唐突ですが、大阪市が大阪文化の世界発信に活躍している人に贈る「咲くやこの花賞」というものがあります。 2016年12月に「芸術」、「音楽」、「演劇・舞踊」、「文芸」、「大衆芸能」のジャンルの「大衆芸能」部門で、私が応援している桂佐ん吉さんが受賞されたので調べたところ、2011年に西加奈子さんも「文芸」部門で受賞されていました。
「難波津に咲くやこの花冬ごもり 今は春べと咲くやこの花」(王仁) 古今和歌集
西加奈子さんは、よく、「王様のブランチ」のゲスト出演をされていてコテコテの大阪弁全開ぶりが個性の作家さんです。
西さんはイランで生まれで、誕生から2歳までテヘランに住んでいました。 小学校は1年生から5年生までエジプト、カイロで過ごされました。 それ以降は大阪です。
2015年に直木賞を受賞された「サラバ」は、そのカイロ時代の経験を下敷きにされた作品でした。
この「i(アイ)」は、難民問題にも関心があるという西さんならではの作品ですが、「サラバ」同様、彼女の幼少時代の経験が下敷きになっていました。
主人公のアイはシリアからの養子で、裕福なアメリカ人と日本人の夫婦の元で育ち、その恵まれた環境にいる自分と、世界中で起こる事故や事件の犠牲者を比べて悶々とします。
彼女の国連UNHCR協会事務所@東京でのインタビューでの言葉からの抜粋です。 2016年7月のインタビューですが、11月30日の発刊されたこの「i(アイ)」を執筆・推敲されていた頃のインタビューですのでその言葉は小説を読むにあたっての参考になりました。
「エジプトで過ごしたのは7歳から11歳まで。カイロ市内のザマレクという街で暮らしていました。ザマレクは大使館があって駐在員が住むエリア。イギリスが統治していたエリアで建物もイギリス風で。エジプトにおいては並外れて裕福なエリアでした。」
「”なんで自分は苦労もせずこんなきれいな服着て、すごい素敵な家に住んでいるんだろう”という恵まれている自分に対する罪悪感、恥ずかしさ。エジプトで過ごした日々は人生で一番楽しかった時期でもあり、一番ナイーブな時期でもありました。ずっと苦しくて、しかも苦しいって口にしたら絶対だめだと思ってました。生活が苦しい人は苦しいって言う権利はあるけど、恵まれてる人間が恵まれてることを苦しいって言うなんて絶対あかんって。でも太宰 治の本で「私は、故郷の家の大きさに、はにかんでいたのだ」という一文を読んで、あの頃の苦しさをなかったことにしないでおこうと思えるようになりました。 中東をひとくくりにしないで見ることができるのも幼い頃の経験のおかげだと思います。」
「小説は制約がない点で本当に恵まれてるので、この立場を利用しない手はないよねって。」
「ニュースでこぼれ落ちてしまうこと、たとえば”シリアのダルアーでデモが起こって200人亡くなりました”っていうニュースが、流れていってしまうかもしれないのを、小説だったら”あなたの国のあなたの街であなたの大切な人が200人亡くなりました”と訴えることができると思うんです。あなたや私だったかもしれないということに置き換えて。」
「そしてこの1年ぐらい作家として気持ちがすごく変わってきています。今まで自分自身に対して小説を書いていたのが、世界の情勢や世界の匂いとかを書いていると、とにかく色々な人に読んでほしいという気持ちに変わってきました。普段本を読む心の余裕のない人にどうしたら本を読んでもらえるか、ずっと考えています。」
「とにかくあきらめないことやと思っています。考え続けることを。考えるのを放棄したら、ほんとに終わってしまうと思います。」
「”差別をしない”ということを”みんな同じと思う”のも危険。無茶やし。私は”みんな違う”ところから始めたいというか。小説の感想でも「すごい共感しました」って言ってくださる方が多いんです。めちゃくちゃうれしいけど、もっとうれしい感想って「ぜんぜん共感できんかったし訳わからんかったけど大好き」なんです。それを人間同士でもできるって思うんです。「あなたの言うことすごくわかるから好き。あなたの宗教すごくわかるから好き」じゃなくて「なんでこんなおいしい豚食べられへんのか意味わからんけど、あなたのことは好き」とか。”理解できへんし、共感できないけど好き”っていう関係が今自分が考えられる限り一番目指したいものです。」
「たとえば親とか。正直、意見も趣味も合わへんし、でもやっぱり愛してるじゃないですか。それって、肉親っていうだけが理由じゃない気がして。ではそれは何かって言うと、その人がいてくれないと世界が成り立たなかったということやと思うんです。自分だけが生きてたら世界じゃないですよね。」
この小説の主人公は「アイ」、後に結婚するカメラマンは「ユウ」、小学校時代か中学校時代の親友が「ミナ」です。 IとかYouとかEverybodyとか名前にも意味が込められているように感じました。アイは愛にも物事を見つめる目(アイ)にも通じますね。
日本の3.11やシリアの難民問題も含め様々な国で起こる悲惨な災害、殺害等が取り上げられます。 主人公は心を痛めるのですが、西さんの文章は驚くほどフラットに思えました。
私たちに肩肘はらない小説を通じて、私たちなりの接し方を提案しているかのように思えました。