読み始めた時の私の感想は、「パターンは相変わらずの池井戸節でややマンネリ化したところも鼻につきますが、故障上がりのランナーの思い等実業団駅伝に絡んだエピソード満載で興味が掻き立てられています。」でした。
読み終えて、修正をしたいと思います。
今回の物語は、人の夢と想いが繋がっていく様が巧みに描かれていて、その色彩が鮮やかで、今までの一本調子の勧善懲悪的な池井戸節の臭みが抜け程よい味付けに変わっていました。
進化する池井戸潤、恐るべしです。私の中で彼の作品のベストは未だに「空飛ぶタイヤ」ですが、この「陸王」には、彼の新境地の世界を覗かせてもらいました。
大手企業の強引ないやらしさ、銀行員の慇懃無礼ないやらしさの描写は相変わらず上手く描かれていましたが、この度の小説の主人公は倍返しとかという力技で応酬する強烈な個性の持ち主ではありませんでした。
主人公の宮沢は、いつも資金繰りに困っている、ごく普通の悩める中小企業の社長です。だからこそ、応援したくなってしまうし、人が助け舟を出してくれます。下町ロケットの熱い社長からギラギラしたしたものを取り去ったようなアンチ・ヒーロー型の人物でした。
強烈な個性はむしろ脇を固めている連中です。劉備玄徳(宮沢)の補佐役の関羽(シューズマイスターの村野)と張飛(シルクメール開発特許保持者の飯山)みたいな形で、・・・・。これに就活疲れの息子の大地が意外な活躍をするって憎い味付けになっています。
皆の想いが、自ら先陣を切るリーダシップはないけれど、大きな袋のような度量を持った宮沢の下に繋がって一つになって、時代に受け入れられる商品を開発していくという、まことに暑い夏に一風の清涼感をいただける実にさわやかな物語に出来上がっていました。
この小説に登場する埼玉県行田市にある足袋製造会社「こはぜ屋」と、その会社が新商品として開発したランニングシューズの「陸王」は、架空の話かと思っていましたら、モデルが存在しました。びっくりぽんだす。
実際に行田市にある「きねや足袋」という会社が、ランニング足袋「MUTEKI」を作って売っているんですね。著者の池井戸潤氏も「きねや足袋」を取材されたようです。
それでは、ノンフィクションかというと、そこはやはりフィクションの世界なのですよ。ソールの部分はさすがに天然ゴムで、小説「陸王」で登場する蚕の屑から作られる画期的な素材ではないようですし、プロのシュー・フィッターの存在も架空のようです(モデルは、瀬古や谷口、高橋尚子やイチロー等の靴の面倒をみた伝説のシューフィッター三村仁司ではないかという憶測もありますが。)
あの強烈な個性の飯山の役は、平田満にやらせたいですね。息子大地は坂口健太郎かな? 社長の宮沢は堤真一で、村野役は石丸幹二って感じでどうでしょうか? 今更ながら、池井戸潤の小説にはこれっといった女性がでてこないですねぇ。縫製担当のおばさん連中のボス役にあき竹城あたりをいれておけば万全ですね。
どうせTVドラマか映画化されるでしょうが、一人くらい当たって欲しいですね。