先日オール読物の直木賞特集で、第155回直木賞受賞作荻原浩氏の「海の見える理髪店」に収録された短編6編のうち、完全収録された「海の見える理髪店」「いつか来た道」「成人式」を読みました。どの短編をとっても印象に残る味わい深い作品でした。
私は中でも、母娘の葛藤が時の流れとともにややセピア色に風化しかかっている情景の描写が素晴らしい「いつか来た道」が気に入りました。
ということで、残りの3編、「遠くから来た手紙」「空は今日もスカイ」「時のない時計」も読みたくなって本書を購入して読みました。
「遠くから来た手紙」がよかったです。里帰りした孫娘へ亡くなったおばあちゃんのいたずらでしょうか、若くして戦死したおじいちゃんのメールがその孫娘に入るという奇天烈な設定なのです。戦争を知らない孫娘といってもすでに結婚しいて幼児を抱えて実家に戻ってきたのです。それでも今の夫との学生時代の文通等に目を通していると甘酸っぱい思い出がいっぱいです。
そこに戦時中に命懸けで外地で転戦しているおじいちゃんから、おばあちゃん宛てに、国を思う気持ち半分、妻を慕う気持ち半分のメールが入り込んでくるのです。検閲で何ヶ所か黒塗りです。でも孫娘はてっきり自分の夫からのメールと勘違いし、「命なんか捧げなくていいよ。命さえあれば国なんかいらない。」なんて返事を打ってしまうのです。
時代の違いとは言え、この言葉の含蓄の深さに思わず立ち止まってしまいました。
「時のない時計」では、鳩時計の話が面白かったです。ドイツ製の鳩ではなく、郭公が出てくる時計が紹介されます。そもそも鳩時計の元祖ドイツでは郭公時計なんだそうです。日本では郭公を閑古鳥といって演技が悪いので鳩になったそうなのです。
そういえば、サウンドオブミュージックでは、「クックー」って歌っていますね。我が家にも郭公時計があります。鳩ではなく郭公です。夜中は上手くしたもので、光センサーが働くのか鳴きません。孫たちが遊びに来た時の格好の遊びの対象となる郭公時計です。
郭公時計はあくまで、小説の舞台となっている時計屋さんの仕事場の一角を表すエピソードにすぎませんが、ちょっと想像が膨らんだ箇所でした。