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Would-be ちょい不良親父の世迷言

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読書 「てのひら」 谷津矢車

f0090954_9302074.jpgなんだかたんたんとした恋愛小説になっているところがちょっと残念でした。

大河ドラマ「花燃ゆ」の主人公小田村伊之助の人柄、活躍(特に明治維新後)をもう少し掘り下げた小説を期待したのですが、物足らなかったです。

楫取素彦(元小田村伊之助)と美和(元杉文)のバツイチ同志が再婚に至ったなりそめに終始していた感が強かったです。

結局、多くの不平武士を輩出してしまった新政府の中での楫取素彦の活躍については、NHK大河での大沢たかお扮する小田村伊之助/楫取素彦の活躍に期待しましょう。(TVドラマの方も少し物足らないですが・・・。)

吉田寅次郎松陰がまだ少年の頃、蚊にかまれてかゆいと掻いたところ、公私混同だといって死ぬほど寅次郎を打った叔父の玉木文之進が、明治維新後もまだ生きていて、相変わらず「尊王攘夷」を唱えて、前原一誠等と共に「萩の乱」を起こしたという下りで、松陰の人となりを育てた教育者の限界を感じました。

誰の言葉か忘れましたが、「教育には受ける側の素質を変える力はない。ただ素養あるものを伸ばす程度のものでしかない」とは、まさにこのことですね。

玉木文之進にとっての弟子の吉田松陰がその典型例ではないかと思います。明治維新後まで尊王攘夷の思想に固執した師匠の玉木文之進の頑迷さに対して、松陰はさっさと「攘夷」を捨て、国禁を犯してまで黒船艦隊に乗りこんでアメリカへ亡命を企てました。

何故かしら、この「てのひら」の小説の本題と関係の薄い、玉木文之進の生き様が気になった小説でした。
by zoompac | 2015-04-30 09:30 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

読書 「若冲」 澤田瞳子

f0090954_711194.jpg大阪への旅行中に読みました。 5泊6日の大阪の旅も今日が最終日。 明日は東京。 木曜日、金曜日と集中して、オフィスで溜まった仕事をやっつけなくては・・・・! 会社法、法務省令改正で、監査役会規程等の改訂作業が待っています。

澤田瞳子さんは、作家の澤田ふじ子さんのお嬢さんで、奈良仏教史の専門家であり、お母さんと同じ作家さんです。 デビュー作は「孤鷹の天」です。

その新進気鋭の女流作家が、江戸時代中期に京都で活躍した絵師「伊藤若冲(1716~1800)」を主人公とした芸術小説を書き上げてくれました。

池大雅、円山応挙、与謝蕪村、谷文晁、市川君圭等、絵師たちの運命が京都で交錯します。

といっても、伊藤若冲はいたって人嫌いの引きこもりなのですが・・・。

与謝蕪村ともご近所さんだったというだけで交流はほとんどありません。 若冲は孤高の人でした。

著書の「若冲」より、私の琴線に触れたフレーズを何箇所か備忘録として記録しておきます。

・彼の絵は他に類を見ぬ細やかなもの。高価な顔料を惜しげもなく使い、執拗なまでに精緻な筆で表された動植物は、まだ若いお志乃(若冲の義妹)の目にどこか不気味に映った。

・彼が取り上げる画題はおおむね、ありがちな四季折々の花鳥。問題はその描き方だ。破れ、穴の開いた糸瓜の葉。茶色く枯れた茎の上を這う蝸牛。生き物の生死をあるがままに写し取ったが如き絵に、お志乃はうすら寒さを覚えずにはいられなかった。

・今はどれだけ美しくとも、現実の草木や鳥獣は必ず老い朽ち、腐り果てる。 源左衛門(若冲)の絵には、そんな生命の末路まで思い知らせるような、容赦のない激しさが含まれていたのである。

・彼の絵は独特の気迫に満ちた比類なき作かもかもしれない。さりながらなまじ華麗な花鳥の姿を借りているがゆえに、そこに充溢する奇矯と陰鬱は、時に見るものをたじろがせる狂逸の気配さえ漂わせていた。

・彼は花鳥の中でも、好んで鶏を描いた。 

・紫陽花の下に立つ雌雄の鶏は、一見中むつまじげとも映る二羽だが、よく見れば花の真下に立つ雌鶏は葉の陰に身をひそめ、己の羽に顔を隠そうとしているかにも映る。そして軽く片足を上げてそんな雌の顔を覗き込む雄は、思いがけぬ雌の姿に羽を逆立てているかのよう。二羽の間に漂う緊張感が、初夏の光景を険しく引き締めていた。

・所狭しと掛けまわされた鮮麗な絵には、一つとして生きる喜びが謳われていない。そこに描かれているのは、身の毛のよだつほどの孤独と哀しみである。その孤独と哀しみが極彩色の画軸から滔々と溢れ出している。f0090954_7142814.png

ゴールデン・ウィークにサントリー美術館の「若冲と蕪村」を観にいってきます。 若冲に関する背景知識をこの小説から得ましたので、彼の絵からどんなイメージが立ち上がってくるのか今から楽しみです。
by zoompac | 2015-04-29 07:14 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

あなぐま三昧

f0090954_8382760.jpg大阪通天閣近く恵美小学校向かいの「あなぐま亭」に入り浸って、昼呑みから夜呑みまで楽しんできました。

f0090954_8385676.jpg昼呑みのアテ(東京での肴、ツマミ)の写真は、1枚目が豚シャブと鶏天ぷら、そして2枚目は豚軟骨のトロトロ煮込み、名物ハモパン、ホタテ貝柱の刺身です。

f0090954_8393097.jpg夜呑みは、突き出し(お通し、先付け)にイカスミつみれと豚シャブ、1品目がメバチマグロ、メイタカレイ、ホタテ貝柱炙りの三点盛り。

f0090954_8395842.jpg2品目が、天ぷらでコシアブラとサヨリのしそ巻き、3品目は若ごぼう味噌のうす揚げピッツア、4品目がコブダイの木の芽正油焼き、締めは、イカナゴ釘煮ごはんと船場汁でした。

f0090954_8483016.jpgちなみに、大阪ではクロダイの若い魚をヨコワといいますが、東京ではメジとかメジマグロと呼びます。

f0090954_8485162.jpgf0090954_849552.jpg
f0090954_8493763.jpg

おいしゅうございました!
by zoompac | 2015-04-28 08:49 | 酒・ワイン・珈琲・旅 | Comments(0)

フジマル醸造所 大阪島之内1丁目

f0090954_82088.jpg大阪府大阪市中央区島之内1-1-14 三和ビル 1Fにあるフジマル醸造所に行ってきました。 最寄り駅は、地下鉄鶴見緑地線の松屋町です。

長男君のお仕事関係のお店で、彼の推薦です。

キュベ・バビーユ・デラウェア・シュールリーを飲みました。 シュールリーという製法は通常のオリ引きしない作り方でフランスロワール河口のムスカデ・ワインで有名です。 こちらは、フジマル醸造所の看板ワインで、確かにフレッシュでフルーティなワインでした。

キャロット・ラペ、きのことつぶ貝のアヒージョ、鮎のコンフィ(写真はありませんが味は絶品でした)、スズキのズッパ、ラグーパスタ、桜海老パスタ、そのほか、カベルネ・ソービニオンとサンジョベーゼのデキャンタをいただきました。

上方落語でよく聞く島之内で、イタリアンをいただきました。f0090954_8202928.jpgf0090954_820498.jpgf0090954_8212441.jpgf0090954_8213667.jpg
by zoompac | 2015-04-27 08:21 | 酒・ワイン・珈琲・旅 | Comments(0)

鉄瓶&佐ん吉落語ライブ@大阪「動楽亭」

f0090954_7525844.jpgf0090954_754176.jpg大阪に遠征して鉄瓶&佐ん吉さんの落語を大阪動物園前駅近くの「動楽亭」で聴きました。

写真は、落語が引けた後、近くにある「あなぐま亭」で反省会というか打ち上げでわぁわぁ飲みまくっている鉄瓶さんと佐ん吉さんとその「あなぐま亭」で初めて食べた「若ごぼう」のアテ(つまみ、肴)です。

笑福亭鉄瓶さんが、「天災」と「茶漬け幽霊」

桂佐ん吉さんが、ネタおろしの「愛宕山」と「代脈」でした。

「愛宕山」は佐ん吉さんのお師匠さんの故吉朝さんの十八番でしたが、佐ん吉さんの坂を登りながらの「小唄」がとってもお上手で印象深かったです。 いい出来でした。 さすがに体力を使う「演目」だったようで、終わったすぐ後で膝がわらっている・・・とおっしゃっていました。

鉄瓶さんの「天災」と佐ん吉さんの「代脈」は、聞き覚えてまねをしながら結局はちゃめちゃになる「オウム」というパターンを使った演目でした。

「天災」ではでたらめな格言で友からあきられてしまいます。 「孝行したいときに親はなし」が「コウコウをつけたいときに茄子はなし」とか「短気は損気」が「狸は蕎麦」とかになってしまいます。別れた女房が戻ってきてトラブルになった友に、「天災と思ってあきらめて短気をおこすな」という主人公に、友達が「天災やない、先妻でもめてるんや」と切り返すサゲの噺でした。

「代脈」は医者の弟子が代理の往診に行くに際して、挨拶の仕方、羊羹を出されたときの対応、万一お店のお嬢様が下腹を触られて放屁をしたときの気遣い等を先生から教わります。 気遣いは「この頃のぼせ加減で耳が遠くなってしまいました。おっしゃりたいことがあれば大きな声でお願いします」と放屁の音が聞こえない振りをすることでしたが、このお弟子さん、余計な一言を付け加えてしまいます。「何も聞こえませんでした・今の大きな「おなら」の音さえ聞こえませんでした。」と言ってしまいます。

「茶漬け幽霊」は、後添えをもらったら挙式の晩に化けて出ると言って亡くなった「オハナ」が、後添えをもらって3年たった昼間にその亭主が茶漬けを食べているときに幽霊となってあらわれます。 亡くなったとき剃られた髪の毛が元の長さになるまで3年かかったので化けて出るのが遅くなったと言います。江戸落語ではここで終わって演目も「三年目」ですが、上方落語ではもうひとひねりあって、「なんで昼間にでてくるんや」という亭主に。オハナが「だって夜は怖い」と切り返すところをサゲとしています。これは鉄瓶兄さんの酒を飲みながらの解説で教えてもらいました。
by zoompac | 2015-04-26 07:53 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

読書 「わが友マキアヴェッリ(1)」

f0090954_85331.jpg副題に「フィレンツェ存亡」とあります。

最近は、佐藤賢一の「小説フランス革命」と「歴史でもなく、伝記でもなく、小説でもなく、しかし同時にそのすべてでもある」塩野七生の著作を読む機会が多くなっています。

この両者に共通することですが、実に読者にありがたい付録を付けてくれています。佐藤賢一の小説には、フランス革命の年表とパリの地図、塩野七生の著作にも、系図、地図、写真までついていて、クロスリファレンスしながら読むと理解が深まりますし、楽しいです。

このような工夫を、宮部みゆきや山本一力あたりの時代小説に、ぜひ取り入れてもらいたいものです。1冊、1冊に詳しい江戸の地図と現代の東京の地図をクロスリファレンスしながら読めるような工夫をすると、もっともっと楽しくなること請け合いです。

この「わが友マキャヴェッリ(1)」では、メディチ家の存亡を中心にフィレンツェ共和国の歴史が描かれていました。

良質・善良のジョバンニ(1360~1429)、賢明なコシモ(1389~1464)、人間性のピエロ(1418~1468)、そして偉大、華麗、慎重、冷徹なロレンツォ(1448~1492)です。ロレンツォに特にページを割いています。偉大なロレンツォということを、イタリア語では、ロレンツォ・イル・マニーフィコというのだそうです。

「いのち短し 恋せよ乙女 紅きくちびる あせぬまに 熱き血潮の 冷めぬまに 明日の月日はないものを」という俗に日本で「ゴンドラの唄」と題されるこの詩の作者がこのロレンツォだそうです。

ロレンツォの長男は父のピエロ、次男は曽祖父のジョバンニの名を受け継いでいます。ジョバンニ・デ・メディチの方は、法王レオーネ10世になり、マキアヴェッリに「フィレンツエ史」を書くことを依頼します。

マキアベッリのフィレンツエ史はロレンツォの死で終わるメディチ家四代の物語となっています。ロレンツォ死後2年でメディチ銀行も破産となり、メディチ家はフィレンツェから追われ姿を消してしまいます。代わって修道士サヴォナローラ(1452~1498)に牛耳られていくさま、そして狂信的なサヴォナローラの治世も、結局は民衆の怒りを買い、刑死の憂き目となってしまう結末も冷徹な塩野七生の筆で物語られます。

マキアヴェッリ29歳、君主論にはまだ着手していません。 そして君主論はもっともふさわしく思える「ロレンツォ・イル・マニーフィコ」をモデルとしていません。もっぱら「君主論」の引き合いに出されるのは「チューザレ・ボルジア」なのです。

何故か、きっとその答えが2巻~3巻で解き明かされるでしょう。

君主国とは、なんであるのか。どのような種類があるのか。どうすれば、獲得できるのか。どうすれば、保持できるのか。なぜ、失うのか?・・・なども。

個人的にはマキアヴェッリの次の言葉が好きです。「ダンテの詩句ではないが、聴いたことも、考え、そしてまとめることをしないかぎりはサイエンスとはならないから、わたしも、彼らとの対話を「君主論」と題した小論文にまとめてみることにした。そこでは、わたしは、できるかぎりこの主題を追求し、分析しようと試みている。」

これです、映画の観っぱなし、読書のしっぱなしではサイエンスにならないから、私はブログにまとめているのです。その作業なしには、私がその映画や本のどの部分に感動したのかの記憶が飛んでしまいます。まとめておいて、振り返ると、ときどき蓄積された知識が化学変化を起こしてくれることがあります。
by zoompac | 2015-04-25 08:53 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

映画 「パレードへようこそ」

f0090954_4473561.jpg相変わらず中国人観光客でにぎわう銀座ですが、その銀座のほぼど真ん中に位置する「シネスイッチ」で観ました。

イギリスの感動の実話の映画でした。 原題は「Pride]です。ウェールズの炭鉱ストの労働者たちと彼らを支援する同性愛者たちの友情を、1980年代のヒットナンバーにのせ、涙と笑いを交えて描いています。

1984年、イギリスで起こった炭鉱労働者によるストライキのニュースを見たゲイのマークは仲間たちと募金活動を始めます。

ゲイと炭鉱夫はサッチャー政権から嫌われ警察にいじめられるという共通点を見つけたからです。 さっそくLGSM(炭鉱労働者支援レズビアン&ゲイ会)という支援団体を立ち上げますが、彼らがゲイやレズビアンであることを理由に、その申し出は炭坑組合からことごとく無視されてしまいます。

唯一受け入れてくれたのがウェールズ奥地の炭坑町でした。ウェールズを訪れたマークたちは、炭鉱労働者たちと協力を模索します。偏見や炭鉱夫の身内からの妨害にもめげず、町の人たちと深い友情で結ばれたマークたちは資金集めのコンサートを企画しますが・・・・・・・。

他人がどう見ているかということに縮こまらず、よかれと思うことを前向きに取り組むことの大切さを教えてくれる映画でした。そうしたマークたちの活動が、やがて大きなうねりとなって返ってくるラスト・シーンにはジ~ンとくる感動が待っていますよ。笑いと涙に包まれた2時間でした。

イングランドとウェールズで同性婚が初めて合法化されたのはこの物語から30年後の2014年です。

小さな親切が大きく報われるといういまどき嬉しくなるいい話でしたよ。人間捨てたもんじゃないという気になりたい人にお勧めです。
by zoompac | 2015-04-24 04:48 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

読書 「小説フランス革命(5) 議会の迷走」 佐藤賢一

f0090954_5371846.jpgいよいよ、議会の主役の座を巡って、虚虚実実の駆け引きが始まります。

オーストリア領を見据える国境地帯の基地のひとつであるナンシーで起こった給与増額不徹底から巻き起こった暴動事件を巡ってのラ・ファイエットとミラボーの対決のどさくさの駆け引きで泥をかぶったのは平民出身の財務大臣ネッケルでした。財政赤字改善に向けての不首尾の責任を取らされる顛末となってしまいます。 大衆の不満のはけ口はタイミングよく提供しさえすれば何でもいいという事実を恐ろしく感じます。それを平然とやってのけるミラボーも怖いです。

外交のキー・パーソンとしてスペイン・ロシアが接触するタレイラン、イギリス、プロイセンの窓口となっているミラボー、そしてアメリカ合衆国の手がかりはラ・ファイエットです。

その大物たちが無視できないのが、議会の過激派、ダントン、マラー、ロベスピエールです。

まだ、昨日の左は、今日の右という風に、昔の連合赤軍を連想させる粛清は起きていませんが、暴発に向けて不満のエネルギーを蓄積する事件がさざ波のように次々に起こってきています。

タレイランの提案で巻き起こった聖職者民事基本法に対するローマ教皇ピウス六世の介入も怪しい雲行きです。

次の第6巻は「シスマの危機」です。シスマとは教会大分裂のことです。 1378年から1417年までカトリック教会において、ローマとアヴィニョンでローマ教皇が並立した教会分裂事件が「大シスマ」と呼ばれて有名です。

こちらのシスマは1791年に、民事基本法賛成派としての宣誓聖職者と宣誓拒否聖職者が議会で対立しフランス内で教皇派と反教皇派のシスマの引き金となった事件のことです。

革命の舞台に役者がそろい、沸点も近くなってきています。
by zoompac | 2015-04-23 05:30 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

読書 「鹿の王(下)」 上橋菜穂子 

f0090954_534286.jpg今年の本屋大賞が「鹿の王」に決定した翌日の4月8日の私のブログに「鹿の王(上)」を取り上げ、次のように書きました。

「今年の本屋大賞は上橋菜穂子さんの「鹿の王(上) 生き残った者」に決定しました。

著者は、2014年に児童文学のノーベル賞と呼ばれる国際アンデルセン賞作家賞を「精霊の守り人」と「獣の奏者」の2作品で受賞しています。

「精霊の守り人」は2016年からNHKBSで綾瀬はるか主演で3年間、続いて2009年からはNHK教育で「獣の奏者」も放映される予定です。

この「鹿の王」が国際アンデルセン受賞後の第一作目です。

児童文学と思って侮るなかれ、大人をも十分魅了してくれます。わくわくする希望の物語です。上橋菜穂子、只者ではありません、すごい世界観です。引き込まれます。すっかりこの世界の住人になって一人歩きをしている感覚です。」

私はあまり異世界ファンタジーが好きではないと思っていました。上橋さんのこの著作に「ものが違う」という感想を持ったのは彼女が文化人類学の研究者であり、この「鹿の王」もそうですが、その知識をバックボーンとし、さらに研究者の手法で新しい知識を取り入れているからだと思います。

そうした専門的知識を児童文学としてわかりやすい言語でファンタジーの世界に再構築してくれています。彼女の頭の中で異世界を俯瞰し秩序付けをするにあたって、社会や政治を冷徹なまなざしで分析し鋭く人間の性を観察し、なおかつ夢を見続ける大人である上橋さんだからこそなし得ることだと思いました。

具体的には一冊の本との出会いがきっかけだったようです。 「破壊する創造者」という生物進化論に関する本です。 人の身体を侵す敵であるウィルスが、時として、身体を変化させる役割を担う共生体としてふるまうことがあるのではないかという発想を得、さらに次の3つの物語のヒントを得たそうです。

1.人は、自分の身体の中で何が起きているのかを知ることはできない。
2.人の身体は、細菌やウィルスやらが、日々共生したり葛藤したりしている場である。
3. それは、社会にも似ている。

この「鹿の王」の物語を読んで感じたのは、考えること、感じること、あるいは呼吸したり、体温を調節したり、ありとあらゆることが脳で行われているというのは違うのではないかということです。いくら強い意志で生き続けたいと願っても、身体が死んでしまえば、脳というか魂は生きられません。逆に脳というか意識が不明になっても、身体が生きている限り人間は植物人間として生き続けることができます。

ミミズは脳がなく身体全体が腸だけという感じですが生きています。

健やかなときは心が身体を動かしているような気がしていますが、私のようにいろいろ病気の経験を積んでくると、確かに身体は心など無視して動くというか勝手に生きているって感じがします。それを経験して初めて気づくのです。「身体と心は別のものだと。」 たとえば、ダイエットをやっているときの猛烈な飢餓感等もそんな感じがする一例ですよね。

格闘技の試合もそうです。ほとんど頭で考えるというよりスイッチが入って勝手に身体が本能のまま動いて戦っていますよね。この小説ではその感覚の事を<裏返し>という言葉で表現していました。

そう考えると、私たちの意識とか魂は身体によって生かされているのかもしれないと思えます。意識と身体が共生しているという感覚ですかね。それで身体のほうは身体で免役システムを持っていて、侵入する菌と戦ったり、腸内の善玉菌とは共生したりしています。 そして、時として「火事場の馬鹿力」という、意識しては発揮できないような奇跡的な力を出して、身体と心が共有する命を守ってくれたりしてくれるのですね。

身体の力がすべてかもしれません。本人が生きたいと願っても、周りが生かしたいと願っても、身体が命を支えられねば、それまでですよね。

生きることだけでなく、死ぬこともまた、生き物の身体には、その生のはじめから仕込まれている事実も合わせ、この物語を読むことで、世界の見え方感じ方がちょっと変わってしまったような気がします。

物語は、大変楽しく読めます。 そして読んだ後に、こうした心と身体のことに思いが及びました。自分の死生観を少し変えてくれたファンタジー小説でした。 表層的な私の頭だけではなく、潜在的な私の身体の中に潜む生命体?も一緒に読んでくれていたような気がしました。

そして今私は思っています。 もし私の身体が共生できないガン細胞に蝕まれているとわかったとき、私の頭で判断してその部位を切除して抗ガン治療を受けるのか、あるいは自分の身体のもつ潜在的(本能的な)「火事場の馬鹿力」に委ねるのか・・・。
by zoompac | 2015-04-22 05:34 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)

全日本女子柔道 判定で敗れた山部の悔し涙!

f0090954_542255.jpg前評判通り、田知本愛と山部佳苗の決勝戦対決となりました。

去年も同じ対決で、山部が田知本を内股透かしの体落としで投げ飛ばしましたが、今年は旗判定で田知本に軍配があがりました。 しかも、白旗三本で田知本の勝ちとなったときの山部の驚愕の顔・・・・、私も山部有利かなとみていたのですっきりしない判定でした。

もやもやした結果の試合となった 一番の原因は審判の曖昧な判定です。 副審はでしゃばりすぎですし主審は自分の下した判断をその副審のクレームでひっくり返すという情けなさです。 なんだか最初から田知本に勝たせようという意図があったのかと勘繰りたくなるような判定でした。

指導が一枚づつの田知本と山部に対して、田知本の場外に主審が「指導」を出したのに、副審からのクレームが出てその田知本に対する「指導」を取り消させ、その主審の判定の前から副審2人が両人に指導を出せと主審に要望を出していたのに主審が気付かなかったので、そこまで遡って二人に「指導」というのはどう考えてもおかしいですよ。

それだったらその後技ありが出てもそれを取り消して遡って二人に指導を出すんですかってことでしょう。よしんば二人に指導を一枚づつ加えても、田知本の場外指導まで取り消したらだめです。何のための主審なのかと思ってしまいますよ。

試合は生き物なんだし、審判同志の貧弱なコミュニケーションのせいで遡ってどうでもいい「指導」を宣言するなんて試合のリズムを崩してしまいますよね。昔の主審・副審制度の精神に戻って、すべての判断を主審に委ね、主審が判断に迷ったときだけ意見を提供するっていうのじゃダメなんですか。

試合を観ていても何も逃げ回ったり、組まないわけではなく、がっぷり組んですきあらば技をかけようとして互いに圧力のかけあいをしている場面でした。もっと選手にのびのび試合をやらせなさいよ。副審がでしゃばって指導を主張する場面じゃないですよ。主審も気づかないくらいの緊迫した状況だったのに・・・・。試合をする選手が可愛そうなお粗末な審判振りには本当に腹が立ちました。

あれだったら審判1人でジュリー2人のほうがよっぽどすっきりしますね。 主審も決しておかしい判断ではなかったと思いますよ。 ただ副審の主張に自分の判断を引っ込めたことは駄目です。 主審権限で副審の横車を抑えるくらいの気概が欲しかったです。 大事なのは主審と副審との人間関係でも副審のメンツでもなく、選手の試合です。主審が「指導」を宣するような流れではなかったはずです。 副審のでしゃばった「指導」要求なんか無視でよかったのですよ。

全日本女子柔道という大舞台で、台所に立った嫁(主審)が、姑と小姑にいびられて判断を変えるという嫌な場面を見てしまいました。あんな審判じゃ選手が可愛そうですね。山部佳苗の場所選ばずの号泣の気持ちが痛いほど伝わってきました。

しかし、山部にとっての救いは、田知本同様、推薦枠で78+級の代表に選ばれたことです。

決勝に上がるまでオール1本勝ちの山部に対して田知本はほとんど旗判定でした。

まだ山部も田知本も横一線です。

8月のカザフスタンの地で山部の悔し涙の鬱憤を晴らして欲しいです。これまで国内では波に乗ると手の付けられないくらいの圧倒的な強さを発揮するのに国際舞台で活躍できなかった内弁慶山部佳苗の世界での舞台の活躍を期待したいです。

一方の田知本は過去5度の世界選手権で4度銅メダルを獲得しているむしろ国際舞台に強い実力者です。これまで9度もの全日本選手権の挑戦で優勝のないのが不思議なくらいでした。10度目に優勝となりましたが、胸の内では「負けたかもしれない」と思ったと思います。 世界の決勝の舞台で山部と白黒の決着をつけるくらいの気迫で今度こそ金メダルを目指して欲しいです。
by zoompac | 2015-04-21 05:42 | スポーツ | Comments(0)
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