早逝のスティーグ・ラーソンのミレニアム1~3のシリーズを継いで第4作蜘蛛の巣を払う女_ミレニアム4を書き上げたダヴィド・ラーゲルクランツはラーソンの遺作を徹底分析しその特徴、先にある物語の流れ、底流を流れるテーマ等を自分のものとし、それにサヴァン症候群や人工知能といったジャーナリストならではの斬新性もみせてくれました。
そしてこの第5作では、イスラム原理主義者の父兄と暮らす女性の置かれた不合理な環境とその実態が浮き彫りにされていました。それはまさにラーソンがミレニアム1~3で追及していたリスベット・サランデルの生い立ちや女性蔑視に対する直視志向を踏襲していますし、昨年米国映画界でセクハラ炎上した大物プロデューサー“ハービー・ワインスタイン”の行状等にも通じるホットな問題でもありました。
そして下巻では、前巻で語られていたけれど全貌が掴めなかった別個の男の物語が双子の物語として立ち上がってきます。
まるでデュマの「鉄仮面」(映画作品ではレオナルド・デカプリオ主演)や「王様と乞食」の王様と双子で捨てられた孤児が大人になって出会って王と入れ替わるといった筋立てを彷彿させるような話が展開されます。
この双子の話は、やはりリスベットの生い立ちに絡んできます。彼女には双子の妹のカミラがいましたが、その双子と別々の育てられ方をした背景にある不審な組織が関与しており、どうやら前巻で起こったリスベットの元後見人であった老人が殺害されたのもその組織の責任者である女性が関わっていそうです。
そして、文中に、これはラーソンではなく、ラーゲルクランツの体験をミカエルに投影しているなと思われる文に遭遇した時は思わずニヤリとさせられました。
曰く、「人間の運命を形成するのは、育った環境、親の躾けや親の性格等より、その人独自の環境とでもいうべきものだ。それは兄弟とすら共有していない自分で力で探してくる環境、自分のために築き上げる環境だ。」として、「ミカエル自身、少年時代に映画「大統領の陰謀」を観て、なんとしてもジャーナリストになりたいと思った。」と受けていました。
ラーゲルクランツ自身の体験を主人公ミカエルがジャーナリストを目指したきっかけに被せているような気がしました。
さらにこの「遺伝と環境」の話は続きます。
「遺伝と環境はつねに協働している。人は皆、自分の遺伝子を刺激し開花させてくれる出来事や活動に引き寄せられる。逆に、怖いもの、不快なものからは逃れようとする。こうして築き上げられる独自の環境の方が我々を取巻く広い意味での環境よりも、人の性格に大きな影響を及ぼす。」
その意味では、ミカエルが映画「大統領の陰謀」を観てジャーナリストに興味を持ったのは偶然ではなく、自分の遺伝子を刺激する必然のものだったということになりますね。
この「ミレニアム5」では、そうした「遺伝と環境」を研究するために、遺伝子型が全く同じ一卵性双生児を集め、生まれた時点で引き離して研究をしていたグループの存在が明らかになってきます。さきほど述べた不審な組織のことです。
その組織の実験のありようは、マイノリティーの人権を踏みにじった実験という意味でアウシュビッツでナチのヨーゼフ・メンゲレが異常なまでの執着心でユダヤ人双生児を対象に行った実験に酷似しています。
メンゲルと言えばローマの休日のグレゴリー・ペックが主演の「ブラジルから来た少年」という映画がありました。グレゴリー・ペック演じるメンゲル医師がナチ・ハンターの追及を躱しながら、子を作らなかったヒトラーの遺伝子を受け継ぐ少年を世界各国に作っていたというものでした。
話を戻します。
そうした実験のために引き裂かれた双生児の1人がリスベットだったのです。ただ、この5巻は、次の6巻に向けての序曲って感じて、暴力を受け家族から命まで狙われているイスラム少女と双子の男性の入れ替わり物語が交差しないまま終わっていました。
取ってつけられたような感じはありましたが、この巻では、ミカエルがジャーナリストを目指すきっかけになったことと、もうひとつリスベットが何故ドラゴンの刺青を入れているかという理由もあきらかにされています。読んでのお楽しみ。
来年の今頃は(今は2018年3月)、「ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女」の映画(スウェーデン人俳優スベリル・グドナソンがミカエル役、英女優クレア・フォイがリスベット役)を観て、手元には当面の完結編「ミレニアム6巻」を読んでいると思います。
ラーゲルクランツは契約は6巻までと言っているそうで、その先の続編があるのかどうか不透明です。ラーソンのオリジナルの構想は全十巻だったのですが・・・・。