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読書 「覇王の家(下)」司馬遼太郎、模倣家としての家康像!

f0090954_08071285.jpgこの小説は、秀吉が天下取りをする過程で唯一敗戦を喫した、織田信雄・徳川家康連合との「小牧・長久手」の戦いにその大半のページを費やしています。

この当時織田信雄は尾張から伊勢にかけて100万石に近い版図をもっていました。 一方、徳川家康も本能寺の変の後のどさくさにまぎれて手に入れた甲州、信州に準本拠地の遠州、駿河、そして本拠地三河で五ヵ国の太守になっていました。

この戦いでは、家康軍は三河の岡崎城から尾張のほぼ中央に位置する清州城に移動して陣を構えます。 一方の秀吉軍は美濃の大垣城から尾張の北に位置し美濃との境界に近い犬山城に本陣を置きました。

北に位置する犬山城とそこからやや南西に位置する清州城の真ん中に位置するのが小牧山で、やがて家康はこの小牧山を本陣としました。

犬山城から南東へ移動して、三好秀次、池田勝入斎、森武蔵守長可等が空巣狙いのように三河の岡崎城を目指した途中にあったのが小丘陵の起伏する長久手でした。小牧山からも南東に位置し、家康軍が秀吉側の各個を撃破し、池田勝入斎、森長可は戦死しました。

その後は、秀吉軍、家康軍共に「後の先」狙いでにらみ合いとなりました。

結局、秀吉は長対峙を嫌い外交を使って打開を図りました。

同盟を結んだ織田信雄が、家康に相談することなく秀吉の調略に乗って秀吉と和議を結んでしまいます。

家康はハシゴを外された形で、その後は秀吉と戦う理由も消滅してしまいました。

司馬遼太郎氏のこの小説を読むと、徳川家康という人物を模倣のスペシャリストのように切りとってくれています。

信長と秀吉の派手好みは性に合わなかったようで、同じ安土桃山時代に生きながら、家康は安土桃山文化とは無縁であったと思えるぐらいです。

商売とか交易には信長・秀吉ほど力を入れず、茶の湯にも興味はまったくありませんでした。

むしろ、敵方であった武田信玄をいたって尊敬しており、治水や農本主義的なところは進んで取り入れました。 この農本主義が江戸300年に引き継がれます。

武田家滅亡の後、元の武田の家臣を信玄の編み出した甲州式軍法や陣法毎すべて取り入れて徳川の軍制に大改革を施しました。 服装にいたるまで徹底的にまねをしました。

小牧・長久手の戦いなどは、家康がこの徳川版「信玄軍団」の壮大なる実験として実践経験をするために仕掛けたのではないかと思えるくらいです。

さらに、家康はこの小牧・長久手の戦いで、羽柴秀吉の調略能力の高さによほど感銘を受けたようです。

後年、関ケ原を演出し、大坂夏の陣を仕掛けたときは、ことごとく秀吉の創案した調略のあの手この手を模倣し自家薬籠のものにまで仕上げたのです。

同じ詐欺まがいの外交調略にしても秀吉の明るい性格と違って、家康の吝嗇で暗い性格で実施されるとずいぶんその印象も違ったものに映るのは仕方ないですね。

余談ながら、秀吉は死後神になることを望み、その旨朝廷に内奏して豊国大明神という神号を得ました。自分の死後神になるという珍奇な着想は、織田信長がすでに持っていた形跡がありますが、豊臣秀吉がそれを死の前から考え、側近に言い含めておき、死後、豊国大明神という神号を贈られ、阿弥陀峰の廟所に静まったのです。

家康はこの着想と方法さえ真似、東照大権現という神号を得ました。大明神の創造性は大権現の模倣性によって引き継がれたのです。

細かくて吝嗇で知られた家康が、死後は、秀吉のごとく気宇壮大にして雄渾な神として飾り奉られるなんてちょっとユーモラスですね。

司馬遼太郎氏は、家康に対しては辛口です。

「かれの生涯は独創というものがほとんどなかった。」と切り捨てていました。 さらに、「徳川幕府は、進歩と独創を最大の罪悪として、300年間、それを抑制し続けた。」と追い打ちをかけていました。

by zoompac | 2017-03-11 08:07 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)
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