昔、私が小学校高学年の頃、母親が読んでいるこの小説を、隠れ読んだ記憶が鮮明に残っています。
異国の香りがすることと、サディズムとマゾヒズムが加味された異常性を含むエロティシズムの描写に「禁断の書」を読んでいるような後ろめたさと興味深さの狭間を楽しんでいたような気がします。
時代は江戸時代末期、天保の改革者水野忠邦が活躍する少し前という設定で、舞台は江戸、主人公の眠狂四郎は、転びバテレンの紅毛人と日本人母の混血です。 狂四郎は水野忠邦の側頭役武部仙十郎の手先となって、忠邦の政敵の放った密偵、殺し屋の暗躍に、円月殺法の一撃を加える仕事をしています。
江戸末期の隠れキリシタンの世界の描写から、天国(はらいそ)、十字架(クルス)、伴天連(バテレン)、地獄(インヘルノ)、布教師・修道士(イルマン)、黒弥撒(くろミサ)、葡萄酒、切支丹(キリシタン)、懺悔(こんひさん)、赤い液体を容れたぎやまんのさかずき、基督(キリスト)等の言葉が飛び交って、異国情緒のイメージを高めてくれています。
そして、エロティシズムの極みは次のようなシーンから感じ取れます。
「だが、その母は、一糸まとわぬ素裸となって、床の間に仰臥しているではないか。 のみならず、その額、その腕、その太腿に、蝋燭をくくりつけて、ゆらゆらと焔をゆらめかしていたのである。」
「ぱっくと背を割って前へめくれた衣装が足にもつれて、たたらを踏む志摩。その悲惨な姿に対して狂四郎の刀は、さらに情容赦ない攻撃をくわえた。たちまちにして、白羽二重の下着を切り、緋ぢりめんの肌襦袢を切り、むっちりと肉の充ちた肩を、胸を、背を、腰を、剥ぎださせていった。そして、ついに、女の悲痛な叫びとともに、腰をまとうた最後の一枚をも、刀尖ではぎとって空中へ投げ拡げてみせた。 あとにはー。 一糸まとわぬ雪白の柔肌を、惜しみなく朝陽になぶらせて、かたく前部をかくしてうつ伏した彼女へ、一斉に視線をそそいで固唾をのむ異様な沈黙があった。」
これまた、リズムのよい、音読に適した名文ですね。