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Would-be ちょい不良親父の世迷言


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読書「城塞(下)」司馬遼太郎

f0090954_538633.jpgいろいろ発見が多い小説でした。

一応、次の5つの切り口にまとめてみました。
いよいよクライマックスを迎えるNHK大河ドラマ「真田丸」を観るにあたっての助けになればと思っています。

1.難攻不落と言われた大阪城を取巻く地形上の意味合い

「すでに幾度か、大阪城とそれをめぐる地形について触れてきた。くりかえし触れるようだが、大阪というのは一円ほぼ低湿地帯で、そのなかで高燥な土地と言えば「上町台」と称せられる南北に細長いナマコ型の地帯しかない。古代にあってはおそらく岬か島をなし、海を隔てて淡路島とじかに対かいあっていたに違いない。 その後、淀川や当時その支流であった大和川のはこぶ土砂が堆積して葦の生い茂る低湿地ができ、秀吉の町づくりによってその低湿地に船場という商業都市ができた。

要するに家康の率いる数十万の東軍は、そのナマコ型の台地を包囲(ただし海に面した船場のみ開放)しているのである。 攻め口はことごとく登り坂であった。

さらにナマコ型台地についていえば、この台地の北端の強固な岩盤の上に大阪城がそびえ、そのさらに北には大河(淀川支流の天満川)になって落ち込んでいる。この北端の城門が京橋口である。

ついでナマコ型の南端に古くから四天王寺が位置してきたこともすでに触れた。この(夏の陣)攻防戦の場合、幸村がが四天王寺とその付近の台上に野外決戦用の主力をあつめたのは賢明といわなければならない。

家康もこのナマコ型の南端から攻めざるを得ないのである。なぜならばここを落せばナマコ型台地の背をわずか2キロ北へ駆けることによって、大阪城の南端に達する。大阪城は南端が脆い。川その他の天嶮も持たない。

秀吉はこれを苦にし、南端の弱さを補うための巨大な外堀を掘ったが、しかしそれも冬の陣の後の家康の謀略で埋められてしまっている。

要するに東軍とすれば南端の四天王寺付近の城兵を破りさえすればよかった。あとは2キロの台上の道を走って城の堀ぎわに達することができるのである。

このため天王寺口の決戦に総力をあげた。」

それにしてもこの戦いでの真田は「井伊の赤備え」で有名な赤漆で色づけた武具に、幸村は本田平八郎忠勝の兜で有名な鹿の角兜だったそうです。これに追い詰められ九死に一生を得た家康はさぞかし肝を冷やしたことでしょう。

2.数で圧倒した徳川軍ですが、指揮を執る将が不足していたという事実

家康も73歳の齢を数えるこのとき、徳川軍団の武勇を天下にとどろかせた、本田平八郎忠勝、榊原康正、奥平信昌、伊井直政等は家康ほどの寿齢をもつことができずことごとく世を去ってしまっていました。関ヶ原の戦い以降平和な時代が十周年続き徳川四天王と言われた猛将の子供たちも家康の息子秀忠同様凡庸な子供たちで、その意味では関ケ原の敗戦で苦渋を飲まされた豊臣方についた真田幸村、後藤又兵衛、毛利勝永、明石全登、長曾我部元親等のほうがずいぶんましな統率力があったといえます。

ただ最後は圧倒的な数に飲み込まれ、豊臣方の猛将は善戦及ばず死に向かっての勝ち戦でした。止まったら倒れる一輪車だったのです。 「数は力なり」でした。

3.真田幸村の子孫が奥州の地に遺ったこと

真田信之は大坂の陣の後というか1616年の家康の死後、上田藩から松代藩に移り、松代藩真田家は幕末まで藩主を務めたということは知っていましたが、真田幸村の血も脈々と仙台伊達藩に遺ったことはしりませんでした。

この小説を読んで意外な印象を残したのが、死を覚悟した最後の大勝負の前に、真田幸村が娘の行く末を見ず知らずの徳川方の伊達政宗隊の切り込み隊長片倉小十郎重綱に託したことでした。士は士を知るということでしょうか、重綱は幸村の頼みを快く受け入れます。やがて幸村の娘はこれが縁で重綱の室になり、後の小十郎重長を生んだのです。幸村の血は奥州に遺ったと司馬氏の小説は書いていました。

この娘は、松岡茉優演じる正室「春(竹林院)」の娘ではなく、長澤まさみ演じる「きり」の生んだ娘と言われています。 「きり」という女性は歴史上実在していました。 ただNHK大河では、「きり」が幸村の側室となり九度山で「阿梅」を生んだことを未だはっきりさせていません。阿梅の名は懐かしいですね。 信繁の初恋役で黒木華が演じていた「梅」にちなんで名づけられたものと思われます。どこまでが史実で、どこまでが創作だったのかわかりにくいドラマ展開となっています。

4.北政所寧々の実家浅野家と家康の生母於大 (おひろ)に付き合いがあり、福島正則改易後の安芸広島と福山を浅野家と水野家が引き継いだこと

家康は詐術を使って大阪城の主である秀頼・淀殿を滅ぼしましたが、秀吉の正室の寧々にだけは誠実に対応しました。関ケ原の戦いも豊臣方と徳川方という色分けではなく、秀吉傘下の家来の武闘派と文吏派というかもっと生々しく、秀吉の正室寧々派と側室淀君派の派閥争いという色彩を政治的に強調した闘いだったのです。寧々の実家浅野家は手厚く紀州、そして後に安芸広島43万石の大大名となりました。家康の生母於大(おひろ)の方もしばしば京都東山に隠棲した寧々を見舞ったそうです。

関ケ原の戦いではそうした派閥争いの当事者と言っていいほどの福島正則が石田三成憎しで大車輪の活躍でした。安芸の国と福山の広大な地を所領していた福島正則が大阪夏の陣で改易され、その後を寧々の実家浅野家が受け継ぎ、また福山は於大の実家水野家が飛び領地と合計10万石で受け継ぐことになりました。

浅野家も水野家も明治維新まで続きました。

5.徳川方の東軍と豊臣方の西軍の争いが、東本願寺と西本願寺にも受け継がれたこと

関ケ原の戦いも大阪夏の陣でも徳川方を東軍、豊臣方を西軍と呼びます。面白いことにこれって本願寺にも当てはまります。もともと織田信長と争っていた石山本願寺の流れが西本願寺です。信長の死後秀吉が融和策として京都六条の地を与えここに本願寺を移させました。ここの本願寺は秀吉に対して恩を着ていたのです。その大教団を恐れ、家康は別個に本願寺をつくりました。それが東本願寺です。本願寺勢力を分断させることを目的に日本中の末寺に東本願寺への帰属キャンペーンをしたそうです。ちょうど半数弱がその傘下に入りました。こうした分断政略は家康の得意芸だったようです。この東西本願寺の勢力争いは明治維新の時も、東本願寺が佐幕、派、西本願寺が官軍派に見事に分かれたそうです。
by zoompac | 2016-11-20 05:38 | 読書・映画・音楽 | Comments(0)
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RELEASE INFORMATION NEW ALBUM

[通常盤]「Now On Sale!!」
TOCP-66380/¥2,548(税込)

[DVD付 初回生産限定盤]
「Now On Sale!!」
TOCP-66381/¥3,500(税込)

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