2018年の上半期に観た50本の映画の私のベスト3は、ストリープとハンクスが描く報道人の矜持が眩しいタイムリーな映画だった「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」、ゲーリーオールドマンがアカデミー主演男優賞に輝いた「ウィンストン・チャーチル_ヒトラーから世界を救った男」そして邦画の役所広司と松阪桃李W主演の「孤狼の血」です。
「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」は、マスコミをないがしろにする強権発動型の政治指導者が幅を効かせようという世界的な傾向の中にあって、実にタイムリーな映画でした。
ニクソン大統領のウォーターゲート事件を扱った映画「大統領の陰謀」に繋がっていく前日譚の物語としてトム・ハンクス、メリル・ストリープという豪華キャストをスティーブン・スピルバーグが抑え目に使って観客に深い印象を残してくれました。
ニクソン大統領とトランプ大統領のイメージが重なって見えた映画でした。
「報道機関は国民に仕えるものであって、政権や政治家に仕えるものではない。」という米国憲法からの引用をを実に効果的に再確認させてくれました。
アメリカの憲法と自由を守るべく、自分が正しいと信じる行いを全うすることが、国家に対する反逆罪に問われる危険性が高いと理解したうえで、そのとき勝ち目が薄いと思われた政府との戦いに踏み切ったワシントン・ポストのオーナーキャサリン(ケイ)・グラハム(メリル・ストリープ)と編集主幹ベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)の勇気と思わぬ展開に感動させられました。
この「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」は、1976年の映画「大統領の陰謀」の前日譚とも言えるお話でした。
「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」でトムハンクスが演じたワシントン・ポストの編集主幹ベン・ブラッドリーを「大統領の陰謀」では、ジェイソン・ローバーズが演じて、アカデミー助演男優賞を受賞しました。
若手二人の記者(ダスティン・ホフマンとロバート・レッドフォードが演じていました)の活躍で、ワシントン・ポスト紙は大統領が関与していたウォーター・ゲート事件の全貌を解明し、遂にニクソン大統領を1974年8月9日に辞任させるに至りました。
「大統領の陰謀」で、若手記者二人を叱咤激励していた編集主幹ベン・ブラッドリーが金科玉条(Golden Rule)のようにして自分の信念の拠り所にしていたのが、この映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」で、フォーカスされた合衆国憲法修正第1条で保障されている報道の自由でした。
そして「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」のエンディングが、「大統領の陰謀」のオープニングを予感させるウォーター・ゲートビルへの何者かの侵入痕跡の発見でした。心憎い演出と仕掛けが施されていました。
次に、「ウィンストン・チャーチル_ヒトラーから世界を救った男」についてです。
名優ゲイリー・オールドマンがイギリスの政治家ウィンストン・チャーチルを演じ、ついに第90回アカデミー賞で主演男優賞を射止めた歴史ドラマです。この映画で日本人初のアカデミー・メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞したカズこと辻一弘氏のメイクアップもさることながら、ゲイリー・オールドマンの「なりきり」ぶりが凄かったです。
雄弁家として有名なチャーチルは生まれつきの優れた演説家ではありませんでした。「S」を正確に発音できない吃音障害をもっていたのです。空気が抜けて擦れたようなチャーチル独特の発音もマスターしたゲイリー・オールドマンが「We shall never surrender!」と叫ぶシーンには鳥肌がたちました。
この映画は、当時65歳のロートルのチャーチルが英国首相に任命された1940年5月10日から幕が開きます。
時系列にみると、この首相就任の1940年5月10日から、ドイツとの戦いを宣言する演説をした5月28日までの18日間の物語です。
その間、3つの演説をします。この3本の演説を縦軸としてこの映画を観ることもできます。
5月13日に首相として初めて議会下院に立ちます。このときの演説には19世紀のイタリア統一運動の英傑ジュゼッペ・ガルバルディの名言「血、労苦、涙、汗(blood、toil、tears and sweat)」が引用されていました。首相として彼は「血、労苦、涙と汗」以外に提供するものは持ち合わせていないと述べ、大きく立ちはだかる独裁者ヒトラーに敢然と立ち向かう決意を表明していました。Victory at all cost!と結びました。 VictoryとSurvaivalという言葉を連呼していたのが印象的でした。
次いで、19日に国民向けラジオ放送演説をします。ここでは国民に「勇敢な戦士たれ!」と鼓舞しています。
そして「We shall never surrender!」と叫び議会の賛同を歓呼の嵐で迎えた5月28日の演説です。(ちなみにチャーチルがこの演説に先立って地下鉄に乗って庶民の声を聴くシーンは完全なるフィクションだそうです。)
結果として1940年の5月28日のここからイギリスがナチス・ドイツに勝利する1945年5月8日までには約5年かかりました。
しかし世界にとっての分岐点となる大きな決断は1940年の5月から6月にかけての18日間のあいだになされたという、まさに歴史の大きな分岐点を抉り取った映画でした。
ちなみに、この映画の原題は「Darkest Hour」です。最も困難な挑戦に直面したチャーチル自身がこの時期をスピーチの中で表現した言葉に由来しています。
癇癪持ちですが、希代の文章家、物事を瞬時に把握する力、愛妻家、時に冷徹な指導者・・・・と人間チャーチルを秘書の眼を通して興味深く描いてくれた映画でもありました。
最後の3作目は、邦画です。長瀬智也とディーン・フジオカW主演で池井戸潤原作の「空飛ぶタイヤ」、是枝裕和監督が日本人21年ぶりのパルムドール賞(カンヌ映画祭の最優秀作品賞)を受賞した作品の「万引き家族」も捨てがたく迷ったのですが、広島弁炸裂のの警察官版「仁義なき戦い」映画の「孤狼の血」を選びました。
柚月裕子の同名原作小説のイメージが吹き飛びました。それだけ強烈なインパクトの映画でした。
主人公こそ、警察官ですが、これは東映のヤクザ映画の金字塔「仁義なき戦い」の復活作品といっていいでしょう。
柚木裕子が「昭和の劇―映画脚本家・笠原和夫」に触発され、「仁義なき戦い」シリーズを大人買いして観て、書き上げたのが「孤狼の血」だったということもこの映画の白石和彌監督と彼女の雑誌対談で知りました。
昭和63年の広島が舞台です。あの「仁義なき戦い」から20年後の物語となっています。舞台となった呉原市のモデルは呉市です。繁華街のロケ地は呉市の中通り商店街だそうです。
「東映」の網走番外地シリーズから仁義なき戦いの1960年~70年代の黄金期を思い出させてくれた嬉しい作品でした。松阪桃李が主役であろう次作の「凶犬の眼」にも期待しています。
「今の日本映画は、やり過ぎくらいがちょうどええんじゃ!」
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