が9歳から28歳まで住んだ東京都の多摩地区の清瀬市の旭が丘団地を舞台に「なりたかったオトナになれなかった」バツイチの中年男(阿部寛)、「こんなはずじゃなかった」とその団地で独り暮らす老母(樹木希林)、やはり「なんでこうなっちゃったのかしら」と愛想をつかして別れた妻(真木よう子)と、息子慎吾の月一の面会日にこの4人が台風で母の実家で一夜を過ごすことになります。

小説家崩れで今はしがない探偵屋稼業で身を立てている主人公「良多」は、ギャンブル好きで、いまだ未練たっぷりの別れた妻との間に11歳の一人息子がいるのですが、その養育費も払えず、団地に独り住まいの老母の住む団地に金目の物を探しに行く始末の「ダメ男」なのです。それでいて、見栄っ張りでセコイ男を「阿部寛」が好演していました。

母親に、花も実もつかない団地のベランダのミカンの木をいじましくも「あんた(良多)だと思って育てている」と言われる良多の不器用でほろにがい人生は、ぎこちない阿部寛の歩き方にまでその演技が細かく綾どられていました。最近観た「エベレスト 神々の山嶺」での神々しい孤高のアルピニスト羽生丈二役の阿部寛のイメージとのギャップが大きすぎて驚かされましたよ。

「海よりもまだ深く」という映画の題名は、劇中に流れるテレサ・テンの「別れの予感」の歌詞の一部でした。

教えて かなしくなるその理由(わけ)
あなたに触れていても 信じることそれだけだから
海よりもまだ深く 空よりもまだ青く
あなたをこれ以上愛するなんて わたしには出来ない

是枝監督の映画「歩いても 歩いても」(’08)も阿部寛が良多役で樹木希林と共演しています。 この題名もなんとなくですが、いしだあゆみの「ブルーライト・ヨコハマ」が挿入歌になっているのかなぁなんて勝手に想像をしてしまいました。 TsutayaでDVD借りて観てみようかな?

阿部寛と樹木希林の会話に、心やさしいユーモアがあふれ、独特の空気に引き込まれ思わず笑い声を発してしまうという不思議な映画でした。 また、普通の人間を肯定する樹木希林のセリフが心に染みるいい映画でもありました。
by zoompac | 2016-05-28 08:28 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

読書 「マキアヴェッリ語録」 塩野七生

f0090954_682324.jpg新潮文庫版の「マキアヴェッリ語録」 の巻末解説で唐津一が興味深いことを書いていました。

「古くからマキアヴェッリズムというと、権謀術数の代名詞のように言われて、君子の近寄るべきものではないように扱われていた。しかしながら、これを正しく言うなら、余りにも現実をハダカのままにぶちひろげているために不快感をもよおすのと同じである。人間は誰でも引け目や後ろめたさを多かれ少なかれ抱えていて、それらすべてをズバリとあからさまにされたとき、心穏やかにはすまされない。ところがマキアヴェッリはそれをやったのである。」

自分の偏見や好みを除外して客観的に物事を見て、自然科学的に記述したという例として、最近観たWOWOW録画映画の「ハンナ・アーレント」での「アイヒマン裁判傍聴記録」があります。ハンナ・アーレントは、物事の善悪を深く考えず、その場の状況に迎合し、上からの命令に唯々諾々と従ったアイヒマンとそのときナチ側の便宜のために収容者の移送効率化のためリストを作成した一部のユダヤ人との違いはどこにあるのだろうという素朴な疑問をほのめかしたことで、イスラエル内外のユダヤ人から大ブーイングを受けました。多かれ少なかれ、あの時代を生き延びたユダヤ人は後ろめたさをもっていたことは想像に難くありません。

マキアヴェッリは民衆についていろいろ言っています。

・民衆は、大局の判断を迫られた場合は誤りを犯しやすいが、個々のことになると意外と正確な判断を下すものである。

・民衆というものはしばしば表面上の利益に幻惑されて、自分たちの破滅につながることでさえ、望むものだということである。そして、もしも、彼らから信頼されている誰かが、彼らに事の真相を告げ、道を誤らないように説得しなければ、この民衆の性向は、国家に害を与え、重大な危険をもたらす源になる。

・たとえその背後に、どれほどの困難が控えていようと、表面上得になりそうで立派に見えれば、民衆を説得するのは難しくはない。逆に、どれほど有益な政策でも、表面上は損になりそうだったり、外見がぱっとしないと、民衆の賛同を得ることは大変に難しくなる。

・民衆は、群れを成せば大胆な行動に出るが、個人となれば臆病である。

・人間というものは、恵まれていなければ悩み、恵まれていれば退屈する。

確かに、民衆の一人として後ろめたく感じることをズバリと指摘していますね。

余談ながら、第三部 人間編にある「外交担当者」への提言についても興味深く読みました。「国家の罠」を書かれた佐藤優氏は、このマキアヴェッリの言葉に通暁されていますね。外交官にとって大切なことは、人脈づくりや本省への報告ですが、実に実務的なノウハウがこの「マキアヴェッリ語録」にも記述されており、それは佐藤優氏の「国家の罠」でも具体的な記述で大部を占めるテーマでもありました。この「マキアヴェッリ語録」と「国家の罠」を比較読みされると面白いかと思います。

さらに、塩野七生氏の「わが友マキアヴェッリ」上中下の3冊本だったと記憶していますが、その新潮文庫の3冊それぞれに佐藤優氏が、挫折した後、歴史研究家となり君主論を残したノンキャリア外交官マキアヴェッリについて自分の拘束された経験と重ね合わせて興味深い解説を書いています。これもお勧めです。
by zoompac | 2016-05-27 06:08 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画 「ちはやふる」

f0090954_6424696.jpg109木場シネマで観ました。

競技かるたに打ち込む高校生たちの青春を描き、コミックス既刊29巻で累計発行部数1400万部を突破する末次由紀による大人気コミック「ちはやふる」を、広瀬すず主演で実写映画化した2部作です。

かるたは音の競技なのだそうです。 張り詰めた沈黙の静寂の中、最初の何文字かが詠まれるだけで、特定した札を居合で切るような裂ぱくの手刀が払っていきます。

歌の意味がわからなくても全然問題ないし、最初の一文字だけで判別できる札もあるけど、そこはやはり恋歌百人一首でしょとこだわりを見せる大江奏(かなで)役の上白石萌絵音の役割がにくいですね。

かるた競技における美しさ、所作や姿勢の大切さに加え、歌の意味も他の部員にそして観客に教えてくれます。歌に恋の想いをこめる雅やかさは今のLINE女子には程遠いかもしれませんね。映画では、大江奏(上白石萌絵音 )が、独楽を回して、綾瀬千早(広瀬すず)に「ちはやぶる」と「あらぶる」の意味の違いを解説してくれました。答えは映画を観て確認くださいませ。

高校生クイーン役の松岡茉優(まゆ)の演技もよかったですね。耳のいい千早の上をゆく、音無しの札裁きのスピードは超人的でした。針の穴を通すような正確さで、札の端の一点だけをきれいに弾いて札を取るのです。指と札が見えない糸で繋がっているようでした。次元の違いを見せていました。このシーンは是非大きなスクリーンで堪能してください。松岡茉優は、 そろそろ、大河ドラマ「真田丸」でもお目にかかれますね。大谷刑部の娘役で、真田信繁の奥さんになる役だったと思います。

千葉真一の息子さんでロスアンゼルス生まれの真剣佑(マッケンユー)の演じる綿谷新の福井弁もなかなかイタについてよかったですね。「だって、かるたで日本一になれば、それは世界で一番ってことやろ?」「立ち上がって、思い出すんや、かるたが一番楽しかった時のことを」

Perfumeの主題歌「Flash」もようございました。本編が終わった後、心地よい余韻を残してくれました。私にしては珍しくエンドロールの最後まで席を立ちませんでした。
by zoompac | 2016-05-26 06:43 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

会計学 マイナス金利について

退職金給付会計において退職金給付債務の計算に用いる割引率については、国債の利回りまたは優良社債の利回りを用いるとされています。

ところが、国債の利回りがマイナスになってしまいました。

こうした現状を踏まえ、企業会計基準委員会で退職給付会計に関してマイナス金利で割引計算をしなければならないのかということが議論されました。

その結果、①マイナスの金利で計算する、②ゼロを下限とする、以上いずれの対応でも問題ないという見解が今年の3月9日の議事録にて示されました。

計算システム一般において時間価値をマイナスで入力するという設定に対応できないという現実問題に対処する必要性に迫られた決断でもありました。マイナス金利導入が唐突に行われたための後追いパッチワークって感じですね。

余談ながら、4月22日の日経に、「明治安田生命保険は4月から、企業の年金基金などに一定の運用利回りを保証する「確定給付年金」の新規引き受けを停止した。」という記事がありました。日銀のマイナス金利政策でますます長期国債を中心とした運用が難しくなってきたためという理由です。マイナス金利の影響が団体の年金運用にも広がってきています。

第一生命保険は低金利を受けて2~3年前から新規引き受けを抑えています。今後、他の大手生保も明治安田に追随する可能性がありそうですね。マイナス金利の水面下で他の生命保険会社がどのくらい息を止めて我慢できるのでしょうか?

日商簿記の試験でも、マイナス金利なのだから、割引キャッシュフローの計算は無視してよいとか、虫のよい話は出てこないものでしょうか?

割引キャッシュフロー計算が必要なものとしては、退職給付会計の他、固定資産の減損会計、資産除去債務、貸付金の貸倒引当金を計算するときのキャッシュフロー見積法等の計算があって、どれも試験には頻出項目です。工業簿記・原価計算でも、設備投資の意思決定等で割引キャッシュフロー計算が必須です。
by zoompac | 2016-05-25 05:33 | 資格試験勉強 | Comments(0)

会計学 引当金計上要件

引当金の計上要件についてのわが国の会計基準にもとづいた空所補充問題です。

将来の特定の費用または(①)であって、その発生が(②)以前の事象に起因し、発生の可能性が(③)、かつその金額を(④)に見積もることができる場合には、当期の負担に属する金額を当期の費用または(①)として引当金に繰り入れ、当該引当金の残高を貸借対照表の負債の部または(⑤)の部に記載するものとする。

引当金の計上要件については
①将来の特定の費用または損失であること
②その発生が当期以前の事象に起因すること
③発生の可能性が高いこと
④その金額を合理的に見積もることができること
以上の4つを満たすことであると「企業会計原則注解」の「注1」、「注18」にあります。

この4つの条件を満たせば、引当金計上は強制となります。
⑤は、負債または資産の部に記載です。資産の部であれば()付きマイナス計上です。

それでは、会社が事務所建物につき、火災保険をつける代わりに、火災が発生した時に生ずる損失に備えて、毎年保険料に相当する金額を引当金に繰り入れることは認められるでしょうか?

答えは、否です。発生の低い偶発事象に対して引当金の発生は認められません。

引当金は、将来の特定の費用または損失に対して設定されるものですから、例えば将来の記念事業のための支出に備える目的で引当金を設定することもできません。 当期以前の事象に起因していませんよね。 ただし、この支出に備えるため、任意積立金を積み立てることは、企業の任意であり自由に積み立てることはできます。 任意積立金は貸借対照表の純資産の部に表示します。

任意積立金には、技術研究積立金、設備拡張積立金、役員退職慰労積立金、偶発損失積立金、修繕積立金などの他、利用目的を限定せずに利益を留保する別途積立金があります。

企業の任意で自由に積み立てられると申しましたが、「その他利益剰余金(=繰越利益剰余金)」から株主総会の決議などで承認される必要があります。

「繰越利益剰余金」は株主総会で処分が承認され、一部は外部に配当金として株主還元され、一部は利益準備金(配当額の10%・・・資本準備金との合計額が資本金の1/4に達するまで積み立てることが求められる法定準備金)や任意積立金の形で社内に留保され、残りは来期に繰り越されます。

引当金の話から、任意積立金、繰越利益準備金の話に流れてしまいました。
by zoompac | 2016-05-24 07:12 | 資格試験勉強 | Comments(0)

読書「国家の罠 - 外務省のラスプーチンと呼ばれて」

f0090954_631531.jpg世の中の動きをみていると、時々、だれか黒幕が裏でシナリオをかいているんだろうなぁと感じることがあります。

この「国家の罠」は、まさにそうした私にとってのブラックボックスに小気味よく切り込んでくれています。

正直言って「佐藤優」ものは食わず嫌いでした。あまりにも彼の著作がメディア社会に氾濫していることと彼の書評で選ぶ本が難しそうな本ばかりで興味がわかなかったことが原因です。

私が、佐藤優の文章に触れたのは、塩野七生の「わが友マキアヴェッリ」の解説文でした。マキアヴェッリもイタリア・フィレンツェで外交官として働きながらフィレンツェを統治するトップが交代することがきっかけで左遷されるどころか獄につながれてしまいます。そのことが彼をして「君主論」を書くきっかけとなったのですから世の中皮肉なものです。解説の中で佐藤優が自分の境遇とニッコロ・マキアヴェッリのそれがよく似ていることに驚きながら塩野七生氏の作品を的確な切り口で解説していました。ある種の美学に貫かれた文章には潔さがあり、もっと彼のことを知りたいという興味からこの「国家の罠」にたどり着きました。

その美学と潔さは、まごうことなくこの「国家の罠」にも貫かれていました。

彼の作品の中で、ドイツの哲学者ヘーゲルの「精神現象学」の引用部分を面白く読みました。ヘーゲルは、同じ出来事でも、当事者にとってこう見えるものが、学術的訓練を積んだ観察者の目からは別に見えるということを巧みに説明していることを引き合いに出して、取調室での検事の「国策捜査」で被疑者から、彼らが作ったシナリオ通りの供述を取ろうとする圧力を揶揄しています。

検察が思い通りの供述を被告人から取れない場合、拘留を伸ばして被告人を「人質」にすることで、検察自ら有利な状況を作ろうとしていることを国際スタンダードから疑問視もしています。

拘留理由について裁判所にはいつでも公開の席で開示する義務があること、この経緯をきちんと残し、ロンドンのアムネスティインターナショナル本部に送り、日本の人質裁判が国際人権スタンダードからいかにずれているかを訴えるということを弁護人に相談している個所を面白く読みました。

裁判所を不必要に刺激するので公判戦術上得策でないと退けられていましたが・・・・・。

この本は、国後島のいわゆる「ムネオハウス」等をめぐってその鈴木宗男の「懐刀」であったノンキャリア外交官佐藤優が、事件の前後のいきさつと、逮捕されてからの拘置所内での検察官とのやりとり、そして事件の全貌の裏にあるブラックボックスについての彼の見立てが興味深く書かれていました。

彼の見立てはこうです。

小泉政権成立後、日本は本格的な構造転換を遂げようとしています。内省的には、ケインズ型公平分配政策からハイエク型傾斜配分、新自由主義への転換です。外交的にはナショナリズムの強化です。

一方、鈴木宗男氏は、内政では、地方の声を自らの政治力をもって中央に反映させ、再配分を担保する公平分配論者で、外交的には、アメリカ、ロシア、中国との関係をバランスよく発展させるためには、日本人が排外主義的なナショナリズムに走ることは却って国益を毀損すると考える国際協調主義的な日本の愛国者であると、佐藤氏は分析しています。

「国策捜査」によって、鈴木ムネオという政治家を断罪する中、日本はハイエク型新自由主義と排外主義的なナショナリズムへの転換を行っていこうとしたのではないかというのが佐藤氏の見立てです。初版が2005年ということでは、慧眼だったというしか言いようがなかろう。

その上で、国策捜査における歴史的必然性があることと、自ら行っていない犯罪を飲み込むことは全く別の問題と言って譲らず、検察が導き出そうと画策するシナリオに乗っかることはしません。

田中眞紀子女史と鈴木宗男氏の天敵同士の泥仕合の顛末、外務省内部の派閥抗争、ゴルバチョフ、エリツィン、プーチンへと移る、ソ連、ロシアのトップの変遷が巻き起こす対ソ、対ロ外交の苦労の裏話が満載で、しかもわかりやすく書かれています。

ここに来て、資本主義の巻き起こす貧富の差の問題がクローズアップされていますが、そもそもは小泉政権のときに敷かれた路線だったのですね、ナショナリズム路線も小泉首相の靖国問題や北朝鮮人質問題等を考え合わせれば腑に落ちます。 今の安倍政権も基本的には新自由主義+ナショナリズム路線を踏襲していますね。
by zoompac | 2016-05-23 06:03 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

WOWOW映画 「ハンナ・アーレント」

f0090954_7323736.jpg日本での公開は神保町の岩波ホールで2013年10月でした。岩波ホールが座席指定でないためもあって連日行列ができるほどの大盛況で、同ホールとしては10年ぶりの珍事だったそうです。 口コミで人気に火が付き、開演1時間前から50人以上が並んだという日もあったとか。

映画評論家の間でも好評で、私も大いに興味があったのですが並んでまで観る気になれず、この度WOWOWで放映されていたのを録画して、しばらく寝かしてから観る仕儀となりました。

ドイツに生まれ、ナチス政権による迫害を逃れてアメリカへ亡命したユダヤ人の女性哲学者ハンナ・アーレントを描いた歴史ドラマです。

ハンナ・アーレントの人生は波乱に富んだものでした。

1906年にドイツで生まれたアーレントは、社会民主主義者のユダヤ人家庭で育ちます。

大学では哲学者のハイデガーに師事し、既婚者である彼と一時不倫関係に陥ります。第二次世界大戦中にナチスの強制収容所に連行されるも、脱出し、パリ経由でアメリカに亡命しました。

1951年には著作『全体主義の起原』を発表して話題となり、哲学者としての地位を確立します。

その後、プリンストン大学やハーバード大学の客員教授を務め、映画で描かれているアイヒマン裁判を傍聴しその報告書を公表します。率直な報告書の表現から「アイヒマン論争」と呼ばれる騒動を引き起こします。

この騒動後も政治哲学の第一人者として活動を続け、69歳のときに心臓麻痺によりその生涯を閉じました。2度の結婚を経験し、恋多き女としての一面も持ちあわせていました。

そうは言っても、この映画は、ハンナ・アーレントという女の一生を追ったドラマではなく、彼女が雑誌『ニューヨーカー』の特派員として、ナチス・ドイツのユダヤ人虐殺の責任者の1人としてイスラエルのエルサレムで付されことになったアイヒマンの裁判を傍聴して発表した裁判レポートが巻き起こす騒動とそのバッシングに真っ向から立ち向かい彼女の「主張」を妥協することなく押し通した芯の強さが浮き彫りになった映画でした。

裁判レポートは、1963年2月から3月にかけて『ニューヨーカー』に連載され、5月には本として出版されました。タイトルは、「イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告」というものでした。アーレントは、1人の報告者として、裁判が自分の目にはどう見えたかを語ったのです。しかし、彼女の見解は許されざるものとして、イスラエルやニューヨークのユダヤ人社会から、激しい非難と攻撃をうけることになりました。彼女は本を書いただけでしたが、猛烈な批判をうけ、それまで親しかったユダヤ人の友人をほとんど失いました。

非難の嵐が起こった大きなポイントは、アーレントがユダヤ人組織のナチスへの協力にふれたことでした。アイヒマンが統括したユダヤ人移送業務において、効率的な移送のために必要な、一覧表の作成などを、ユダヤ人リーダーたちが行っていたということがありました。これはすでに他の歴史家によって指摘されていたことではありましたが、世界が注目していたいわば公開裁判だっただけに、アーレントがそのことに触れただけで総攻撃を浴びることになってしまったのです。

この問題は彼女の裁判レポートのテーマではまったくなく、ほんの数行しか言及されていない事柄でした。ところが、彼女の言葉は、ナチスの犯罪の共同責任をユダヤ人に負わせるものとして受け止められたのです。イスラエル国家では、その(ナチスへの協力者だった)ユダヤ人リーダーたちが、主要なポストについていたという政治的な複雑な事情もこの「アイヒマン論争」を大きくしてしまいました。

この映画の人気は、その激しいバッシングを受けながらも、自分の主張を曲げず、その顛末を通して絶対悪とは何か、考える力とは何かを問うとともに、アーレントの強い信念を描きだしているところだと思います。

中庸を尊ぶ日本人としてこの強いアーレントの姿勢には、大人気TVドラマ「半沢直樹」の倍返しに通じるものを感じたのではないでしょうか。

この映画でのハイライトでもありますが、裁判の傍聴記を発表したのち、「アイヒマン擁護だ」とさまざまな誹謗中傷を受けたアーレントは、追い打ちをかけるように勤務していた大学からも辞職勧告をされてしまいます。だが、「絶対に辞めません」と拒否した彼女は、学生たちへの講義という形で、沈黙を破って初めての反論を試みたのです。これが8分間のスピーチで、この映画のクライマックスです。

学生や大学の教授が見つめる中、教壇に立ち、ヘビー・スモーカーの彼女のシンボルマークと言って過言でない煙草を吸いながら、彼女はこう訴えかけたのです。

「(アイヒマンを)罰するという選択肢も、許す選択肢もない。彼は検察に反論しました。『自発的に行ったことは何もない。善悪を問わず、自分の意志は介在しない。命令に従っただけなのだ』と。世界最大の悪は、平凡な人間が行う悪なのです。そんな人には動機もなく、信念も邪推も悪魔的な意図もない。(彼のような犯罪者は)人間であることを拒絶した者なのです」

今、読んでいる佐藤優著「国家の罠」でも面白いことが書かれていました。

「外交官には、能力があってやる気のある、能力がなくてやる気のある、能力がなくてやる気がない、能力があるがやる気のないの四カテゴリーがあるが、そのうちどのカテゴリーが国益にいちばん害を与えるか」という問いの答えが、能力がなくてやる気のあるタイプでした。アイヒマンもこのカテゴリーに分類されるのでしょうね。

さらに、ハンナ・アーレントはアイヒマンを擁護したのではなく理解を試みたのだと主張したうえで、次のことも付け加えます。

「アイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となった。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。”思考の嵐”がもたらすのは、善悪を区別する能力であり、美醜を見分ける力です。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。」

裁判で、ユダヤ人をガス室に送ったのは自分の意志ではなく、上層部からの命令だったと主張したアイヒマンのその姿はアーレントの眼に、組織の調和を乱さないことを重んじ、言われたとおりにしか動かない小役人のように映ったのでしょう。

思考停止が悪を生む。考えることで人間は強くなる。ハンナ・アーレントもこの映画も「主張したいこと」は、「考える」ことの大切さだったのです。

考えないことが普通になったマニュアル社会で、指示されないと何もできない人が増え、企業のトップも組織の論理にすがって、やっていいことと悪いことの判断もつかなくなっている人が巻き起こす事件が新聞を賑わす今日この頃です。

彼らは、この裁判で裁かれたアイヒマンとどこが違うのでしょう?

それは、他人事ではなく、自分自身にも思い当たることではないでしょうか? 善悪を考える思考力が自分にも備わっているでしょうか?

そうした彼女の指摘が、被告者アイヒマンだけでなく、彼を裁いているイスラエル高官や裁判を傍聴している人たちの触られたくない心の領域まで突き刺さった可能性は高いと思います。

去年観たドイツにおけるアウシュビッツ裁判をテーマにした映画「顔のないヒトラーたち」でも、収容所を経験した人の多くが、生き残っているというだけでアウシュビッツで殺戮された人たちに対して何らかのうしろめたさを感じているということを明らかにしていました。

岩波ホールでの長蛇の列は、考えなくても何とかなる世の中に、嘘くささを感じ、危機感をもつ人が多かったという証だったのかもしれません。
by zoompac | 2016-05-22 07:32 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)
RELEASE INFORMATION NEW ALBUM

[通常盤]「Now On Sale!!」
TOCP-66380/¥2,548(税込)

[DVD付 初回生産限定盤]
「Now On Sale!!」
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