若い女性作家の恋愛小説です。
まづ、この作家の若さに驚きました。次に男と女の間に流れる起承転結の風化と不変?の愛の対比の見事な表現と計算外の感情のほとばしりを描ききった筆力の高さにも驚きました。ラストシーンは泣けます。
次の抜粋はラストシーンではありませんが、・・・・
”この顔だと思った。少年のように無防備な喜び方、そして私は痛烈に実感する。この人からは何も欲しくない。ただ与えるだけ、それで恐ろしいくらい満足なのだ。” ・・・この表現は私の心の琴線に触れました。
私が心の恩師と思っている人がいます。ボスとしての指導力のあり方とかけんかの仕方とか学ぶことが多く、職場でのボスのあり方の規範として自身かなり影響を受けたと思っています。私生活はあまり品行方正だったとは思えない人で、”縦に割れたものが、横に割れている訳でもなし、女遊びもほどほどに”なんてことをよくおっしゃってました。さんざんの女遊びの後にたどり着いたら奥さんだったということだったのでしょうか?
この方は元の銀行の為替のチーフ・ディーラーで”一生現役”を実践された方です。私の元上司です。ダイエーの王監督同様胃を全摘出されましたが7年後に亡くなられました。元の銀行のOB会があるたびに奥様が来られて、生前のご主人の話を私が聴くようになってもう10年近くになります。故御主人とよく待ち合わせた場所に行くと声が聞こえたり幻を見たりするのだそうです。御主人が名前をつけた犬(銀行名)が老衰で・・と悲しそうな顔で話していらっしたのが最近のことです。この方は奥様の心に愛の思い出を、私の心には男の生き様・美学を確実に残しています。
生きた痕跡を残そうと、奥さんや愛人等の間を東奔西走する癌で余命いくばくもない中年男の生き様を秋元康氏が”象の背中”で著しています。ちょっと男の身勝手という気もしますが、これはこれで私の美的感覚には適います。私の元上司は死後10年たった今でも私の心の中では生きているのです。彼は、意識的にそうしょうと思ったわけではないのですが・・・・。
自分の中にある正しいと思われるこだわりや頑固さを大切にし、心の中に自分なりの戒律を作ってときどきやせ我慢をする・・・・、目先の損得を計算しないし追いかけない・・・そうした潔さに引かれたのかなと思います。もちろん欠点も多い人でしたが。
”幸せは求めない方が良い。求めない心に幸せは宿るようだ。”という類のことを作家の井上靖が言っていたようですが、島本理生の”与えるだけで恐ろしいくらいくらい満足”を感じる相手に恵まれることはもうそれだけで幸せということですね。