壊滅的な状況から復活した工場の物語が縦糸となっていますが、その復活劇を描く背景として起こった東日本大震災の惨状が横糸のように活写されていることが印象的でした。
地震そのものの大惨劇を真っ向からとらえるという大上段に構えたものではなく、製紙工場の復活作業という切り口からその作業に関わった従業員の目を通した被災地の現場レポートになっていました。
まずはトップの英断ありきですね。
半年で復興する目標を立てました。 無理だとは承知しつつも何かに向けて進まないと始まらない亡失感を従業員たちは抱えていました。 そしてとりあえず1つの製紙機械の再生に向けて、瓦礫撤去、電気系統、用排水等の水回り、モーター、ボイラー等々、目先の課題を1つづつ片づけていくのです。 駅伝ランナーがタスキを次の走者に渡すごとく見事なチームプレーがこのノンフィクションの根幹として描かれていました。
ただ私は、震災後の製紙工場の復興の美談というよりも、震災当時の様子が工場の従業員の目を通して等身大に描かれていることに瞠目しました。
大災害の現場には死体も瓦礫の一部になっている惨状です。 避難時に多くの遺体を踏みしめながらというつらい経験や、ゴルフ練習場の大きなネットに遺体が鈴なりに絡まっている光景等も描かれていました。 寒さと飢えとそして排泄物の処理に追われる被災者の苦労もたんたんと描かれています。
工場近所の居酒屋の親父の目を通して、一部の心ない人達が、ゴルフクラブや金属バットで自動販売機を壊したり、コンビニに押し入って食品を強奪したりしている情けない様もきちんと掬い取ってくれていました。 持ち主のわからない車からガソリンを抜き取る連中も多くいたようです。 通報しようにも連絡経路が断ち切られていてそれどころではない無法地帯となっていたようです。
悲しいですけど、衣食足りて礼節を知るってことですかね。平時にはまさかと思うことが、有事に直面すると起こりうるということはある程度覚悟しておくしかないのかもしれません。
日本の出版用紙について知らなかったことも多く学べました。
紙についても材質、色合い、印刷の乗り等について様々なこだわりがあり、工夫が重ねられていることを知りました。 タイム誌等、日本の技術が海外でも高く評価されていることもわかりました。
こうした切り口の本だからこそ、震災の惨状についても素直に読めたような気がしています。 あれから5年経ちました。 日本製紙石巻工場は見事に復興を遂げましたが、ニュースを見る限り住民の多くがまだまだ避難生活を余儀なくされている状況です。 決して過去形で括れることではありません。