ポルポト率いるクメール・ルージュが政権を奪取したのが1975年4月17日で、その後4年間に渡って虐殺されたカンボジア人は100万人を超えると言われています。
クメール・ルージュ政権擁立時点で農村での食糧生産はすでに大打撃を受けており、こうした事態のなか食糧増産を図る為、プノンペンなど大都市住民、資本家、技術者、知識人など知識階級から一切の財産・身分を剥奪し、農村に強制移住させ農業に従事させました。
このあたりの事情は、映画「キリング・フィールド」という1984年の英国映画でアカデミー賞3部門(助演男優、撮影、編集)に輝いた実話に基づく映画に生々しく描かれています。
クメール・ルージュの政策は極端で、原始共産制社会を理想とする極端な重農政策を強行したのです。
学校、病院および工場も閉鎖し、銀行業務どころか貨幣そのものを廃止し、宗教を禁止し、一切の私財を没収しました。 さらに一切の近代科学も否定され、移住させられた人々は、「集団農場」で農業に従事させられる一方、知識人階級は「反乱を起こす可能性がある」とされ次々に殺害されました。
疑念が疑念を呼び、またチクリや告げ口等も奨励され、親から引き離された子供達が親世代を監視する異様な世界も映画「キリング・フィールド」に描かれていました。 子供たちによってベトナム派や反乱の可能性を疑われ摘発されたクメール・ルージュ内の人間も殺されていきます。 さらに悲惨なことに革命が成功したことを知り、国の発展のためにと海外から帰国した留学生や資本家も殺されました。
戦争で国内が疲弊し海外からの食糧援助がすべて打ち切られた状態の中、クメール・ルージュはソ連やベトナムとも断交します。
カンボジアからの避難民が一斉にベトナムに逃げ込んだことから、国境付近でカンボジアとベトナムが小競り合いとなります。 その地域紛争が2国の全面戦争となりましたが、ベトナム戦争が終わったばかりで南北統一を果たしたベトナムの軍隊は武器も最新、兵も精鋭で内部紛争で脆弱となっていたクメール・ルージュの敵ではありませんでした。 抵抗を難なく排し、驚異的な進軍速度でカンボジア領内を進み、わずか半月でプノンペンを堕とし、1979年1月7日にポル・ポト政権は放逐されてしまいました。
この小説は、そうした1975年のカンボジアを舞台にした小説です。 ポル・ポト政権前の秘密警察の暗躍、クメール・ルージュの恐怖政治、テロ、人々が特別な理由もなく殺されていく不条理な様子は描かれていますが、政治的背景が書き込まれているわけではありません。 その理不尽な世界もある種のゲームのように捉えてそのゲームの制限条件をクリヤしながら生き残りをかける少年(ムイタック)と少女(ソリヤ)の物語になっていました。
輪ゴムと会話ができ輪ゴムが切れることで殺される人数が読める「輪ゴム」と言われる男、13年しゃべらないことで人を魅了する美しい声を得た男、泥と会話ができる男、綱引きチャンピオン等異能を持つキャラクター達が独特の世界観を創ってくれています。
ちなみに、主人公のムイタック少年は恐るべき知力を持つ潔癖症(手洗いを何度も行う)の変人で、もう一人の主人公ソリヤはポル・ポトの落し児との噂をもつ聡明で美しい娘です。 人の心理を読め、嘘を見抜く力を持っていますので、ゲームに関しては負け知らずのムイタックもソリヤだけにはかないません。
書評家「大森望」の言葉を借りるなら、「カンボジアもポル・ポトも関係ない。これは運命に結ばれた少年と少女の(ボーイ・ミーツ・ガール)の物語。めちゃめちゃに面白くて、どうしょうもなく切ない。 空恐ろしいほどの傑作」だそうです。
下巻をまだ読んでいないのでそこまでの傑作という実感は持っていませんが、誇大宣伝乱発気味(あくまで私の個人的な経験からの評価)の大森望の書評を3割程度割り引いても、下巻を早く読みたいと思わされるほどには傑作です。
ちなみに、書評家「小谷真理」は、「クメール・ルージュ時代と生き残った人々の近未来社会を舞台にした二部構成。 前半はドキュメンタリー風、後半は脳科学やゲーム理論を駆使した文明批評的解釈。」と書いています。カンボジア大虐殺の謎に迫る物語であること、闇の彼方の希望が垣間見えるところに救いがあること等も付け加えられていました。
個人的には、2011年10月から3ヶ月過ごしたカンボジアです。 この小説をきっかけにもう一度 「キリング・フィールド」のDVDを観ようかなと思っていましたら、なんとアンジェリーナ・ジョリーが監督として「キリング・フィールド」と同じようなテーマを扱った「最初に父が殺された」という映画を作っていたそうです。 第90回アカデミー賞外国映画賞に向けカンボジア映画として出品するとか。 今年の9月15日からネットフィリックスで配信されているということですが、そのうち映画館で見る機会があれば是非観たいと思っています。