東京會舘は2015年の2月1日から改装工事に入りました。新しい建物の竣工予定は2018年の春です。
建物最後の2015年1月31日には、宝塚歌劇団トップ6人が昼と夜の2回に分けた東京會舘さよならショーを開催したそうです。
そもそもの東京會舘と宝塚のトップスター達の密接なつながりの発端はクリスマス・イブに行われたシャンソン歌手越路吹雪ショーからだそうです。 越路吹雪のクリスマスショーはやがて同じ宝塚出身の鳳蘭に引き継がれ、東京會舘と宝塚歌劇団の建物が地理的に近いということもあって、やがて宝塚トップスターが退団したときの最初のディナーパーティを東京會舘で開くことが恒例となったそうです。
この下巻の5つの短編のなかの「星と虎の夕べ」に描かれていた越路吹雪とマネージャーの岩谷時子のエピソードが面白かったです。
シャンソン歌手として舞台女優として大物の越路吹雪が大変に自分を過小評価する人で、ショーの本番前はいつも緊張で打ちひしがれた小鳥のように震えているのです。 本番直前にほぼ同年の岩谷時子女子が指で越路吹雪の背中に「虎」という文字を書いてステージに送り出すのだそうです。 スイッチが入ってからの越路吹雪の千両役者ぶりがステージで披露される前の楽屋での裏話が面白かったです。
「あの世の一夜に寄せて」という短編もよかったです。
2011年3月11日の大震災のとき銀ブラを楽しんでいた60歳代の奥方たち4人が電車が止まったため東京會舘のカフェでその夜をやり過ごすのです。 この4人は20歳代のとき花嫁修行として東京會舘クッキングスクールに通っていたのです。 そしてそのカフェは彼女たちのスクール後の反省会としての集いの場だったのです。
40年前の思い出話に花を咲かせ夜が明けて動き始めた電車に乗ってそれぞれの家に帰るってそれだけの話ですが、東京會舘クッキングスクールの質の高さが納得できる蘊蓄やエピソード満載で興味深い物語になっていました。 短編ながら構成も見事で話の尾ひれの意外感も楽しくひねりの効いた着地が見事でした。
東京會舘での直木賞受賞記者会見、記念パーティを取り扱った「煉瓦の壁を背に」も印象に残りました。
候補になった作家やその候補作を出版した会社の担当者たちの目線からその日の発表を待つ瞬間のくだりでは読んでいる私も息を止めてしまいましたよ。
会場となる東京會舘で働く人との運命の糸のような話には奥歯をぐっと噛みしめてしまいました。
ちなみにこの短編の主人公が直木賞を受賞した2012年は著者の辻村深月が「鍵のない夢を見る」で直木賞を受賞しました。
彼女もその直木賞の会場となる東京會舘に憧れがあって結婚式を東京會舘で挙げたことをTV番組「王様のブランチ」で言っていました。 そのとき、ウエディングプランナーの人に「いずれ、直木賞受賞に戻ってきます。」と軽口を叩いたそうです。 そのあたりの知識もあって、この短編も大いに興味をもって読めました。 直木賞受賞の記者会見の臨場感が受賞作家目線から描かれています。
今時点で、ちょっと早いかもしれませんが、私にとって今年読んだ小説のベスト3本の中に入ると思います。