毎年1月後半から2月になるとアカデミー賞ノミネート作品が発表され話題になった作品に興味を掻き立てられます。
2017年は、「ラ・ラ・ランド」の前評判に期待が高まったのを覚えています。そして私の期待を裏切らないいい作品でした。
夢と現実の境界線が明白でないということは青春時代の象徴なのでしょうか?
LAを見下ろす夜の公園に駐車した車を探すために歩いていたミア(エマ・ストーン)とセバスチャン/セブ(ライアン・ゴズリング)二人がいきなりという感じではなくいつの間にかという感じでダンスを始めます。薄暗がりの中ミアの纏った黄色のドレスに命が吹き込まれたかのような絶妙長回しのカメラ撮影技術も光っていました。さりげなくミアをリードするセブもよかったです。
売れない女優ミアとジャズピアニストセブの夢の実現への葛藤と互いの夢の実現を励ましながら寄り添う恋を、往年の名作ミュージカル映画を彷彿させるゴージャスでロマンチックな歌とダンスで描いていました。(と言って、私がこの場面はあのミュージカルのあの場面だと言えるほどミュージカルを観ているわけではありません。)
ミアがプリウスに乗ったり、スマホを使ったりで、時代は現代のなのでしょうが、1950年代の雰囲気を醸し出す場面も取り入れられていたためか、懐かしい感じのする不思議な映画でした。
ミュージカルっぽく感じたのは冒頭から前半にかけてです。 LAのハイウェイの入り口での大人数の歌と踊りが、ミアのルームメイト4人の歌と踊りに、そして次第にミアとセブ二人きりの踊りにスケールダウンされる中、歌も口を大きく開けて叫ぶようなものから弾き語りのせつない哀愁を帯びたものに変化していきました。 従来のミュージカルとは異質の作品に思えました。ドラマとミュージカルの境界線が曖昧で、その変化に徐々に慣らされていったためそう感じたのかもしれません。
夢中で夢を追っかけその実現のため別れた二人が5年後に、再会した場面が、何故か、映画「カサブランカ」のボガードとバーグマンの再会のようでした。
女優を目指すミアの部屋にバーグマンの写真が飾ってあったため無意識のうちにそう思ったのか、監督の計算づくの仕掛けにやすやす嵌ったのかよくわかりませんが、私の好きな映画「カサブランカ」を重ねて見せてくれた粋な計らいが私がこの「ラ・ラ・ランド」を気に入った一番のポイントです。
「カサブランカ」では「リックのバー」にバーグマンが演じる主人公が夫婦で現れますが、この映画では「セブのバー」にミアが夫婦で音楽に誘われて入ってくるのです。この再会は偶然ではなく、必然の運命のようにも思えました。そこでセブがミアにとってそして観客にも懐かしい(懐かしく思える)曲をピアノで奏でます。 さすがにアカデミー賞の歌曲賞と作曲賞を獲得しただけはあります。い~い曲です。
そこからの走馬灯のように(二人にとって、そして観客にも)懐かしいシーンがコマ送りされます。現実の世界は長回しで思い出や妄想の世界はカット写真の早コマ送りのメリハリが効いていました。
二人が共に疾走した過去が回顧され、そこからミアとセブのありえたかもしれないもう一つの運命がパラレルワールドのように立ち上がってきます。 そして、音楽も走馬灯の妄想も終わり、やがて現実に立ち戻り失ったものの大きさに立ち尽くす二人の表情が印象的でした。夢のようなふんわりしたミュージッカル映画の興奮から、ちょっぴり苦い現実を突き付けられ我に戻って観客はそれぞれの日常に戻っていくって映画でした。
エマ・ストーンは今まであまり意識したことのなかった女優さんでしたが、この作品で私の評価は一変しました。彼女のダンス(身体表現力)や演技、特に顔芸というか、オーディション一発不合格シーンでの痛い表情から喜びへの七変化、そしてセブとの再会のときの複雑な表情が絶品でした。大きな瞳の動きで実に細かい感情の変化を表現できる彼女の才能に驚きました、セブ役のライアン・ゴズリングが表情で演技する役者ではないので、そのさりげない彼の演技との組み合わせも効果的でよかったです。さすがの主演女優賞受賞演技でした。
ミュージカル映画の中での無粋な車のクラクションもいい小道具になっていました。 最初は最悪の出会いでしたが、とにかく出会いのきっかけを作ってくれました。 2回目は彼女への呼び出しの合図、ミアの満面の笑顔と上ずった声の台詞が印象的でした。 そして3回目はミアに運命の知らせをセブがミアの実家付近に運んできたシーンです。 今後も車のクラクションを聞くたびにミアは条件反射を起こしてしまうかもしれませんね。
映画好きの人が見ても、それほどでない人が見ても、程度の差こそあれ、青春の挫折を経験した人なら、時代や世代に関係なく、心に響くものを感じ取ることができる作品です。人生は取り戻すことはできないけど、できないからこそ思い出は大事で光を放ってくれるのかもしれません。そうした思いに寄り添ってくれる映画でした。